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それからは貧乏であった。日銭を稼ぐような仕事を転々としながら、この村に流れ着いたのが八年前。村の農家にこの弟が入り婿したことで、一家の生活はようやく安定したのである。
「俺は何度も母さんに勧めたんだ。兄さんを迎えに行こうって、ね。でも、母さんは頑固だからさぁ」
道化師として華やかな成功を知っている息子が貧乏生活に耐えられるわけは無いと、それは頑なな態度であった。それでも、息子が道化をやめたと知ったとき、旅座に宛てて手紙を書いたそうだ。だが、それは座長によって封さえ切らずに送り返された。
「座長さんの気持ちもわかるよ。本当の家族みたいに大事に育ててきた兄さんを『本当の家族』だってだけで取り返せる母さんが、許せなかったんだろうね」
それでも弟たちの名前を使い、おりにふれて様子を尋ねる手紙を送り続けたのも、母だったと言う。
「不器用っていうのかな、我慢強すぎるんだよ。本当は兄さんに会いたくて仕方ないのに、いろんな理屈ばっかり考えて、ついに、それを叶えること無く死んじまった」
美也子は、大きく下がったギャロの肩に、そっと手を添えた。
「ギャロはお母さん似なのね」
「……ああ」
やぐらの上で、どん、と太鼓が鳴った。奉納舞いが始まる合図だ。子供も大人も、屋台を離れてやぐらに向かう。しかし、ギャロの目の前に立った親子は動こうとはしなかった。
ギャロリエスが、ごそごそと自分のポケットを探る。
「おばあちゃんから、おじちゃんにって、これを」
取り出されたのはパンパンに膨れた手のひらほどの布袋であった。チャリチャリと硬貨のぶつかり合う音からも、その中身が何かは明らかであるが、ギャロは、あえてその袋を開いた。
中には案の定、ぎっしり詰まった硬貨と紙切れが一枚。それを読んだギャロは、両目を覆う。そこには短い悔悟の言葉がつづられていた。
『私の最後の願いは、もう一度だけお母さんと呼ばれることでした』
それは、ギャロの願いでもあった。もう一度だけ、無邪気な心地でその女性を母と呼び、ただ抱きしめて欲しかった。
「言い逃げかよ……」
うめき声をどう捉えたのだろうか、ギャロリエスが不安そうに目玉を回す。
「おばあちゃんは、お買い物のお釣りをいつもここに入れていたの。おじちゃんが旅座をやめるときに、借金を返せるようにって……足りなかった? 足りないなら、私のお小遣いもあげる」
「ガキが金の心配なんかするんじゃない」
ギャロはギャロリエスを抱き上げる。それは本当に親愛の情をこめた、伯父としての所作であった。
「だいたいが、俺はここの暮らしが気に入ってんだ。みんな気のいい連中だし、飯は旨いし、それに、俺が輪投げ屋だったら、お前にこっそりおまけしてやれるだろ?」
「それに、きれいなお嫁さんもいるし、ね」
「が! ガキがそういうマセたこと言うんじゃねえよ」
頬を寄せるようにして言葉をかける伯父と姪、それはきっと、ギャロの母親が一番望んだ光景であろうに、ここに、その母はいない。それが美也子には悲しかった。




