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第十八話「学者」

「すみません、こちらの魔法学者の方と面会に来たのですが」


 俺達は王城から少し離れた位置に建てられた魔法研究所の前にいる。門の前に立つ兵士に書状を渡すと、確認すると告げて中へ引っ込んでいった。静かな所だ。城の近くだからか、徒歩で歩く人も少なく、貴族が乗っているらしき馬車がたまに通るくらいだ。先ほどの観劇で動揺している心を落ち着けるには丁度良い。訪問を明日にすることも考えたが、先立つものがないのだ。早いところ学者様に会って、今晩のお宿をせびろう。


「どうぞ、ご案内いたします」


 ほどなく、兵士が戻ってきて研究所内に通される。連れて行かれた部屋は、なんというか、その。


「……すごいお部屋ですねぇ」


 わかるよ、ラム。マイルドに表現するとそうなる。俺に言わせれば、足の踏み場もないレベルの汚部屋だ。ゴミが散乱しているわけではなく、本や書きかけのメモや書類等がそこかしこに積まれている。学者の部屋らしいと言えばそうなのかもしれないが。恐る恐る足を踏み入れ、何とか立つスペースを探す。


「中々の蔵書じゃの。管理は杜撰じゃが」


 キュウはそんな部屋を我が物顔でずかずか入り込んでいく。さすがに本を踏みはしないが、大雑把に掻き分けながら本や書類を物色していた。


「おい、キュウ。勝手に本読むなよ、怒られるぞ」

「固いこと言うでないわ。本は読まれるためにあるものぞ」

「ええ。その通りです」


 ギョッとした。いつの間にかドアを開けて一人の女性が入ってきていたのだ。彼女は慣れた様子で部屋の中をすいすい進んでいく。机や椅子の上のものを豪快に押しのけてスペースを確保して、俺達に座るよう進めた。


「お待たせいたしました。私が魔法学者のマギです。姓はありませんので、気軽にマギとお呼び下さい」


 椅子に座って向かい合った瞬間、俺の心が揺れ動いた。エルフだ! 深緑色の髪を掻き分けるように、彼女の顔からは長い耳がするりと伸びていたのだ。顔つきもどことなく神秘性を感じさせる。街中でも何度か見たことはあったものの、面と向かって会うのは初めてなのだ。ファンタジーといえばエルフ。それは俺の中の鉄則とでも言うべきものだった。


「私がリョータです。こっちは護衛のラム。そっちにいるのは……旅の連れのキュウです」


 キュウをどう紹介しようか迷う。最凶の魔物としても名高い吸血鬼のキュウちゃんです! あ、名前は俺が適当に決めました、テヘ。みたいなことをしたら通報待ったなしだろうし。無難な感じにできたんじゃなかろうか。


「初めまして、ラムと申しますぅ」


 ラムは優雅に一礼した。椅子には座らず、俺の後ろに控えている。キュウの方は本に夢中のようで、手をヒラヒラと振るだけであった。

 挨拶が終わると、見計らったかのようにドアが開き、お茶が運ばれてきた。良いにおいがする。馬車の旅では、飲み物と言えば水くらいだったのでどこかほっとする。


「それでは早速なのですが、リョータさんの魔法を見せて頂けますか?」

「わかりました」


 マギに促されて彼女に味覚操作をかける。今回はお茶を甘く。味覚操作も食事時には毎回使っているので、大分慣れたものだ。


「なるほど。これは……」


 マギはお茶を一口飲み込むと驚きに目を見張っている。ティーカップを置いて満足したかのように頷くと、話を切り出した。


「リョータさん、率直にお伺いします。この魔法をどのように修得されましたか?」


 来てしまった。答えにくい質問だ。この世界での魔法を使えるようになるプロセスを俺は知らない。ラムも魔法については不案内であったし、キュウは聞いても教えてくれなかった。想像で答えてしまうと、一般的な手法とかけ離れていた場合に怪しまれるだろう。門外不出の秘密、でごり押すしかないか。

 そんなことを考えて内心冷や汗を流していると、そんな心を読み取ったかのようにマギは柔らかい笑みを浮かべた。


「リョータさんをどうこうしようと言う訳ではないのです。ただ、私の仮説を確かめたいだけなのです。どのような答えであっても私は信じます。代々伝わる秘儀であっても、流浪の魔法使いに教わったものであっても」


 そこでマギは一旦言葉を区切り、半ば確信めいた口調で言の葉を紡いだ。


「神から授かった加護であっても」


 それをどうして!? 言葉には出さなかったつもりだが、同様は隠し切れなかったのだろう。マギは満足げに笑っている。 


「ほう。お主、やはり加護持ちであったか」

「キュウ、気付いてたのか?」

「薄々との。昔見た加護持ちと良く似ておったからの」


 さすが長く生きているだけある。もはや隠すことはできないようだ。いや、隠す意味もないのか? 元々は厄介ごとに巻き込まれないように明言していなかっただけだ。アタリをつけられているのなら、さっさと白状してしまったほうが良いかもしれない。


「そうです、さっきの魔法は神から与えられた加護によるものです」

「ご主人様、神様から加護を頂くなんて、すごい人だったんですねぇ」


 ラムよ、言外にそんなすごい人には見えないなぁ、みたいなニュアンスを漂わせるのは止めて頂きたい。


「実は神から加護を授かった、と言い張る人は昔から数多くいるのです。教会や貴族達から手厚く扱われますから。ですが、それらの大半は手品や魔法の類で、本物はごく僅かにしか存在しません。」

「俺が本物だと信じてるってことですか?」

「勿論です。この目で見て確信しました」


 よくわからないが、魔法研究者ともなると加護と魔法を見分けるくらい容易い、ということだろうか。何にせよ信用してもらえるのなら何よりだ。

 マギは姿勢を正し、真剣な表情をこちらに向けた。美人にこんな近距離で見つめられると緊張する。


「さて、リョータさん、ここからが本題なのです。私の研究を手伝って頂けませんか」


 手伝う、か。予想はしていたことだ。味覚操作を使って見せて、「すごいね! じゃあ帰っていいよ!」で追い払われるなんてことは普通ないだろうし。


「手伝うといっても具体的に何をすれば?」

「とある場所で加護を使っていただくだけです。その際のデータを取得したいのです」


 ふむ、それくらいなら別に良いかな。だが気になる点はいくつかある。


「構いませんが、何故私なんです? 過去にも加護を持った人ってのはそれなりにいたんですよね? データは既にあるのでは?」

「いえ、リョータさんでなければダメなのです」


 ずいっと身を乗り出すマギ。あなたじゃなきゃダメなの、ってセリフはぐっと来るね! こんな綺麗な人に言われるなら尚更だ。頬が自然と緩む。その瞬間、背後からやや冷たい目線を感じた。ラムがじっとりとした視線を送っていた。な、なんだろう。みっともない醜態でも晒していただろうか。

 マギはおかしなものでも見たかのようにくすりと笑うと、椅子に座りなおし話を続けた。


「最近劇場で人気の演目に、タワシライダーというものがあるのですが、ご覧になりましたか?」

「あ、はい」

「あの演者が神の加護を受けています。その加護は自信の体を変化させる、というものです」


 それは知ってます。俺もあの加護になりかけましたから。


「過去現れた加護持ちの方々も、把握できている範囲では全て自身のみに影響を与えるものでした。その点においても、リョータさんの加護は自信以外にも影響を及ぼせるという特殊性があります」


 なるほど。そう言われると確かに他とは違うのだろう。


「さらに、リョータさんの加護は食べ物や飲み物を変化させているわけではないですよね?」


 ラムが驚愕の表情を見せる。俺も少し驚きだ。今まで人に味覚操作をかけるときは、手に持った食べ物や飲み物に対して魔法をかけるフリをしていたのだ。味覚を勝手に操作されてる、なんて不快に感じる人もいるだろうし、それよりは食べ物の味を変えているように見せた方が自然だ。それを見抜くとは、魔法学者すごい。あるいは俺の演技力とかの問題だろうか。


「恐らくは味覚を操るといった加護でしょう。これはとてつもない能力です」

「そ、そうなんですか?」

「勿論です。従来の魔法理論では到底なしえない、正に神の領域に踏み込む技術です! 人の五感に干渉するなど、一種の精神支配や洗脳に近い能力で」


 マギはまくし立てるように語り始めた。身振り手振りも加え、いかに俺のもらった加護が素晴らしいかを説いてくれているらしい。内容の一割も理解できていないが。それより、触れないと発動しないし、スケルトンみたいに効果のない相手もいるしで、使えない外れスキルだと思っていたのだがそうでもないのだろうか。


「カカカ。マギとやら、このアホウにそのようにまくし立てても意味が伝わらんわい」

「し、失礼しました。夢中になってしまいまして」

「良いかリョータ。お主の加護はレアで強力じゃ。じゃからデータを取らせろ、というわけじゃの」


 さっすがキュウだぜ、わかりやすい! それに、俺には手伝う以外に選択肢はないのだ。味覚操作の使い手を増やしてキュウの下僕ルートを抜け出すためにも。そして……


「そういうわけなのです。ご協力いただけませんでしょうか。勿論、報酬はお支払いいたしますし、衣食住はこちらで用意いたします」

「できる範囲でお手伝いさせて頂きます」


 今晩の寝床と今後の食事を確保するためにもだ!


「それで、具体的には何をすれば良いのでしょうか?」

「はい、迷宮に潜って頂きたいのです」


 ここに来て、ついにこれか。迷宮イベント。

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