第25話 待ち人きたる
完結です。
低く怒りのあふれる言葉と同時に、私から今井先輩という重りがとれた。
その後は我が兄の独壇場だった。
以前より、よりしなやかな自信と強さをその全身から溢れさせる兄は、その体を包む高級スーツのまま、あっというまに今井先輩をたおしてしまった。
チームのメンバーも、そばに控える三島の生え抜きたちの眼光にさらされ硬直して動けない。
これがプロに進んだものとアマチュアの差だ。
私は今日、兄を呼んでいた。
めったにないお願いにこうして遅れたとはいえ、兄がきてくれた。
よし、これでここのアホな女どもの前に極上のエサがきた。
あの今井先輩に騒ぐんだ、我が兄を見よ!
これで一気に学園の雰囲気は、あの女どもの私に向ける視線に、兄というフィルターがかかるはず。
私はその後、兄を連れまわし、特に厄介そうな女にはわざわざ声をかけ、兄も何も言わずとも妹をよろしく、とあいそをふりまいてくれた。
自分のドッジボールのチームの事など忘れて・・・。
そのかいもあって、学校の雰囲気も私にとってめんどうなものはなくなった。
将を射んとすれば、って奴だ。
あの今井先輩は全然懲りず、私にちぎられた耳をわざとちぎれたまま固定するというアホな事をしてくれた。
医者泣かせもいいとこだ。
2週間ぶりにやってきて、そのまま私の所に突進してくる。
まあ兄の強さは別らしいから倒されても仕方がないと周囲に慰められたと聞く。
このまま三島に入って私を守りたい、とアホアホ発言をしている。
周囲もさすが総長!とか言っているらしい。
どう思えと・・・。
ストレートで三島に入るというのが、このあたりのワルの、特に養成所と化しているこの高校では憧れのものだと聞いた。
そのために力を誇示しアピールする。
まあ、何はともあれ目標があるというのはいい事じゃないのか?
あれから私は考えた。
小さな頃から私と兄はわけのわからないもの、たとえば家族とか愛情とか呼ばれるものに振り回されてきた。
ようやく篠宮を出ても、今度は金と権力に振り回されている。
兄が三島に乗るというのならしょうがない、この私もこの三島に乗る事にしよう。
私と兄とで、この三島の本来の血筋や屋台骨を一つ残らず喰いあさって、全て乗っ取ってやる。
「私と兄とがいればそれでいい。」
私が珍しく素直にそう言うと、兄は当たり前だと笑う。
今も昔も自分達だけで生きてきた。
お互いを支えるために。
もしかしたらこの場所は私達には最高の場所かもしれない。
ただ容赦ない力がものをいう場所。
待ってなさいね、三島一族。
その懐にいれたものに、潰される未来を笑う。
まずは三島予備校と言われるこの高校を私の手中におさめなければ。
ああいう体育会系のノリが連綿と続いているのだ。
やり方を間違えないよう気をつけてここに私の足場を作る。
ちょうどいい、今井先輩にも踊ってもらおう。
あの熱狂ぶりをまとめあげてみせる。
私と兄はもう何にも振り回されたくない、ただそれだけ。
全て私達で三島を喰らいつくした後、何かそこに見えるものがあるだろうか?
私はもう何にも脅かされない安穏とした眠りが欲しい。
幼い頃に2人で抱きしめあって怯えたあの日々。
祖母に引き取られてからも、気を休めて眠れる日などありはしなかった。
どうかどうかその先に穏やかな眠りがありますように。
私は祈りながら目をつぶった。
目の裏に浮かぶのは、あの山と月の浮かぶ静かで厳かな父のあの写真だった。
けれどもう笑っていた父の姿を思いだせない。