形勢逆転、ならず
嫌な時間だった。敵はシスカたちを完全に包囲しながら、仕掛けてくるそぶりを見せない。と言っても、三人を逃がすような隙も見せなかった。
おそらく、シスカとアサファの実力を警戒して、下手に動けないのだろう。敵ながら冷静だ、とシスカは唇を噛みしめた。
「ぐあ?!」
突然シスカの前方にいた男の一人が、がくりと膝を着いた。
一瞬敵に動揺が走る。
その隙を見逃さず、シスカとアサファは同時に地を蹴り、敵の中へ突っ込んだ。
敵の間合いぎりぎりまで入り込んだシスカが槍を突き出した。その動きを捉えきれなかった男の腹へ槍を沈み込ませると、後ろから別の男がシスカへ切りかかる。体を回転させながら槍を引き抜き男の剣を受け流し、バランスを崩したところへ一気に槍を繰り出した。数瞬で二人を倒したシスカから残った二人は跳び下がり構えを取る。その瞬間男たちを無数の風の刃が襲い、風がやんだときには二つの動かない身体が地面へと転がっていた。
一方アサファは一番近くにいた男を薙ぎ払うと、反す剣で襲い掛かってきたもう一人の男を切り捨てる。
その隙を突いて男の一人がアシィの元へ走り凶器を振り上げた。
襲い掛かってくる男に硬直したアシィは悲鳴すら出すことができず、ただ振り下ろされる剣の軌跡を目で追っていた。
「がっ?!!!」
くぐもった男の声が下かと思うと、アシィへ襲いかかってきた男が不自然な形で動きを止め、そのままぐらりと身体が地面へと倒れこんだ。
からんっと男の手から剣が落ち、そのまま男は動かなくなる。
「大丈夫か?」
のろのろと声のしたほうへ顔を上げると、いつの間にか黒いマントを被った男性がアシィの前に佇んでいた。
聞き覚えのあるその声にアシィはほっと安堵した。
「あっちも片付いたみたいだな」
ロイグランの言葉どおり周囲には黒ずくめの男は一人も立っておらず、男たちを倒したシスカとアサファが二人のほうへ歩いてくるのが見えた。
「助かったわ。かなり厳しい状態だったから」
ふうっ吐息を吐いてシスカが言えばアサファも同意するように頷いた。
「間に合ってよかったぜ。っと、ゆっくりしてる場合じゃねぇな。ほれ、二人ともこれを使えってよ」
懐から出した札をロイグランが二人に渡す。それは先ほどシェラクが使ったものと同じ姿を隠す札だった。
「わかったわ。でもこの子はどうする?」
札を使えば姿を隠すことができるが、その姿は当然味方の目にも映らない。シスカたちは互いに気配を掴むことができるが、アシィはそうもいかない。
不安そうに見上げたアシィを心配ないとロイグランがくしゃりとなでる。
「ああ、俺が抱いていく。それで一気に距離を稼ぐぞ」
「ならあたしたちは完全にフォローに回るわ。……任せたわよ」
「ああ、それじゃ、悪いが抱えさせてもらうな」
「はい」
ロイグランはかがみこんで緊張した面持ちのアシィに了解を取るとよっと少女を軽々抱き上げた。
「落ちないように、俺の首に腕回しとけ。荒っぽい動きになるぜ」
「分かりました」
幼子のように尻を支えて抱えられたアシィは、言われたとおりロイグランの太い首に腕を回した。鍛え上げられた男の体は首まで硬い。絶対に離さないように気を付けよう、と彼の服もしっかりと握った。
アサファもロイグランも決して軽くはないはずのアシィをたいした負担とも思わずに抱き上げる。この分だとアサファよりも体格のいいロイも先ほどの彼のように颯爽と走るに違いない。
王宮で生活している時こんな風に抱き上げられて走られることなどなかったアシィは、男性というのはこんなに力があるものかと驚いていた。
「よし、いくか」
ロイグランの言葉に頷き三人が札を発動させようとしたそのとき、突然かっと昼を思わせる光が、夜の空に広がった。
その光にアシィ以外の三人が身をこわばらせる。
「まさか、見つかった…?」
光が広がった方角を見て、シスカの口から乾いたような声が漏れる。
光の発生源となった方角には、<踊る猫の髭>がある。距離から考えて、書店がある場所とみて間違いはない。
あの光は魔法によるもので、主に相手の目をくらますことに使われる魔法だ。敵の目から逃れるだけならば、一枚で十分な威力を発揮する。けれど、あの光の大きさは、札一枚のものではなかった。恐らく十枚はまとめて使われたはずだ。
使ったのはラスアに違いない。この魔法は逃亡の時などに有効だと言うことで、リエナが札を作り仲間たちに渡していた。その中にはラスアも含まれていて、戦闘経験の少ない彼女のためにリエナは彼女に他の仲間たちよりも多く札を渡していた。
ただ逃亡するだけならまとめて札を使う必要はない。つまりこの光は〝敵に見つかった、戻るな″というラスアからのメッセージだ。
「とにかく一度場所を移動しますよ」
どうするべきか立ち尽くしていたロイグランたちの耳に、普段よりも硬いテノールの声が響いた。
振り向いた先にはいつの間にかディグラムとリエナシーナが立っていた。
「だけど」
「今、ここで駆けつけてもおそらく間に合いません。それに捕まったとしてもすぐに殺されることはないでしょう。あの子達を襲ったのは十中八九利用するためでしょうからね。それよりもあの子が送ってくれたメッセージを無駄にしないように動かなければ、あの子の努力が無駄になります」
迷うようなシスカの言葉を遮り、変わらず硬い声でディグラムが告げる。
その硬い声に今すぐにでもラスアの元へ駆けて行きたいという思いを殺していることを感じ取り、三人はそれ以上言葉を紡ぐことができない。
「あの…?」
一人展開についていけないアシィは不安げにロイグランを見るが、後で説明すると言われて仕方なく頷く。
「リエナ、移動をします。場所は1―3。そこから更に1―8まで足で移動をします。いいですね」
それに頷くとリエナシーナが杖を構え呪文の詠唱を始める。
静かなアルトが広場に響き彼女の周りだけに不自然な風が生まれる。
『空を駆けし者。その背に我を乗せ約束の地へとこの身を連れゆかん。トランスター!』
詠唱を終えた瞬間、風がその場の人間を囲い込み舞い上がる。
風が収まった時にはその場から彼らの姿は消え、残ったのは倒れた黒ずくめの男たちの体と夜の静寂だけだった。




