魔法談義??
「やっときた。先に休んでるわよ」
のんびりと歩いてきた三人に、ラスアは軽く手を振って机に突っ伏した。走って火照った体に石の冷たい感触が気持ちいい。
「お~だらけてんな。まだまだ先は長いのに大丈夫か~?」
「うるさい。問題なしよ」
目を閉じてテーブルに懐いているラスアの頬をつついてロイグランがからかう。それに嫌そうにしてラスアはその手を払った。
椅子に座ったアシィが二人を見て可笑しそうに笑い、リエナシーナが背負っていた袋から水の入った皮袋を取り出した少女に手渡した。
アシィは礼を言ってそれを受け取ると、蓋を開けて口をつけた。
それに習ってラスアたちも水を飲み、疲れた足を休める。
「そういえば前から気になっていたことがあるのですが、聞いてもいいですか?」
ふと急に思い出しようにアシィが水筒から口を離して、テーブルに懐いていたラスアに聞いた。
「ん~なに~?」
「リエナは風の魔導師ですよね。それから魔導師ではありませんがロイとアサファは地、シスカは火の魔法を使えるんですよね」
「そうよ。リエナ以外は、滅多に使わないけどね」
ラスアが言うとロイグランとリエナシーナが頷いた。
人は生まれながらにこの世界を構成する四つのエレメント地水風火のうち一つ属性を持っている。人が使える魔は、生まれ持った属性のものしか使えない。火属性の人間はどれだけ努力しても、その他の属性魔法を使うことはできない。
「それでずっと疑問に思っていたのですが、ラスアとディグラムの属性は何なんですか?ちなみに言った事がないので先に言いますがわたくしの属性は水です」
興味津々、と言う顔をするアシィに、ラスアは困ったようにリエナシーナを見た。自分はともかく、ディグラムの属性を勝手に教えてもいいのだろうか。
ラスアの視線の意味を正確に読み取ったリエナシーナは、大丈夫、と言うように頷いた。
「やはり、教えてはもらえませんか?」
魔導師はあまり自分の属性を吹聴しない。知られていなければ、敵と戦った時手の内を隠すことができる、と言う理由だった。今ではその風潮も廃れつつあるが、進んで申告する魔導師は少ない。
不満をにじませながらも言えないなら仕方がないと肩を落としたアシィに可愛いとラスアは笑ってしまう。
「拗ねないの。アシィになら教えても問題ないわ。リエナもいいって言ってるし、ディーグも気にしないだろうしね」
「本当ですか?」
「ええ。だから機嫌直して?」
「…別に拗ねていません。あ、でも教えないというのは無しですよ!」
前言撤回は無しだと慌てるアシィにラスアはだけでなく年長組も明るく笑った。
リエナシーナが、必死になっているアシィの頭をくしゃり、と撫でた。
「そんなに必死になることでもないだろうに」
「そうですけど。つい。リエナの属性を知ったのも偶然ですけど、知ることができて嬉しかったんです」
秘密を教えてもらえて、近づけた気がした、とアシィははにかんだ。
可愛らしい告白に、リエナシーナが、ならとっておきを教えてやろう、と声を潜めた。
「なんですか?」
「私の属性だ」
「風、でしょう?」
それがどうした、と首をかしげるアシィに、正面に座っているラスアが悪戯小僧のような顔を見せた。
「それはリエナの最も得意な属性。リエナは複数持ちなのよ」
ぴ、と人差し指を立てて教えると、アシィが大きな目を丸くした。
生まれ持つ属性は一つとは限らない。極稀に二つ以上のエレメントを持って生まれる赤子がいる。
当然彼らは、その属性の魔法を使うことができる。
二つ以上の属性持ちは、魔導師になると有利になることが多い、と言われている。
二属性ないし三属性のエレメントは大抵反発することはなくうまく人の体で共存している。うまく組み合わせることができれば、単発属性よりも威力が跳ね上がる。
二つ以上の属性を合わせる魔法を合成魔法、と言う。大抵は二人以上の魔導師が組んで使う特殊魔法だが、複数持ちたちは一人でそれを操ることができるのだ。
魔法を使うものたちの中では学ぶことは増えるが、それだけの価値がある。
あまりに特殊な存在で、数は少ない。魔法において国の頂点に立つと言われる王宮魔導師たちの中でも、ほんの一握りしかいない。
「私のエレメントは風の他に、水と地だ。残念ながら火は使えない」
言葉にするほど残念そうではない口調で、リエナシーナが言った。
「三、属性なんですか?」
「びっくりよねえ」
「ああ。一つでも十分面倒なのに、よく三つも使う気になるよな」
「それ、ちょっと違うわ、ロイ」
微妙にずれた発言をしたロイグランに、ラスアは呆れを隠さず突っ込んだ。うるせえ、と飛んできた平手は、紙一重で躱した。
「あれ、アシィ大丈夫?」
「あ、はい。ちょっとびっくりしただけです」
「じゃあ、ついでにもう一つびっくりをプレゼント。アシィが聞きたがっていたディーグだけどね。あの人はすごいわよ。何せ、属性全部持ってるから」
「嘘、ですよね?」
「あはははは。本当」
呆然として表情を無くしたアシィの言葉を、ラスアは明るく否定した。
アシィの気持ちもわかる。希少とされる複数属性の持ち主の中でも、数えるほどしかいないと言われている四属性持ち。全属性を制覇している魔導師など、国中探してもあと一人いるかどうか怪しい。
三属性持ちに続き全属性持ち。規格外の魔導師に囲まれていたのだ、と今更知ったアシィの衝撃は大きいらしい。
石のように固まったまま動かないアシィに、ラスアはリエナシーナと顔を見合わせた。
「やっぱり、言わない方がよかったかしら」
「知りたがったのは本人だ。問題ない」
いっそ冷たいとまで言われそうなリエナシーナのクールさに、ラスアは肩をすくめた。
リエナシーナは、人を外見や年齢で判断しない。相手の内面を見て付き合う人間だった。アシィのことも庇護すべき存在とは考えているが、必要以上に子ども扱いすることはしなかった。
かといって王女として扱うわけでもない。アシィをアシィと捕えて、接するのだ。簡単にできそうでできない難しいことを、無意識でやっているリエナシーナのことを、ラスアは純粋に尊敬していた。
「お、復活したか?」
呑気に聞き役に徹していたロイグランが、正気を取り戻したアシィに目ざとく気付いた。普段大雑把な態度をとるくせに、実は一番周囲の様子に気を配るのが彼だ。意外とシスカの方が人の機敏に鈍感だった、と知った時には、人は見かけによらないとつい二人を見比べてしまったものだ。
「大丈夫か?」
「あ、はい。かなり驚きましたけど、納得もしました」
「納得?」
「ディーグってどこか得体の知れない部分があるんです。その理由の一つとして属性のことがあったのかと思いました」
アシィが非常に真剣な顔をして言った瞬間。
三方から、耐え切れない、と言うように爆笑が起こった。
「得体が知れない……。どうしよう、否定できないわ」
「くくく。あれは、生まれつきの性格だろ。全部自分の腹の中に納めて、悪巧みしてるからこええんだよ」
「だろうな。属性があろうとなかろうとディーグはどこまでいってもディーグだろう」
「……そうかもしれません」
あんまりと言えばあんまりなラスアたちの言葉に、アシィが難しい顔をして納得したように頷いた。




