17 おおらかな人々
城への道中で、ミネットに一連の意図について訊ねてみた。
「あのね、私は今日だけで、二つの異常性を目にしたの。ひとつ目が、これまで見たこともないようなあり得ない強さを秘めたモンスター」
「あり得ない強さ……?」
え、ハトホルってもしかして結構強いのか? うーん?
もしかすると俺は、長い天楼生活ですっかり感覚が麻痺してしまったのかもしれない。
そこら辺の感覚が、色々よく分からなくなってきていた。
――強さって、いったいなんなんだっ!
そんなカッコいいことを真剣に考え出してしまう始末。
「あー異常性は三つだね。ヴァンちゃんちょっとおかしい」
「おか、おかしいだと……この俺が……」
傷ついてみせると、ミネットは楽しげに笑っていた。
「実際、強いということを除いても、あのハトホルは明らかに異様だった。だって言葉を話したんだよ? 城砦内語を。そんなことって普通あり得ない」
そういえば、そうだったな。
ホルスの時は俺も驚いた。
「それに、これは多分なんだけど、あいつ――ハトホルは、多分ヴァンちゃんが来なければ国を滅ぼしてた」
「え? 国を? なんだって?」
「ううん、なんでも。とにかくね、あのモンスターの到来は未曾有の出来事と言えるの。戦った他のみんなは死んじゃったから、私たちしか知らない事実だけど」
「ふうん?」
まあなんとなく理解した。
「で、もうひとつの異常性は?」
「……魔法」
「魔法?」
「そう、ヴァンちゃんが使った魔法、あれ、おかしいよ? 二度と使わない方が良い」
「どゆこと?」
「あのね――」
聞くところによると、class9の魔法なんていうのは、この世界に存在しないらしい。
いや、存在はしているけど、都市伝説レベルであり、あるにはあるけど、実際に誰かが使うところは見たことがない。
故にもはや存在しないに等しいという。
「まじで……?」
あのヴァジュラについてる魔法って、そんなにすごいものだったのかよ。
まあたしかに、超弩級ドラゴンから最適条件でドロップさせたアイテムだし、それくらい強くても頷けるのか?
(でも、そうだとすると、さっきハトホルからドロップしたコレは……いったいどうなってしまうんだ……?)
俺はこっそりと亜空間ポケットを覗く。
そこには、ハトホル討伐時に【オートゲイン】特性によって自動取得されたドロップアイテムが入っていた。
「こんな未曾有の異常事態が二つも重なるなんて、もはやただごとじゃない。勘だけど、なにか良くないことが起こっている気がするよ」
「勘なのか」
「いえーい。でね、ここからは私の持論なんだけど、異常性っていうものには、おうおうにして誰かしらの悪意が必ず隠れているものなの」
「そうなのか?」
「そう。持論だけどね」
「ふむ、まあでも、お前が言うならきっとそうなんだろうな」
おうおうにして必ずだし、勘からの持論へ帰結しているし、全く以てアクロバティックなロジックではあるが、経験則として、それでもミネットの言うことはだいたい正しい。
「だから少なからずあのモンスターが突然現われた事情とかが判明するまでは、無闇に自身の異常性を晒すべきではないと思うよ」
ハトホルが表れた事情っていうか、どっから来たとかの情報は、俺はある程度知ってはいるけれど、彼女の言いたい部分はきっとそういうことだけではないだろう。
肝要なのは、今日になって突然、そのようなモンスターがこの星にやって来た理由だ。
そこらへんは必要ならば、おいおいミネットと突き詰めていく必要があるのかもしれない。
「まあだいたい分かった」
「分かってくれた?」
「うん。でも、いいのか?」
「なにが?」
「目立つのが良くないというならば、スティーヴンは平気なのか?」
「あーいいよ。とりあえずヴァンちゃんが安全ならそれで」
意外と他人に薄情なマイフレンド。
「それに、あの人ってかなり頑丈だから。フィジカル的にも、メンタル的にも」
「イェー! タフさには定評がある俺だからな、まかせとけ! 命の恩人の為に、精一杯力を尽くすぜ!」
ミネットの言葉に反応し、前を歩いていたスティーヴは俺の方にグッと親指を立てて歯茎をみせた。
まあ、本人が良いのならそれでいいか。
ちなみにこれまでの一連の会話の内容も、全て前を歩いているスティーヴンとフレイアには伝わっている。
ミネットがそれを許容しているということは、この二人は安全であるということだ。
「フレイア、分かっているわよね?」
「は、はい? な、なにがですの?」
ミネットに話しかけられて歪な笑みを返すフレイア。
「ちゃんと口裏合せるのよ? あ・な・た・も」
「え、ええ……、それは勿論」
「牢にぶち込まれた後も、何も話すんじゃあないわよ?」
「ろ、ろろろろ、牢? は、はいるの? は、話が違うわよ!」
「あら、なあに? その口の利き方は? 死刑よりはマシでしょ?」
「え、死刑……? があり得るの?」
「あり得るわ。仮に別の審判が下っても、ヴァンちゃんが個人的に執行するわ。私刑による死刑よ。見たわよね? あの魔法? うふふ、あなた、あれに堪えられるのかしら? 楽しみね。炎の化身の凍り付けだなんて……楽・し・み・だわあ、はふん」
フレイアは、大変遺憾なことに、悪魔を見るかのような眼差しで恨めしそうにこちらを見た。
そして仕舞いには青ざめてあわわわと震えだした。
「な、なんでもするわ。な、なんでも命令していいのよ? なんでも! わ、私のことは、召使いだと思ってくれて……いいから、だから、おねがい、ね?」
「い、いったい俺の相方の過去になにが……」
途端にひれ伏しだす相棒にスティーヴンは唖然としていた。
謁見の間に着くと、王は玉座に威厳をもって腰を下ろし、その他の者たちは両サイドに番兵の如く整列した。
「此度の働き、大義であったぞ。キング家の子息よ」
王が一通りスティーヴンをねぎらい終わる頃、見計らってブラウン老師が例の質問をした。
「して、おぬし、どうやってアレを倒した? あの魔法はなんじゃ」
返答を促されるスティーヴン。
しかしその問いは先刻既にされていたものであり、それから十分に考える時間があった。
それだけに俺たちは安心してその背中を見守った。
「はい……それが、えーと、魔法……? えーと……」
ダメだコイツ嘘つけないタイプだ。
彼はとても困った面持ちでこちらに振り返り助けを求めていた。
マジかと、さしものミネットも虚を衝かれたようだったが、すぐに気持ちを切り替え、代わりに答えはじめる。
まーじミネットさん頼もしい。
「あれは、合体魔法です」
「合体……魔法だと? なんだその魔法は。聞いたことがないぞ」
「はい。実はつい先日、私たちのパーティは効果不明の呪われた消費系レアアイテムを手に入れました」
呪いのデメリットは装備ならば”外れなくなる”というものだが、消費アイテムの場合は”効果が不明”というものが多い。
「その効果が魔法を合体するというものだったと?」
「まさしく。絶体絶命のピンチに駄目元で使ってみたら、運良く、逆転の一撃になったわけです。フレイアのレベル7火炎魔法とスティーヴの凍結魔法が合成され、あのような未知の魔法に」
「凄まじい話だ。そのアイテムはもうないのか?」
「然り。消費アイテムでしたので。あれ一回きりのことです」
「むううー! 惜しいことをした! 寡聞にして聞かぬ魔法を合成する消費アイテムなど、一度見ておきたかった!」
王はしこたま悔しがっていた。
なんだか感情豊かで好感の持てる王である。
賢者だという老人は、それきり最後まで黙りこくった。
そして、なにかいやな目でこちらをしきりに観察し続けた。
打って変わってまったく好感を持てそうにないジジイである。
しばらくスティーヴン(とその相棒及びパーティメンバー。つまり俺以外の面子)を褒め散らかす時間が続いた。
そしてもうそろそろ謁見も終わりかというとき、
「で、ヴァン・ダイン。聞かせてくれよ。お前はいったいどうしてたんだ? たしか失踪してたよな? それで国からは死亡認定をくらってたはずだ」
オニール将軍がその質問をした。
「なぜそんなにも俺のことに詳しいんです?」
「まあ気にすんなよ。別に大した理由はない。でもたまたま、別の事情でお前のことを知っていたから、生きていることが気になった。ただそれだけだ。何もないんならそれでいいし、何かあるなら良い機会だから全部話しておけよ。力になってやらないこともない」
将軍は肩をすくめる。
食えないが、この人に人望が集まるというのも、なんとなくわかる気がした。
俺がどうしてこの塀砦内からいなくなったのか。
そのことを話すとなると――
俺はフレイアの方を見る。
彼女は背中を向けてかたくなに目をあわせないようにしているようだったが、なんとなく視線は感じ取ったらしく、ビクリと震わせた。
そう、俺は彼女に殺されたのだ。
その隣にいる男爵家の長男は、俺を殺したことにより、彼女が勝ち取ったまともなマッチング相手なのだ。
「実は倉庫で居眠りをしていたら、不幸なことに商人の馬車に紛れてしまって、それで目覚めたら隣国だったのです。それで帰ってくるのに今までかかってしまった。ただ、それだけです」
作り話。
しかしフレイアは安堵していた。
報いを受けろ――
という気には、不思議と全くならなかった。
なぜだろうか。
わからん。
もしかすると、どうでもよくなったのかもしれない。
師匠に出会って、生き残る為に捨て身で頑張って。
それで尊敬する人に存在を認められて。
そうして帰ってきた。
そんな俺からすると、
最早どうでもいい。
ただそう感じた。
まあ精々、これからも生きて、擦った揉んだやってろよ、サラマンダー。
「ヴァンちゃん……」
横のミネットがいいの? と視線で訊いてくる。
ぜんぜんオーケー。
「そうか、分かった」
将軍はそう言って頷いた。
心なしか、彼は満足げだった。




