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 嵐は過ぎ去った。空気まで新品に入れ替えられたような好天の中、ギャロは妙にさっぱりとした顔で戻ってきた。幸いにも馬車には大きな損傷もなく、一行は王都に向けて再び進み始める。

 目的地は同じと言うことで、小さな一座も旅程を共にすることになったのだが、あの傷の男は、美也子の馬車に同乗することを望んだ。レウと名乗ったその男の目的は、どうやらギャロであったらしい。左目の横の傷跡を掻きながら日がな一日を、蛙頭の男に付きまとって過ごした。今も、件の男醜怪種は、猫の小像を彫るギャロの傍らに座っている。

(解ンねえな)

 こり、と爪先の引っかかる音を聞きながら、レウは悩んでいた。この男は、見ていて恥ずかしくなるほど女房にべた惚れだ。

 朝は雨に打たれて帰ってくるなり、まずは女房の姿を探した。体を拭こうと手ぬぐいを持った美也子が駆け寄ると彼は相好を崩し、ぬれたシャツに彼女を引き寄せた。その瞬間、はふっと音を立てて黒髪を揺らした鼻息が、安堵のそれであったことは明らかだ。

 その後は、事あるごとに妻の名を呼ぶ。必ず視線のどこかにその姿を捉えて居ないと不安らしく、彼女が動くたびにきょろりと目玉を動かす。

(それが、これから手放そうって女房に対する態度かねぇ?)

 彼が思い悩んでいる間にも、ギャロの指の先で木っ端がくるりともてあそばれる。しゃ、しゃと小気味良い音。薄く削られ、丸まって落ちる木屑。削りだされる耳の形はぴんと尖っていて、今にもピクリと震えそうだ。

「へえ、上手いもんだな」

 レウは少し唸る。ギャロは屈託ない微笑と共に言葉を返した。

「あんたは何の商売をしてるんだ」

「ああ、飴細工さ」

「ほう、珍しいな」

 ただ飴を流し固めただけのベッコウ飴とは違い、飴細工とは棒の先に丸くつけた飴をはさみと指先で細工する技である。技術と修行、それにセンスが問われることもあって、最近では、廃れつつある技術でもあった。

「俺ですら、三回ぐらいしかお目にかかったことがないぞ」

「職人になろうってやつが少ないんだよ。特に最近の若ぇ衆なんかだめだね。修行が面倒臭えだの、飴が熱いだの、文句ばっかりで手が動きゃぁしねえ」

 だが、客ウケのいい商売だ。物珍しさと、食べるのが惜しいほど愛くるしい細工は人気が高い。

「なあ、修行って、どのぐらいかかるんだ?」

「要領のいいやつなら、基本を覚えるに一年もかからないだろ。特にあんたは小器用だ。弟子入りすんなら、大歓迎するぜ」

「ふうむ」

 ギャロがあごを捻ろうとしたそのとき、馬車が、がたんと大きく揺れて止まった。

「お、小便休憩か」

 馬車での移動中、一番の問題は排泄である。それぞれの馬車に用足しのおまるは用意されているが、馬車に匂いがこもるのを嫌って、あまり使われることはない。あくまでも緊急用だ。だからこうして、日に何度か馬車を止める。


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