窮地
シェラクと別れて別ルートで家を目指したアシィたちを、再び敵が襲った。執拗な攻撃をかわし、身を潜めながらの逃亡が続いている。
倒しても倒しても湧き出てくる襲撃者たちにうんざりし始めた時、ようやく待っていたものが届いた。
風の魔術による伝言である。魔術で作り出した風に言葉を乗せて、相手に送る。送られた相手は、風に耳を澄ませることで送り主からの言葉を聞くことができるようになっていた。
ディグラムからの一方的な指示だったが、活路は見いだせた。シェラクが無事に役目を果たしてくれた、とその時アシィは胸をなで下ろした。何より、兄が無事であったことが彼女を安心させた。
今は、ディグラムに在示された合流地点へと急いでいる。
「疲れていると思うけど、そろそろ動かないとね」
いつまでもあばら家に隠れていることもできない。ぐずぐずしていると、敵に見つかる。
休憩はおしまい、とシスカが元気づけるようにアシィの肩を優しくたたき、アサファと頷きあった。
「わたくしは大丈夫です。シスカとアサファが守ってくれますから」
「まかせて。アシィには指一本触れさせないわ」
「守り抜く」
力強い言葉が護衛たちの口から発せられた。出会ってまだ一カ月。けれど彼らが誓いを守ってくれる人たちだ、とアシィは十分知っている。
外の気配を伺い、人いないことを確かめたシスカがまず外に出た。それにアシィ、アサファの順に続いた。
空には半分かけ双月が淡い光を放ち、その周りには無数の星々が煌めいている。完全な闇夜でない分、視界が多少は効く。それは敵にも言えるが、明かりをともせない状況に置いて助かった。
シスカが先行し、敵の姿が見えないことを確認すると後ろの二人にサインを送る。月光ではどうしても明かりが足りない。やはり二人に比べて、アシィの目にはシスカの姿が良く見えない。
サインが出るたびに、アサファが軽く背中を押してアシィを促してくれた。
そうして少しずつ距離を稼ぎ目的地へとはやる気持ちを抑えながら進んでいく。
このまま敵に見つからないで何とかたどり着けるかもしれない、とアシィが思うほど襲撃を受けずに進むことしばし。
「上だ!!!」
シスカに呼ばれて走っていたアシィの肩を急にアサファが掴んだかと思うと、彼はこれまで聞いたことのないような激しい声で叫んだ。
その声にシスカが反応し彼女を狙って放たれた矢を短槍で叩き落す。
「走れ!!」
鋭く言うとアシィの腕を掴みアサファがシスカの元へ走り出す。二人が追いつく前にシスカも走り出した。頭上から、三人を狙った矢が襲い掛かってくる。
タタタッと小さな足音が後ろからいくつも追いかけてくるのが聞こえる。振り向きたくなる気持ちをこらえアシィは前を向いて懸命に足を動かす。全力で走り続けることに慣れていないアシィには、振り向いている余裕などない。
それでも子供の足と訓練をつんだ大人の足では結果は目に見えていた。だんだん近づいてくる足音に、少女は恐怖した。
追いつかれるのも時間の問題となった時、急に矢の雨が止んだ。同時に前を走っていたシスカが足を止めた。
「やられたわね」
細い路地を抜けた先にあったのは、広場だった。<踊る猫の髭>からさほど離れていない市民の憩いの場で、昼間は多くの人で賑わっている。そこの入り口で足を止めたシスカは前方を睨みつけて苦々しく吐き捨てた。
ようやく追いついたアシィがシスカの視線の先を見ると五人ほどの黒ずくめの男がそれぞれ武器を持って待ち構えていた。
アシィを挟み込むようにシスカと背中合わせにアサファが剣を構えた。背後から彼らを追ってきていた男が四人、道を塞ぐようにしてアサファと対峙した。この場所に誘導されたのだ、と気づいた時には、周囲を完全に包囲されていた。
「ちょっと嫌な展開になったわね」
誘いこまれたこの状況にシスカが短槍を構え油断なく男たちを見据える。
逃げ場を失い、護衛たちが襲撃者たちと正面から戦うことを覚悟した。




