第二十話「恐怖」
や、ヤバイ。マギさんがキュウを見たまま完全に硬直している。あんまり意識してないけど、吸血鬼って災厄の象徴として恐れられてるらしい。急に雨が降り出したことに腹を立てた吸血鬼が国を一つさらっと滅ぼす、なんて心温まるエピソードが伝わっているらしい。そら怖いわ。このままだと吸血鬼の仲間として通報されて指名手配、お尋ね者として世間の目から逃れて生きることになってしまう。何とかして誤解を解かねば! こいつは今のところ無害なポンコツなのだとアピールするのだ!
「あ、あのーマギさん?」
マギはぎょっとした表情でこちらを見据えると、慌てて目を閉じて両手で顔を覆い隠した。
「見てません! 私、何も見てませんから!」
いやいや、聞いてくれ! 怖がることはないんだよ、根はいいやつなんだ、多分。金遣いは荒いけど。
「マギさん、大丈夫です、こいつは確かに吸血鬼ですが……」
「わーっ!」
吸血鬼、という単語を打ち消すように大声を張り上げるマギさん。
「聞いてません! 私、何も聞いてません!」
どうしよう、話し合いにすらならない。今までのクールビューティな学者さんらしさがもはや欠片もない。その後もなだめすかして、何とかキュウのことを弁明したかったのだが聞く耳を持たない。恐慌状態で全ての情報を遮断してらっしゃる。
「おい、キュウ。どうしてくれんだ。マギさんが壊れちゃったじゃないか」
「これが普通の反応じゃよ。お主らのふざけきった態度が異常なんじゃ。もっと恐れ敬うが良いぞ?」
えー? 確かに一番最初に会ったときはすごい殺気放ってたし、かなり怖かったけど。結局ただのグルメ気質なお嬢さんだと分かったし、その後色々とやらかしてるの見ちゃってるからなぁ。
「キュウ様優しいですから」
ラムはにこやかに答える。キュウは無表情を装っているが、頬がぴくついている。こいつ、結構ラムのこと気に入ってるよな。ため息をつきながらキュウはマギの肩に手を添えた。マギの体が可愛そうなほどに大きく跳ね上がる。
「マギよ」
「ひゃ、ひゃいっ!」
「今見たことは他言無用じゃ。ワシは普通の美少女、キュウじゃ。よいの?」
「勿論です、サー!」
自分で美少女って……あ、いや、なんでもないです。恐ろしい目を向けないでください。怖いです。
マギはようやく落ち着きを取り戻し、ゆっくりと歩き始めた。ここまでは自然に出来た洞窟のような道を進んできていたのだが、徐々に景観に変化が現れ始めた。
「ご主人様、石畳になってますよ」
いつの間にか床は石畳に、壁はレンガ造りになっていた。振り返ると、先ほどまでいた洞窟っぽい空間が見える。唐突な景色の切り替わりっぷりだな。マギは気にした様子もなく進んでいく。奥へ進むと大部屋へと抜け出た。天井は高く、広大な部屋のようで、所々に彫刻された柱が立ち並んでいる。地下遺跡のようなものだろうか。
「もう少しで目的の部屋です」
そう言ってからしばらく歩き、目的の部屋の前まで辿り着いた。そこには高さ十メートル、横幅五メートルほどはありそうな無駄に大きな扉があった。扉には精微な装飾が施され、重厚な輝きを放っていた。これは……
「何というか、いかにも何か出そうな扉なんだけど」
「ご主人様、お化け怖いんですか?」
「いや、そういうのじゃなくてね」
ラムが不思議そうに尋ねる。迷宮の先、意味深に閉じられている大扉。どう見てもボス部屋だろう! でも確かに、ゲームや漫画でよく見る景色だからこそ、「お約束」のイメージがあるが、現実はそうでもないかもしれない。俺もこの世界に来て、フィクションとのギャップに散々悩まされてきた。いくら学習能力が低い俺でもそろそろパターンが分かってきた。
「大丈夫です、我々も良く来ていますが、中にモンスターがいたことはありませんから」
ほら見ろ、マギさんのお墨付きだ。何事か扉を操作すると、轟音を立てながら扉が開いていく。肩透かしを食らったような気分で俺は中へ入っていった。
「大きい部屋ですねぇ」
確かに、かなり大きな部屋だ。壁には魔法なのか鉱物なのか、光源が備えつけられている。先ほどまでいた空間と同じように、柱が等間隔で床から生えている。壁際にはかなり大きな人型の石像が並んでいるが、そのどれもが半身が欠けていたり、頭部がなかったりと損傷を受けている状態だ。
「むぅ。確かに魔力が制限されておる。余り長居したくない部屋じゃの」
キュウが不機嫌そうにこぼした。そういえばそんな部屋だって言ってたな。ここで味覚操作を使ってデータを取るんだったか。マギにさっさと始めるよう声をかけようとした。
「随分大きな石像ですねぇ。これって何かのご神体とかですか?」
ラムが柱の陰にあった石像に近づいていった。他の石像と違い、そいつは大きな傷を受けていないようだった。歴史的価値がありそうだな。
「そんなところに石像なんてあったでしょうか?」
マギが不思議そうに呟く。何だか嫌な予感がしてきた。その瞬間、背後から轟音が響いた。
「何じゃ、扉が!」
扉が閉まった。直感めいた閃きが俺の頭を貫いた。
「ラム! そいつから離れろ!」
扉を振り返っていたラムの背後で、石像が立ち上がった。目を赤く光らせると、その豪腕をなぎ払った。
「ラム!」
石造りの腕は、容赦なくラムの細い体を吹き飛ばした。




