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第八話「お願い」

「リョータさん、落ち着いて話をしましょう」


 クラリスが焦りの表情を見せて俺を制止する。手近な部屋へ駆け込み、対面して座る。護衛のアレックスはいつも通りだ。

 俺はこれ以上なく落ち着いている。炊事場の仕事のきつさ。あれは現代日本で生まれ育った若者に耐えられる労働環境じゃない。夏休みにハンバーガー屋でバイトした時も辛いと思って愚痴ったことはあったが、ここはその比じゃない。体罰なんて普通に裁判沙汰だ! しかし、ここまでなら、異世界だから仕方ない、我慢しようと思っていたかもしれない。

 問題は昨日のお嬢様の暴走だ。これは、本当にもう、耐えられません。無理です。ああいうのはアレックス君と楽しんでくれ。


「炊事場のお仕事が辛かったのでしょうか? それでしたら配置換えも検討します。リョータさんの魔法はお客様方に非常に好評なのです。今辞められると非常に不味いのです」


 クラリスがこんなに感情的になるのは珍しいな。とはいえ、辞めるのは俺の中では確定事項だ。どんな条件を出されても変えることはない。 


「炊事場の仕事に支障はありません。お客様に楽しんでいただいたのも、私にとっては大きな喜びでした」

「では、やはり……」


 クラリスが沈んだ表情をする。やはり、昨日の暴走を多少は気にしているのだろうか。

 俺はそれに対して首を横に振る。昨日の出来事のせいではない、ということにしておいた方が、彼女の面子やら何やらが保たれるのではないか、という庶民の浅い発想ではあるが。


「お客様に魔法を使っていたときに、私の志を思い出したのです」

「志、ですか?」

「はい。私は、自分の魔法でより多くの人を幸せにしたいのです」


 嘘である。とはいえ、傍から見ればある程度納得できる論理だろう。ここにいては一部の人にしか魔法はかけられないのは事実だからな。


「将来的には私の魔法を伝授し、より多くの人に広めていければ、と思うのです」

「魔法を伝授、ですか」


 これも嘘である。昔誰かが、夢を語るならできるだけ大きくぶち上げといた方が説得力が増す、といった趣旨のことを言っていたので、それに倣っただけだ。

 クラリスは何かを考えるかのように目を閉じていた。暫しの後、アレックスに耳打ちをすると、彼は部屋から退出した。


「分かりました。リョータさんがこちらを去るのは惜しいですが、本人の意向は無視できません」

「ご理解いただきありがとうございます」


 おぉ、思ったよりすんなり行ったな! これで俺は自由だ! 自由に生きられるということの何と素晴らしいことよ!


「ただ、一つお願いがあるのです」

「お願い、ですか」

「えぇ。あなたにも損にはならないはずですよ」


 クラリスはにっこりと笑みを浮かべる。解放感からか、いつもよりも美しく見えるな。

 部屋のドアが開かれ、アレックスがテーブルの上に何かを置いた。これは、手紙か?


「先日、王都の魔法学者にリョータさんのお話をしたところ、是非会いたいと言われまして。その方と会っていただけませんでしょうか」


 よくわからないお使いだ。でも今は何となくクラリスの依頼は受けたくない。先日の一件で、騙されたとまでは言わないが、不信感が拭えない。


「魔法研究の腕は確かですから、リョータさんの魔法を伝授する、という目的にも協力してくれると思いますよ」


 しまった! 余計なこと言うんじゃなかった! だが、まだだ。自分の力で何とかする、とか適当ぶっこいて逃げられるはずだ。


「このお願いを聞いていただけましたら、リョータさんに当家の客分としての籍をご用意いたします」

「客分?」

「えぇ。聞いたところでは、身分証を失くされたとか」


 すっかり忘れてた、身分証!


「ご存知だとは思いますが、この町は自由市場という施策を試験的に執り行っております。出入りの際にも、犯罪歴の有無を確認する程度で済みます。一方で王都をはじめとした他の都市は、身分証がなければ門前払いです」


 ……これは詰んでるな。


「分かりました。その学者様と会わせていただきます」

「お受けいただいて感謝いたしますわ」


 クラリスは立ち上がってスカートの裾をちょいとつまんで、優雅に一礼した。




「この身分証をお持ちになると言うことは当家の名を少なからず背負うということです。軽率な行動は極力避けていただけると助かりますわ」


 屋敷の玄関ホールで、名刺サイズのカードを受け取る。自分の名前とウィンザー家の家紋と思しき紋章が描かれている。


「功績を挙げれば当家自慢の客分です。失態を犯せばそんな愚か者は知りません。翌日には変死体として見つかる、ってことですかね?」

「ふふふ、翌日は言い過ぎですわ」


 怖いよ! 日にちがあれば間違いなくそうするってことかよ!


「王都までは乗り合い馬車が出ていますので、それを利用されるのが良いでしょう。護衛をつけられればよかったのですが、あいにく皆出払っておりまして。申し訳ありませんがリョータさんの方でご都合をつけてください」


 護衛か。傭兵に依頼するのがいいのだろうか。考えを巡らせていると、クラリスの横に立つメイドが手紙と巾着袋を差し出して来た。


「王都に着きましたら魔法研究所でこの手紙を見せてください。それで先方の学者と面会できる手筈になっています。そして、こちらは今までの給料です。餞別として少し色をつけておきましたので、支度金としてご活用ください」

「何から何まですみません」

「いえいえ。リョータさんには、当家の広告塔として頑張っていただかないといけませんので」

「何だかあけすけになってませんか?」

「当家を辞される方に、遠まわしな物言いをしても仕方ないですから」


 そうは言いつつも、相変わらずの美しい笑みは絶やさない。いつもの建前を並べ立てているより、こっちの方が付き合いやすいな。


「近くに寄られた際には当家をお尋ねくださいね。私もあなたの魔法を楽しみにしている一人なんですから」

「善処します」


 そんなやり取りが一通り終わると、アレックスが進み出てきて俺に囁きかけた。


「お前とは同好の士だと思っていたのだがな」


 ……違うよ! 勘違いも甚だしいわ、この無駄イケメンが!


「俺からも一応餞別だ」


 彼が取り出したのは金属で補強された木の丸い盾だ。普通は剣じゃないのか?


「武器は訓練が必要だし手入れも慣れがいる。盾の方が身を守るには適している。何はともあれ、護衛は必ず雇うことだな」


 そう言われると、利にかなってるのだろうか。あまり話さなかったが、こいつも根はいい奴なんだろうな。


「アレックス様、ありがとうございます」

「ふん。受け取ったらさっさと出て行け」

「アレクったら、そんな言い方しないの!」

「ははは。それでは、失礼いたします。短い間ですがお世話になりました」



 さて、次は王都か。折角の異世界だ、他の町にも行ってみたいとは思っていたので渡りに船だ。

 とは言え、王都に行くにはどうすれば良いのか。乗合馬車の場所もわからないし、旅の準備もいるだろう。あとは護衛か。

 知らないことは聞けばいいのだ。話を聞けるような知り合いなんて限られてるわけで、俺は一軒の宿を訪ねた。


「あーリョータさんだ! 久しぶりだねー」

「あら、リョータさん、クラリス様のところにお勤めだったのでは?」


 癒しの天使、アンナちゃんだ! 実際に話が聞けるのは母親の方だが。親父の方は相変わらずのマーダーフェイスで、話しかけるだけの勇気を俺は持ち合わせていない。怖い。


「お久しぶりです。色々とありまして、王都に向かうことになったんです」

「えー! いいなぁ、王都! 王都って、すごいんだよ。人がすごくて、建物もすごいんだって!」


 さすがアンナちゃんだ。何もわからないぜ。


「それで、乗合馬車の場所と、護衛について教えていただきたいんです。あと、今晩の宿と食事もお願いします」


 宿屋の親父に銀貨を渡す。親父は満足したのかカウンターに引っ込んで行った。あとは奥さんに任せるのだろう。


「馬車は西門のすぐそばが集合場所ですので、行けばわかると思います。確か明後日が定期便の日ですね」


 馬車出ない日あるのか! いや、むしろたまにしか馬車は走らないのだろう、利用者そこまで多くなさそうだしな。危うく乗りそびれるところだった。


「あとは護衛ですか……」

「傭兵のような方に依頼するのが一般的なのでしょうか?」

「傭兵はリョータさんにはお勧めできないですね。手癖が悪い人が多いですから、警戒心が強くないと気付いたら盗難にあったり、酷い場合はお金目当てに殺される場合も……」


 こわっ! 異世界ってやっぱ野蛮だわ。日本が平和すぎるのかもしれないけど、この辺のギャップが未だに慣れないな。


「初期費用が高くつきますが、戦闘奴隷を買うのが一番いいかもしれませんね」


 その時俺に衝撃が走った。ついに、ついに来たのか。奴隷購入イベント!

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