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「お姉ちゃんは、おかしなことを言う人ね?」

 慌てて手を振って否定しようとするネルを、美也子は目線で制した。

「ねえ、ギャロリエス、他の人には内緒にしてくれる?」

 子供だからと侮ったのではない。例え子供であろうともギャロの縁者なのだから、教えるべきだと思ったのだ。

「私はね、他の世界から、飛ばされて来ちゃったの」

 ギャロリエスが胸の前で両手を組む。

「素敵、おとぎ話みたい!」

 美也子は苦笑した。女の子がこの手のラブ・ファンタジー好きなのは、こちらでも通用することらしい。

「おじちゃんが運命の人だって、すぐ解った?」

「運命の人、ねえ?」

 ファンタジー好きであるくせに、美也子はその言葉にいささかの懐疑を感じている。ギャロとの出会いは、全て偶然の積み重ねだ。偶然、異世界にとばされ、偶然、最初に出会った相手だった。だが、こちらの世界に来なければ決して出会うことの無い男だったことを考えれば、これを運命と言うのだろうか。

「あのね、ギャロとはそういう浮かれたものじゃなくて、きちんとした人生のパートナーとして認めて欲しいと思っているの」

 ギャロリエスがくるりと目玉を回す。

「それを運命の人っていうんじゃないの?」

 幼子は時として真理を言いあてる。美也子は少したじろいだ。

「やっぱり、そうなのかなあ」

「そうなの! そのほうがロマンチックなの!」

 マセているようでも、やっぱり子供だ。自分の夢を押し通そうとしてむくれた表情が、愛くるしい。美也子は笑いながらギャロリエスの隣に並んだ。

「そうだといいなあ」

 大人なのだから、恋の先に待つものが甘い夢だけでは無いことなど心得ている。それでも、彼が相手なら、何度でも恋してゆきたい。

「なんて、甘いわよね」

 少し自嘲を含んだ声に、ギャロリエスの表情が曇った。

「おねえちゃんもやっぱり、異界に帰っちゃうの?」

「帰らないわよ。第一、帰り方が解らないもの」

「でも、お話の中では、みんな魔導士にお願いしてお家に帰っちゃうんだよ」

 やはり幼い子供だ。物語と現実が混同している。美也子は飛び出た目玉の間を撫でてやった。

「約束する。もし、魔導士に会っても、私は帰らない。ずっとギャロのそばにいるから」

「本当に?」

「ええ、本当よ」

 ふと、やぐらの上で行われる奉納舞が目に入った。それは異界から来た美也子にとってあまりに幻想的な光景だ。

 踊り手は黒毛の猫頭の娘。それがやたらと袖と裾の長い、緋色の衣装を着込んで、ふわり、ふわりと鷹揚に舞う。翻る裾が、袖が、たなびく雲のように尾を引いた。

 やぐらの真後ろには冴え冴えしい月。その逆光の影色に染まった緋は黒く、それがひらり、ふわりと空を泳ぐ様は慈雨を孕んだ雷雲を思わせる。

「きれいね」

 雷雲をまとって踊る猫。それはまさしくファンタジーだ。

 だが、今はここが美也子にとっての現実である。夕闇に冷やされた心地よい風が、それを美也子に知らしめた。ならば今、ここに感じている恋情もファンタジーなどではなく、間違いの無い現実であろう。

「だから、帰らないの」

 美也子の声は、お囃子の音にまぎれて消える。ふわりとまた一つ、舞い手の袖が月にかかった。


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