王家の墓へ
誰にも見咎められることなく、ラスアたちは西門を通り抜けることができた。
もしかしたら、襲撃があるかもしれない、と緊張していただけに少々拍子抜けした。まあ。こんなに人がいる場所で騒ぎを起こすわけがないだろうから、当然と言えば当然の結果なのだけれど。
どこに敵がいるか分からない状況。気を這っているだけに、妙な疲労が積み重なっている気がする。
はあ、とため息をついたラスアを、隣を歩いていたアシィが気づいた。
「ラスア、大丈夫ですか?」
「ああ。うん。ごめん、ちょっと考え事しちゃっただけ。大したことじゃあないわ」
「ならいいのですけれど。無理はしないでくださいね」
気遣うようにラスアを見上げるアシィに、大丈夫、と笑いかけた。目的地は目前。油断さえしなければ、きっと無事にたどり着く。
アシィだって不安には違いないのに、そんな素振りを見せないように気を張っている。護衛である自分が弱音を吐くことはできなかった。
鬱々と考えていてもいいことはない。気分を変えようと、ラスアはいたずらっ子のような顔を浮かべた。
「ね、アシィ、お腹空かない?」
「空きました……」
「食べ歩きしよっか。腹が減っては~、ってよく言うし」
「はい!!ラスア、わたくしあれが食べたいです」
アシィが目を輝かせて、少し先にある露店を指さした。露店から香ばしい肉の香りが漂ってくる。すきっ腹の二人の食欲は簡単に刺激された。
「アシィ、いいの見つけたわね!」
「はい!」
我慢していた時はあまり気づかなかったが、食べる、と決めた途端腹の虫が盛大に暴れ出した。
きゅるるるる~。
何か食べろー、と催促してくる胃に、二人は顔を見合わせて笑った。早足で香ばしい香りのする屋台に向う。
「らっしゃい!!お嬢ちゃんたち、一本どうだい?!」
威勢のいい禿親父が、にかっと笑った。
炭火焼の串焼きを売っている店だった。大胆にぶつ切りにした肉を三つ四つ串刺しにしている。肉汁がしたたり落ち、肉の焼けた香りが二人を誘った。
「おじさん。二本ちょうだい」
「あいよ!」
丁度良い具合に焼けた串焼きと代金を交換する。店主から手渡された串焼きをアシィが嬉しそうに受け取った。
「ありがとうございます」
「こっちのセリフだな!!嬢ちゃんたち、王都に来るのは初めてなのかい?」
「いえ。昔住んでいたことがあります。引っ越してからはご無沙汰でしたけど、ここは相変わらず賑やかですね」
「あたぼうよ。国王陛下のおひざ元が暗くっちゃあ、国全体が葬式になっちまうだろうが!!」
がはははは、と笑う店主に、そうですね、と頷いてラスアは店先を離れた。
アシィが遅れないように、心持ゆっくりと歩く。どの道馬がいるので、それほど速くはあるけなかった。
串焼きにかぶりつく。一つ一つの肉が大きいので、一口で食べきることは難しかった。
じゅわ、と口の中で肉のうまみが広がる。出来立てアツアツのおいしさだった。
「はれ?はひい、ひゃべなひの?」
隣の少女が串焼きに一度も口をつけていないことに気付く。もぐもぐと口を動かしながら聞けば、アシィがはっとしたように顔を上げた。
「食べます。だから、あげません」
「とらないわよ。まったく。人の事なんだと思っているんだか」
「ごめんなさい。つい」
アジェンダで暮らしているときにアシィをからかいすぎたらしい。嫌われているわけではないが、ちょっとした言葉に警戒される。
それもまた面白いので、ついいじってしまうから、自業自得なのだが。
慌てて食べ始めたアシィの頬が、リスのように膨らんでいるのを見て、ラスアは微笑んだ。
王家の墓は、王都の西はずれにある。西門を抜けてすぐにある大通りは商業区。それを北に抜けしばらく行くと居住区があり、さらに進んだ先に王家の墓はある。
歩いていては、日が暮れてもつかない、と人通りが少なくなったところでラスアとアシィは馬に跨った。
静かな住宅街に馬がかける音が響く。
「人があまりいませんね」
馬を走らせて大丈夫か、と心配していたアシィだったが、まばらにしか見ない人影に安心したようだった。
代わりに、あまりの人の少なさに疑問を覚えたらしい。先ほどの大通りに比べると、一層寂しさが目に付いた。
「このあたりは貴族や大商人の屋敷が多い地区だからあまり一般人は来ないのよ。ああ、名門術師の一族なんかの屋敷もあるわね」
「よく知っていますね」
ラスアの言葉にアシィが驚いたような声で言った。
王都に住んでいる自分が知らないことをアジェンダに住んでいるラスアが知っていることが不思議なのだろう。
ラスアはくすりと苦笑をしてなんでもないことのように種明かしをする。
「十四まで王都に住んでいたから、それで知っているだけ。そういえばアシィには言ってなかったっけ」
「そうだったんですか。先ほど露店で言っていたことは嘘ではなかったんですね」
「そういうこと。もしかしてさっき考え込んでたのってそのこと?」
「はい。嘘にしては口調が自然でしたし、本当だとしたら聞いたことがないからおかしいと思ったんです」
それでつい考え込んでしまった、とアシィは恥ずかしそうに笑った。
「私がディーグに引き取られたことは知ってるでしょ?」
「はい。前にシスカに聞きました」
「で、引き取られる前に住んでいた場所が王都だったの。家があったのはここと反対の東の地区だったけどね」
当時を振り返って、ラスアは懐かしくなる。祖父と二人大きすぎず小さすぎない手ごろな一軒家で暮らしていた。
祖父は厳しく豪快な人だった。男手ひとつで女の子を育てることは大変だったろうに、そのことに一度文句を言ったことはなかった。
愛されていたと思う。自分を見る祖父の眼には、いつも慈しむような色があった。
「おじいちゃんが死んだのが、十四。頑張れば一人で生きて行けたかもしれないけどね。っていうか、おじいちゃんの遺言がなかったら確実に今も王都で細々と暮らしていたと思うわ」
親戚もいない孤児になったが、祖父が生きていけるだけの財産と知恵は残してくれた。
だから、一人でも大丈夫だと言ったラスアを抱きしめて、問答無用で連れ帰ったのがディグラムだ。
あの腕の暖かさに、ラスアは逆らえなかった。
「そうだったんですか。ディーグが、そんなことをしたんですね」
「驚きよねえ。基本、他人に興味のないディーグが!!」
あはは、と笑うラスアにアシィはそんなことはありません、と首を横に振った。
「ディーグは根底は優しい人だと思うんです。きっと独りぼっちになったラスアを放っておけなかったんですよ」
「……アシィってよく人を見てるわよね」
「観察眼は王宮で生きていくための必需品ですから」
胸を張ってアシィが言った。騙し騙され、時に命を狙われることもある場所。
そこで生きていくために、アシィが磨いたのが人を見る目だったのかもしれない。
「アシィは頑張っているわね」
「わたくしは、王族ですから」
まるで自らに言い聞かせるような言い方だった。一か月。外の世界で生きた時間は少女の心に何か変化を与えていたのかもしれない。
凛、と伸びた小さな背中を見て、ラスアは少しだけ寂しさを感じた。




