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到着





 襲撃を受けた三日後。

 ラスアとアシィは王都の前にいた。

 王都は学術都市と謳われるアジェンダより更に一回り程規模が大きい。アジェンダも国で五指に入る広さを誇っているだけに、それを上回る王都の大きさは半端なかった。多分一日歩いても一周回るのは大変ではないだろうか。

 周囲は高い塀に囲まれ、籠城戦にも耐えられる作りになっていた。 

 近年大きな戦、とりわけ国の中心である王都にまで攻め込まれるような戦争は起こっていない。ただ、この大陸は数十年前まで戦火が絶えなかったという。今も各地で小競り合い程度は頻繁に起こっている。城壁は戦時代の名残だった。

 現王は遠征をするよりも内政に力を入れているらしい。周囲から攻め込まれる恐れはあるが、コッズウィーン国から戦を仕掛ける心配は今のところなかった。

 王都を守る盾も、四十三年前の戦を最後に活躍の機会を失っていた。

 ぶるるるる、と馬が鼻息を荒く吐き出した。強行軍だったことを考えると、随分頑張ってくれたものだ。

 成り行きで相棒となった馬を、ラスアはご苦労様、と撫でた。


「やっと着いたわね」

「……はい」


 これまでの旅路を思って感慨深げに言ったラスアに、前に座っていたアシィが頷いた。

ロイグランたちと別れてから、馬の休憩のため以外には王都を目指して一心に進んできた。

 旅慣れない少女二人が、人目を避けて無茶な行軍をしたのだ。

 アシィにはかなりの負担を強いることになった。それでも彼女は一言も文句を言うことなく、ラスアに従った。つらかっただろうに、泣き言一つ言わない少女に口には出さなかったがラスアは感心していた。


「ラスア。どうかしましたか」

「何でもないわ。あと一息ね。がんばりましょ」

「はい。王都に入れば一応安心できますね」

「そうね。王宮に行けば、ディーグたちがいるはずだから。もしかしたら、ロイたちが先に着いてるかもしれないわ。ああ、でもできればお風呂くらいは入っていきたいわね」


 ほっとしたようなアシィに冗談めかしてラスアが溜息をつく。そのラスアに思わず笑いながらもアシィも同意をした。


「そうですね。無理なのは分かっていますが、わたくしもさっぱりとはしたいです」


 ここまで身の安全だけを考えてきたため、水浴びすらできなかった少女たちは揃って苦笑をする。野宿続きで、体はべたべたしている。

 更に言えば、食事だってまともにとっていない。馬に積まれていたわずかな保存食とアシィが背負っていたリュックに入っていた一日分の食料。

 これで三日を過ごしたのだ。敵に追われていなければ、町に着いたらすぐに公衆浴場なり宿なりに直行したいというのが偽らざる本音だった。


「ああ、でも、こんなぼろぼろだとお城に入れてもらえないかしら?」


 ラスアが馬を進めながら困ったように笑うと、確かにとアシィが楽しそうに笑った。

 ラスアだけでなく、アシィも全身薄汚れている。王女というより、地方から出てきた出稼ぎの少女という風体だった。

 愛らしい顔とにじみ出るオーラだけはそのままだったけれど。


「門番がわたくしだと分からなくて追い返されてしまうかもしれませんね」

「まぁ、そのときは引き返してこざっぱりして服も新調して出直しましょ。きちんと衣服を整えれば何とかなるでしょ、多分」

「はい…」


 それまでの調子の良さを潜めて、急にアシィが黙り込んだ。

 突然変わった少女の様子に、ラスアは首をかしげた。


「アシィ、どうしたの?」

「……ラスア」

「なに?」


 やけに改まった声で名前を呼ばれ、ラスアの声も真剣なものになる。


「冗談ではなくこのまま城に向かっても中に入ることは難しいと思います。わたくしはまだ子供ということでそれほど公の場にでることがありません。門番たちがわたくしの顔を知らない可能性が大きいのです。その上いまわたくしはわたくしの身を証明するものを持っていません。王宮に行ったとしても、間違いなく小汚い子供として見られ門前で追い払われます」

「確かにそうね。おまけに供としてついているのが私だけじゃ余計に信憑性が薄いわ」


 ディグラムと連絡が取れれば何とでもなるが、今ここにリエナシーナがいない。ラスアもアシィも連絡魔法は使えず、王都に来たということを知らせる手段が二人にはなかった。

 薄汚れた子供が王宮に行って、追い返されるだけならまだいい。問題は、そこで敵の目にアシィが見つかってしまうことだった。

 ディグラムが言う〝ごみ掃除〟が終わっていない可能性は十分ある。下手な行動は控えるべきだった。

 ここにきて思いもよらない難問にぶつかり頭を抱えるラスアに、アシィは大丈夫と自信を持って言った。


「何か方法があるの?」

「はい。王宮には有事の際に使う王族しか知らない秘密の通路がいくつかあるのです。そこをおおれば、誰にも見咎められることなく、王宮内に入ることができます。それに中は迷路になっていますから、万一追手がかかったとしても巻くこともできると思います」

「それしかないわね。リエナと分かれたことが裏目に出たわね」


 こういうとき魔法が使えればと思う。だが今はないものねだりをしても仕方がない。現状でやれることをやるしかないのだ。


「では決まりですね」

「ええ。アシィその秘密の通路はどこにあるの?」

「通路は王都の西の郊外、王家の墓にあります」

「お墓?」

「はい。コッズウィーンの始祖の墓の裏が出口になっています。他にもありますがわたくしが確実に道を覚えているのがそこなのです」


 間違いなく王家のトップシークレットである。一般人の自分が聞いていい話ではない、とチラリと思ったが、今は非常事態。

 きっと国王陛下も分かってくれる、とラスアは自分を誤魔化した。


「分かったわ。そこに行きましょ。アシィ、念のために言っておくけど街中では絶対にフードを取ってはだめよ」


 ラスアはアシィの少しずれたフードを直してやりながら、顔を隠すことだけは念を押す。

 どこでアシィの顔を知っているものに会うか分からないため、この旅の間アシィは町や村ではフードを被って顔を隠していた。


「分かっています。もう耳にたこができるくらい聞きましたから」


 道中再三繰り返し聞かされた文句をまた言われてアシィが頬を膨らませた。ラスアはそれを気配で感じ取り笑いながら謝る。


「誠意が感じられません!ラスアまで子ども扱いするんですから」

「実際子供だしね。さて、アシィそろそろ下りるわよ。もう町に着くわ」


 そう言うとラスアは身軽に馬から下り、アシィに手を差し出して彼女を抱えて下ろした。

 お疲れと声をかけながら馬の首をなでると、馬は気持ちよさそうに首を振り、ラスアに頭をこすり付けてきた。馬がある程度満足するまで首や頭をなでると、右手で手綱を持ち左手でアシィとはぐれないよう手をつなぐ。

 ラスアたちが目指す西門は多くの人間が出入りしていた。門番たちは不審者に目を光らせてはいるものの、一人一人の素性を調べるようなことはしていなかった。

 川の流れのような人の流れに紛れ込み、ラスアはアシィとともに王都へと足を踏み入れた。



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