第二十一話「決戦」
嘘だ。ラムが力なく横たわっている。そんなはずない。慌てて駆け寄ろうとしたが、足がもつれてうまく動けない。這いずるように彼女の元まで辿り着く。恐る恐るラムの顔に手を触れる。口元から血が流れている。腕もおかしな方向へ曲がっている。重傷だ。だが、辛うじて弱弱しい呼吸音が聞こえて少しだけ安堵する。
「ラム! しっかりしろ!」
ラムを抱き寄せようとした瞬間、掌にぬるりとした感触があった。見れば俺の手が真っ赤に染まっていた。血の気が引いていく。体に力が入らず、ラムの傍でへたり込んでしまう。
「動かすでない。マギ、ポーションはあるか?」
「は、はい。あまり効果は高くないですが」
マギが荷物袋からビンを取り出すと、ラムの口に液体を含ませる。少しだけ顔色が良くなったように見えるが、依然として顔は青く呼吸は弱い。早く何とかしないと。
そこに巨大な影が差した。巨大な石像、ゴーレムが接近して俺達に向かって豪腕を振り下ろす。キュウが俺達を背にしたまま、ゴーレムの攻撃を受け止める。凄まじい衝撃。キュウの立つ地面にひびが入る。
「おのれ、鬱陶しい!」
その後もゴーレムは一心不乱に腕を振るい続ける。キュウはそれを受け止め、いなし、受け流しているが反撃に移れない。魔力を阻害する部屋の影響で十全に力を発揮できていないようだ。マギは必死でラムの治療を試みているが、回復の兆しはない。
このままじゃ、ダメだ。ゴーレムを倒して、部屋の外で回復魔法を使わないと、このままではラムが……一番火力のあるキュウが守りに徹してしまっている現状が良くない。マギに攻撃に転じてもらおうにも、ラムの治療が俺にはできない。俺はどうしたら良いんだ。何もできないのか? 見ているしかないのか? それで、もしラムが……嫌だ、その先は考えたくない。
俺にあるのは味覚操作、なんてくだらない加護だけだ。それも、ゴーレムなんて岩の化け物に通じるはずがない。何もできない。何も……畜生、神とかいうクソヤローめ、折角ならもっといい加護をよこしやがれ! そうすれば、俺だってゴーレムを倒せるのに。力があれば。力が。
違う。そうじゃないんだ。俺がやるべきことは、恨み言を言うことじゃない。神に愚痴ることでもない。俺にできることは、一つだけある。気付いていた。怖くて、気付かないフリをしていた。それが情けなくて。でも、もうダメなのだ。手遅れになる前に、俺ができることをするんだ。ラムに里帰りをさせてやるんだろう?
俺は震える足を叱り付けて何とか立ち上がる。そしてキュウの傍までおぼつかない足取りで進んでいく。
「リョータ、下がっておれ!」
ダメなんだ。下がったらもう戻れない。俺は今一世一代の、渾身の、あらん限りの気力を振り絞ってここにいるんだから。
「お、お、お」
喉が渇く。これを言っていいのか? もう後には戻れないぞ? 止めておけ、ろくな目に会わない。俺の中の何かが囁く。でも、だから、それはダメだ!
「お、俺が、時間を稼ぐ!」
もう後戻りはしない。体の振るえは止まらないが、体の奥底が熱くなるのを感じた。
「何をいっとるんじゃたわけ!」
キュウが唖然とした表情で叫ぶ。
「うるさい! 早くこいつを倒せる魔法を唱えてろ!」
俺が囮になって、その間にキュウがこいつを倒す算段をつける。それが今できる最善の布陣だ。
「デカブツ、こっちを見ろ!」
足元の石をゴーレムの顔めがけて投げつける。軽い衝突音と共に、ゴーレムはこちらに赤く光る目を向けた。腕をゆっくりと振りかぶる。怖い! でも、キュウの殺気ほどじゃない! 何とかゴーレムの攻撃を避ける。
「アホウが!」
キュウが何やら叫んで、マギに指示を出し始めたようだ。よし、頼むぞ。できるだけ早く。むしろもう緊張とか色々で吐きそうなんで今すぐ。ゴーレムを引き連れて部屋を走り出した。動きは鈍重だが、巨体だからか移動速度が速い! 帰宅部の鍛え抜かれた健脚ではすぐ追いつかれる。ゴーレムは踏み込みながら強烈なアッパーカットを放ってきた。俺の鼻先を風切り音とともに大質量の物体が通り過ぎていく。
な、何とかしないとマジで死ぬ! 目を左右に巡らせていると、傾いた柱があった。アレだ! 柱に向かって走り、ゴーレムの攻撃を誘う。ゴーレムは狙い通りに左腕を水平に振り回す。俺は飛び込むように後ろに転がって回避すると、ゴーレムの腕が轟音と共に柱を折り砕いた。折れた柱は重力に引かれて崩れていき、ゴーレムの頭を強かに打ち付けた。砂埃が舞う中を、目をこらしてゴーレムの様子を伺う。動きが止まった。
「やったか?」
この発言が良くなかったのだろう。ゴーレムは再度目に赤い光を点して俺に向かって突進してきた。フラグを立てる発言、ダメ、絶対!
他に使える物はないか! 周囲を見渡してもそう都合よく利用できそうなものなんて……走る俺の太ももに当たる感触に気がつく。ロープだ。そうだ、これを使えば! 柱の陰に何とか逃げ込んでロープの両端を結んで大きな輪を作る。背にしていた柱が吹き飛ぶ。衝撃でむせてうまく呼吸ができない。ゴーレムがゆっくりと間合いを詰めてくる。そして、先ほども見せた踏み込みながらのアッパー。これを待っていた! 俺は慌ててロープを空中に放り投げて、拳をかわす為にうつぶせに伏せる。
次の瞬間、何かが地面に倒れる音と大きな衝撃が響いた。床に仰向けに転がっているのはゴーレムだ。理屈は簡単で、ゴーレムの足が入るように置いてあった輪っか状のロープを、ゴーレムの突き上げる腕に引っ掛けただけだ。これでゴーレムは自分の足を掬い上げるような格好となり、足を取られて大転倒、という次第だ。ロープ切れなくて良かった……
「よう耐えたぞ、リョータ!」
キュウの頼もしい声が響く。彼女の周りの空気がゆがんで見えるほどの赤黒い炎が両手の間で燃え盛っていた。
「吹き飛べ!」
キュウが手を突き出すと、空間を切り裂くような閃光がゴーレムに向かって走る。その魔法はゴーレムのみならず、その直線状にあったあらゆるものをかき消していった。ゴーレムは岩の一欠片も残らず消滅した。
その後、扉を開けてラムに治癒魔法を施した。見る間に肌に朱がさし、生気が戻っているのが分かる。そして数秒ほどで瞼が開いた。
「あ、あれ……私、どうして」
「ラム、良かった。本当に」
思わず抱きつこうとしたら、疲れが来たのか足がもつれた。哀れラムの元まで腕は伸びず、そのまま地面にキスすることになった。すげぇ痛い。
「ご、ご主人様!? 大丈夫ですか?」
ラムの心配そうな声が聞こえる。あぁ、またこの声が聞けてよかったよ。俺は鼻をさすりながら座りなおし、ラムを見つめた。すっかり元通りの、優しげないつもの笑みだ。
「カカカ。格好つかんやつよな、リョータ」
キュウの憎まれ口も聞けるだけ良しとするかな。




