第十七話「ヒーロー」
俺はげんなりとした気持ちで劇場に入っていく。一番奥に舞台があり、そこから階段状に長いすが並べられている。日本で言うところの映画館や市民会館のような構造だ。適当な席に座る。横を見やると、ラムもキュウも期待を膨らませているようで、ワクワクとした表情である。この顔が曇らなければ良いが。ややあってどん帳が上がった。
舞台中央にキグルミがいた。悪役なのだろう。胸に異世界語で「悪」って書いてあるしな。デザインは正直言って安っぽい。頭に角、黒っぽい体、目は瞳孔も何も無く赤色の三角形で表現されている。低予算なのか、これが異世界でも最高峰の衣装なのか。
「ゲッヘッヘ。俺様の名はワルインダー。今日も悪行の限りを重ねてやるぜ。手始めに服の裏表を逆にしたり、靴紐をほどけやすくしてやるぜ」
悪行のスケールよ! 異世界って表現の規制が厳しかったりするの!? それともお子様向けにいたずらで済む程度に抑えてるのか?
邪悪な高笑いをあげるワルインダーなるキグルミ。そこに、どこからともなく声が降ってくる。
「待てーぃ!」
「何者だ!」
次の瞬間、スポットライトがある一点を照らし出す。そこに青年が宙返りをしながら現れた。黒髪で中肉中背の男性だ。年齢は二十代前半くらいだろうか。彫りが浅い顔立ちで、日本によくいそう。というか、あれ絶対日本人だろ。
「通りすがりのタワシ愛好家だ!」
どこかで聞いたフレーズだ。神様にタワシの加護を与えられて異世界に飛ばされた被害者に違いあるまい。
「えぇーい、曲者だ! ものども、出会え、出会えーぃ!」
ワルインダーの号令一下、舞台袖からわらわらと覆面をした黒ずくめの集団が現れた。皆一様に小刻みに跳ねたり腕を振ったりと、挙動不審な動きを見せている。
「さぁ戦闘員どもよ、奴の幼少期の恥ずかしい秘密を暴き、近隣住民に余さず吹聴してやるのだ!」
や、止めろ! その技は俺に効く! 悪いことを仕出かした人の卒業文集を読み上げるかの如き悪行は許せん!
戦闘員達は甲高い声で返事を返し、青年に襲い掛かる。青年は迫り来る敵を叩き、投げ、時には敵同士をぶつけるといった殺陣を披露する。しかし数には勝てないのか、青年は徐々に押され始める。
「くっ、こうなったら……」
青年は距離を取って口元をぬぐった。そして右腕を左上に突き出し、円を描くようにゆっくりと右方向へ回していく。
「変身!」
その掛け声とともに左腕を振り上げる。その瞬間、青年が光に包まれた。
「タワシライダー!」
光が消えると、青年の顔面がタワシに変化していた。服装も村人風の麻の服から、プロテクターのように皮製の胸当てや肘、膝の防具を備えた衣装に変わっていた。早着替えなのか、まさかの魔法演出か。そう思っているとタワシライダーの背後に火柱が立ち昇る。
「タワシープ!」
タワシライダーが叫ぶ。すると、舞台袖からのそのそと大きな羊がやってきた。あら可愛い。隣に座るラムも突然の羊の登場に俄然テンションが上がっている。
「めぇー」
羊が一声鳴く。タワシライダーは掛け声と共に宙返りをしながら羊に飛び乗った。そのまま角を掴んで腹を軽く蹴飛ばすと、羊がゆっくりと歩き始めた。と、思ったら数歩ほど移動したところで立ち止まり、口元をもしゃもしゃと動かしている。もう歩く気はなさそうだ。何ともいえない間が劇場を支配していた。
「よーし、よくやったぞタワシープ! あとは任せろ!」
何しに来たんだタワシープ! いや、「ライダー」要素を確保するためだけに羊を用意したのか!?
羊から飛び降りてワルインダーと対峙するタワシライダー。緊迫した空気が流れる。
「そうか、貴様がタワシライダーか。噂には聞いているぞ。グッズの売れ行きも好調らしいな」
何の話してんだ、この悪役。
「ふっ。それも全て俺を支えてくれる仲間達のおかげだ。皆の声援がある限り、俺は負けない!」
良いこと言ってるんだろうけど、さっきの悪役のセリフのせいで違う意味に聞こえるんだけど。
「小癪な! 戦闘員どもよ、奴に関する不正な金の流れを掴むのだ! 社会的に抹殺してしまえ!」
さっきからやり口が暗いんだよ! もっと正々堂々と悪さしろよ!
戦闘員がタワシライダーに果敢に立ち向かっていく。変身したタワシライダーは動きも軽やかに、戦闘員達を瞬く間に叩きのめすのであった。残るはワルインダーのみである。
「なかなかやるではないか。俺様自ら相手をしてやろう。食らえ! ワルインダービーム!」
おお! 魔法でビームみたいなのを打ち出した! 初めてかっこいい技を見たな。
「鉄壁! タワシールド!」
タワシライダーは慌てずに左腕をタワシに変化させて防いだ。技名とかタワシ縛りなんですかね?
「俺様のワルインダービームを防ぐだと! おのれ、ならば肉弾戦だ!」
ワルインダーは叫ぶや否や、タワシライダーに向かって拳を振るう。右、左、右、続けてハイキック。キグルミとは思えないほど素早い連撃を繰り出す。タワシライダーはそれを難なくかわす。勝負を焦ったのか、ワルインダーは大降りのパンチを放った。そのタイミングを見計らったかのようにタワシライダーも腕を突き出す。
「閃光! クロスカウンターワシ!」
く、苦しいネーミングだ! だが、綺麗に交差した拳はワルインダーのみに突き刺さっていた。
「ぐふっ。中々やるようだ。今日はこの辺で勘弁してやろう。次は法廷で会おう!」
よろよろと後ずさりするワルインダー。
「逃がすか、ワルインダー! 必殺! タワシューティングスターキック!」
逃がすまいと空高く飛び上がり、足を鋭角のタワシに変化させ、タワシライダーは蹴りを放つ。魔法の演出か、その体は電気を纏っているかのようだ。彼は流星のように空間を切り裂き、ワルインダーの体に突き刺さった。
「あっ」
「ぐおっ……」
思わず漏れたタワシライダーの声。蹴りは見事にワルインダーの鳩尾あたりに決まったようだ。ワルインダーは崩れ落ち、演技ではなく本気で苦しんでいる。……どうやら当たり所が悪かったらしい。これ、大丈夫なの? 放送事故じゃない?
「ど、どうだ! 正義は十中八九勝つ!」
「今日もまた、世界は救われた! だが、次なる魔の手はすぐそこまで迫っているのだ! 真なる平和をもたらすその日まで、戦え! タワシライダー!」
何とか気を取り直してタワシライダーは決め台詞らしきものを言い放ち、締めのナレーションが流れ始めた。ゆっくりと照明が暗くなっていき、幕が下りる。
何と言うか、地獄のような演劇鑑賞だった。そう思っていると、劇場は万雷の拍手で埋め尽くされた。観客は総立ちで、中には涙を流しているものもいる。どういうこったよ!?
「な、なぁキュウ。何でこんな感動的な雰囲気になってるんだ? 喜劇にしか見えなかったんだけど」
「何じゃリョータ。お主この劇の良さが分からんかったのか?」
キュウが呆れたようにため息をつく。あのシーンは何とかのメタファーで、悪を為さねばならぬ悲哀が云々、色々解説してくれたが全く理解できなかった。俺は思わず助けを求めた。
「ラ、ラム。ラムはどう思った?」
「羊さん可愛かったですねぇ」
あれを見た感想がそれだけってのもどうかと思うよ?




