旅路
澄み渡った青い空の下。青々とした草が茂った草原に挟まれるようにして土を慣らしただけの道が通っていた。長年町と町を繋いできた街道は、多くの人や馬車が行き来をしているのだろう。轍の通った後が踏み固められ中央に草の線が走る道を作っていた。
最近は三十年ほど前に作られた新しい街道を使うことが多く、旧街道を選ぶものは少なくなっていた。
今も、ラスアたち意外に人の姿は見られない。
「のどかねぇ」
穏やかな街道を歩きながらラスアは、んーっと両手を組んで伸びをした。肩の怪我は完全に治り、動かすことに不自由はない。
アジェンダを出て五日。途中にある宿場町や農村などを通りながら特に障害もなくラスアたちは順調に王都への旅を続けていた。
今歩いている地域は気候がよく肥沃な大地が広がっている。近隣の村は農業や牧畜を営んで生計を立てている。立ち寄った村はいずれも農業が盛んだった。一軒一軒の家がそれぞれ広い土地を持っていると聞いて驚いた。
先祖代々土地を開墾してきた成果らしい。今は麦の種撒きは終わり、成長を見守っているそうだ。虫の発生や水が行き届いているかなど、気を付けることは山ほどある。それだけでなく、葉物や根菜などいろいろな野菜も育てていた。アシィと二人で、忙しそうに働く人々の様子をじっくりと観察してしまった。
こうやって、自分たちが普段食べている野菜や穀物ができているのだと思うと、なんだか感動した。
「ふふ、本当に。風も穏やかで気持ちがいいですね」
ラスアの隣を歩くアシィが温かな風を受けて気持ちよさそうに目を細めた。
王女と言う身分のアシィが歩いて旅をするということなど、生まれて初めての事だろう。ラスアの家に来た当初は、買い物に行って帰ってくるだけでくたくたになっていた。買い出しに出かけることが当たり前になったころには体力も少しはついていたが、長距離移動に耐えられるほどとは言えないはずだ。
ここ数日の旅路は王女にはつらい行程であっただろうに、当の本人はそんな顔を一切見せることはなかった、かえって自分の足で歩くことを楽しむように、四中笑顔を浮かべてすらいた。
アジェンダでの暮らしの時もそうだった。現状に不満を持つのではなく、知らないこと見たことの無い物に興味を持ち、新しい知識を貪欲に吸収することに夢中になっていたように思う。
「アシィは偉いわね」
「急にどうしたんですか?」
「なんとなくそう思っただけ」
怪訝そうに見上げてくるアシィの金色の頭をラスアは笑いながら撫でた。紐でくくっているだけの髪がくしゃくしゃになって、アシィが悲鳴を上げた。
「なんなんですか、ラスア?!」
「愛情表現?」
「そこで首をかしげないでください、もう!!」
「あははははは」
明るい笑い声が草原に響き渡った。頬を膨らませているアシィも、ラスアの行動を心底嫌がっているわけではなくすぐに釣られて一緒に笑い出した。
「元気だな、あいつらは」
疲れを見せない元気な少女たちに、ロイグランが呆れ顔を隠さず言った。
「年より臭いぞ、ロイ」
隣を歩くリエナシーナがロイグランの脇を杖で小突いた。
「三十路のおっさんだからな。太陽はあったかいし、風は穏やか。こんな日は昼寝したくなるぜ」
「おっさんと言うより、それじゃあ爺さんだ。まあ、朝から歩き通しだったし、このあたりで休憩を入れるのはいいかもしれない」
朝日が昇る前に起きだして支度を終えると、早々に宿を発った。それから数時間歩きっぱなしだった。自分たちはいいが、アシィのことを考えるとそろそろ休みを入れた方がいいだろう。
「だな。急ぐ旅でもないし。ちょうどいいだろ」
年長組の相談を聞いていたラスアは、ぱ、と顔を明るくして、振り返った。後ろを歩いていた二人が、ん?とラスアを見る。
「じゃあ、あそこで休憩ね!!」
ラスアが指さした先に、小さな石造りの東屋があった。
街道には一定の間隔で休憩所が設けられている。土壁やベニ板のような素材で作った簡易なものだ。雨風をしのぐには十分だし、一夜の宿にするくらいはできる。野宿をするよりはずっとましだ。
そこを狙った盗賊たちによる襲撃もあるため、腕に覚えのないものや少人数である場合はあえてそこを避けることもあったが、ラスアたちは積極的に利用をしていた。
なぜなら、盗賊程度ならロイグランとリエナシーナの相手にはならないし(二回襲撃を受けたがあっさりと撃退した)、旅慣れていない少女たちをなるべくしっかりとした場所で休ませるためだ。ラスアもアシィ同様町を徒歩で離れる機会など少ない。鍛えているから、体力は比べ物にならないが、慣れない行動は必要以上に疲労を溜める。
少女たちの状態を図って適度な休憩を入れることをロイグランたちは忘れなかったし、どうせ休むなら少しでも快適に、とうのが二人の気遣いだった。
そんな二人の思いやりをラスアはありがたく受け取っている。今もそろそろ足が疲れて座りたいな、と思っていたところだった。
無理は禁物。それがこの度の間、ロイグランたちに言い含められていることの一つだ。
ラスアの浮かれた声に、リエナシーナが苦笑した。
「うん。無理をしても仕方がないからね」
「私、先に行って様子見てくるわ!アシィ、お願いね」
リエナシーナの返事を待たず、ラスアはタっと休憩所に向かって走り出した。
百メートルほど先にあったそこは、平たい石の屋根を四隅に立った柱が支えているだけの簡易な造りだった。中には石製の数脚の椅子とテーブルが一つあるだけだ。
単純に足を休めるためだけの場所のようだった。宿には向いていない。
さっと周囲に目を走らせ怪しい影がないか危険がないかを確認すると、こちらに向かって歩いてくる三人に手を振った。
「問題なーし!!」
ラスアの言葉に、三人が笑った。
アシィにまで笑われてちょっと面白くないものを感じたラスアだった。




