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姫君の戸惑い

 その場に沈黙が落ちた。ディグラムの放った衝撃の一言に誰もがぽかん、とした。

 特にアシィには驚愕が誰よりも大きかったようだ。大きな金の瞳を更に開いて、ディグラムを見た。


「…………な、ぜ、わたくしのことを……」

「知っているか、ということですか?」


 ようやく搾り出したアシィの言葉を引き継いだディグラムに、彼女は小さく頷く。顔を上げたディグラムが、大した理由はありませんよ、と笑った。


「簡単ですよ。つい、三時間ほど前まで王都の方にいましてね。そこで貴女の姿絵を見てきたばかりだったんです。だから、すぐに分かりましたよ」


 さらりとなんでもないことのようにいった彼の言葉にアシィは再び驚愕の表情を浮かべた。

彼女が驚くのも当然だろう。アジェンダから王都まで馬車でも二日はかかる道のりだ。それをわずか三時間で移動するとはどういった手段を使ったのか。


「ディーグは上級魔術師で、遠出する時は移動の魔術を使うの」

 アシィの困惑を正確に読み取ったラスアがそっと教えると、アシィはそうなんですかと一応納得したようだった。

 魔術師とは己に宿った魔力に合わせて精霊などの力を借りて魔法と呼ばれる力を操る者のことである。

 世界は地、水、風、火四つのエレメントによって形作られている。そしてそのエレメントから生まれた存在を精霊と呼んでいる。彼らの多くは好奇心旺盛で人間に対しても好意的なものが多い。魔術師はそんな彼らに呼びかけ自らの魔力と彼らの力を合成させて魔法を使う。

精霊は魔術師が生み出す魔法の出来が良いほど喜ぶ。ここで言う出来とは、見た目、効果、性能などのことをいい、よりイメージ力の強いものや魔力の強いものを精霊たちは好む。魔力が高く、彼らを納得させる魔法を扱える魔術師ほど力のある精霊を呼ぶことができより強力な魔法を使うことができるのだ。


「出かけていたのは、そのため?」

「ええ、少々断りきれない筋からの依頼が入りまして仕方なく王都の方まで行っていたんですよ」


 午前中どこからか連絡がありそれにかなり不機嫌になりながら出かけていったディグラムを思い出したシスカが聞くと、彼は嫌そうに眉をしかめた。

 その様子に機嫌が戻りきっていないことを察した三人は聞きたいことは山ほどあったがとりあいず口をつぐむことにした。


「さて、改めましてアスティリア様。初めてお目にかかります。私は書店<踊る猫の髭>の店長ディグラム、と申します。以後お見知りおきください」


 すっと立ち上がり、完璧な動作でアシィへと礼をとる。

 その挨拶にそれまで戸惑っていたアシィはすっと顔つきを改めた。姿勢を正し、正面からとディグラムを見据えた。

 そこには、ここに来た当初の頼りなさはなく、己の責務を担う一国の姫がいた。


「顔を上げて座ってください。ここでは、わたくしは客の身です」

「お言葉に甘えさせていただきます」


 アシィの言葉でディグラムは再びソファに座った。


「ディグラム、ですね。あなたはわたくしのこと知っているようですがそれはどういうことなのですか?」

「あなたのお父上、つまり王太子殿下とは古い付き合いなのです。そのつながりで王太子妃様とも顔を知った仲なのです。お二人からあなたのことはよく聞いています。なにより、あなたはステラ様の幼いころによく似ています。すぐにわかりましたよ」

「お母様のこともご存じなのですか?!」

「ええ。ですから、私はその娘であるあなたの味方です」


 ディグラムの言葉に、アシィは考え込むように目をつぶった。子供らしからぬ、厳しい表情だった。

 彼女が判断を誤れば、王家に害をなすことだってありうる。幼いと言って選択を間違ってはならない。

 アシィが悩んでいることはその場にいる全員が理解していた。誰も話す事はなく、黙ってアシィを待っていた。

 やがて、少女は目を開けた。偽りを許さないという強い意志を込めた金の輝きがが、正面の男を射抜いた。


「両親の知り合いであり、わたくしの味方であるというあなたの言葉を信じたいと思います」

「ありがとうございます。聞いていた通り、賢明な姫君ですね」


 ディグラムの言葉をお世辞ととったらしい。アシィは、ゆるく首を横に振った。


「そのようなことはありません。それよりも聞かせていただきたいことがあります」

「なんでしょう」

「あなたはわたくしの味方だと言いました。それは、今わたくしの周りで起こっていることを知っていると考えていいんですね?」


 先ほどよりも固い声で、アシィが聞いた。


「全て存じております。それゆえ、私は殿下から依頼をされたのですよ」

「父からの依頼?」

「そうです。内容は貴女の護衛です」

「わたくしの、護衛?」


 父親が依頼したという思いもよらない内容にアシィの声が高くなる。


「ええ、貴女の身の安全のため王太子殿下が私に依頼をなさいました」

「父が…それでは、これから貴方と城へ戻ればいいのでしょうか」

「いいえ、それは違います」

「それでは、ここにいる誰かが一緒に?」


 ディグラムはそれにも首を振る。なかなか知りたい答えを返さないディグラムに、アシィが苛立ったような声を出した。


「一体どういうことなのですか?」

「護衛はラスアを除くここの者全員で行います。ラスアを除く理は彼女がこちらの業務に携わっていないからとご理解ください」


 ディグラムはふうっ吐息を吐いてひたりとアシィを見据えた。その深い碧玉の瞳にはアシィを見極めるような光があり、ひどく彼女の居心地を悪くさせた。


「ディーグ?」


 二人の間に妙な緊張感を感じ取ったラスアは不安げにディグラムを呼ぶ。彼の機嫌がよくないことは明白で、下手をするとこの少女を刺激するような言動をしかねない。

 ラスアの心配を読み取ったらしい。アシィから目をはずしたディグラムが少女へ向けたものより優しい目でラスアを見た。その目は心配しすぎですと語っていて、ラスアはほっと肩の力を抜く。


「私たちは城へは行きません。そしてそれはアスティリア様、貴女も城へは戻れません」

「それはどういう…」

「つまりですね、貴女にはしばらくの間ここで生活をしていただく、ということです。もちろんその間ご家族を含め、外部への連絡は一切禁止させていただきます。そしてこのことを王太子殿下は了承しています」




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