狸な店主
しばらくして泣き止んだアシィが、恥ずかしそうにラスアの胸から顔を離した。泣いたために目は真っ赤に充血していたが、その顔は先ほどより晴ればれとしているように見えた。
「お恥ずかしいところをお見せしました。でも、すっきりとしました。ラスア、ありがとうございます」
最後はラスアの顔を見て言うと、その日初めて少女はわずかにほほえみを浮かべた。野に咲く小さな花を思い浮かばせるような可愛らしい笑顔にラスアも微笑を返す。
「気にしないで。一番大変なのはアシィちゃんなんだから。この程度のことでよければいつでも頼って」
ウィンクをし、全く気負わないラスアに、はいっと返事をしたアシィは年相応の表情でくすぐったそうに笑ってみせた。
「さて、アスティリア様に承諾していただいたところで、今後のことに関して話し合いたいと思います。よろしいですね、殿下?」
ほのぼのとした雰囲気を作り出していた少女たちの間に、ディグラムが柔らかく声をかける。
「その前に一つだけお願いがあります」
「なんですか?」
「わたくしの事はアシィ、と呼んでください。特に王女であるという呼び方は避けて欲しいのです」
アシィが何を危惧してそのようなことを言い出したのか、ディグラムは即座に悟ったらしい。分かりました、とすぐにうなずいた。
「賢明なご判断です。他には何かありますか?」
ディグラムの言葉に少女は首を横に振った。今はこれ以上何も思いつかないのだろう。
「では、ラスア。下の二人を呼んできてください」
「はーい。私はそのまま店番してればいい?」
保護者の指示にラスアは素直に従った。ここから先は、ディグラムたちのもう一つの稼業の話だ。それは、書店とは異なり武力が行使される危険な仕事だった。
悔しいがラスアはまだこちらの仕事に関わらせてもらえない。いずれは、と思っているが、今はその時ではない、と自分に言い聞かせていた。
「ええ、お願いします」
「あ、でも先に着替えたいかも」
学校から帰った格好のままなので、いまだに制服なのだ。それに先ほどアシィにしがみつかれて泣かれたので、少し濡れてしまっている。店番をするに相応しいとは言えない格好だった。
「着替えてからでかまいませんよ。なるべく早めにお願いしますね。それと二階は閉めてくれて構いません」
ラスアは了解っと返事をすると軽やかにソファから立ち上がった。その制服の裾が、くいっと引っ張られた。
見れば不安げな瞳でアシィが自分を見上げている。その手は行かないでというようにラスアの制服をしっかりと握っていた。
「あら、懐かれちゃったみたいね」
可愛いわーっとシスカが言った。
「…ディーグ」
どうする?とディグラムを見れば仕方ありませんねぇと彼はロイグランを呼んだ。
「ん?」
「ラスアの代わりに下の人たちを呼んできてください。店番はリエナに」
「分かった」
了承したロイグランはその外観とは裏腹に軽い動作で扉の向こうへと姿を消した。
「で、私は?」
「ここで、話し合いに参加してくださいね」
「……いいの?」
「かまいませんよ。ここでしばらくアシィには生活をしてもらう事になります。そうなれば当然ラスアにも協力してもらわなければなりませんからね。事情を知らずに協力しなさい、と言われても難しいでしょう?」
からかうようなディグラムの言い方に、むぅーと眉を寄せて子ども扱いするっとラスアは思い切り彼を睨みつける。
「別に無理だってディーグが言うなら、諦めるわよ!」
「わかっていますよ、ラスアがそのくらいの分別がつくということは。だから、そう、拗ねないでください」
「どうだか」
くすくすと笑われ、ラスアは説得力がない!!と頬を膨らませた。
「はいはい、そのあたりで終わりにしときなさい」
シスカが、パンパンと手を打って二人の間に入る。
「ディーグにちょっとからかわれたくらいで膨れないの。いちいちこの狸に目くじら立てても仕方ないでしょう?」
シスカになだめられ、ラスアはしぶしぶ頷く。
「シスカ、狸というのは聞き捨てなりませんねぇ」
「ディーグを狸と言わずになんて言えばいいのかしら。王太子なんて超大物と知り合いだって言うだけで、十分過ぎるくらいに怪しいのよ。それに毎回毎回断れない筋からだって言って持ってくる仕事の厄介さ!それを押し付けてくる笑顔!こっちの質問を誤魔化す態度!狸要素は十分あるわね」
正論でしょうと少しつりあがっている目で睨むと彼女の迫力に、はははっとディグラムは誤魔化すように笑った。こうしてのらりくらりとかわしてしまうところが狸だと言うのだ
二人のやり取りを身ながらラスアは小さく溜息をつく。
シスカの言う事はもっともでここでちょっと拗ねたところで目の前の男性は堪えるどころかそれを面白がるような人間だ。ましてやこの程度のことは軽く流せるようにならなければ、やり返すことなど夢のまた夢だ。
いつか、ぜったいにぎゃふんと言わせてやるんだから!!
ほけほけと笑っているディグラムを睨んで、心の中で叫んだラスアだった。




