第十六話「趣味」
キュウの出した馬車のおかげで、王都への旅路は非常に快適だ。馬は魔物というか、ゾンビのようなものらしく、不眠不休で走り続けられるらしい。さすがに少し可愛そうであるが、感情も既に無いらしく、ロボットのようなものと考えることにした。
魔物が襲ってくることもなく、平穏そのもの。たまに街道近くに出てきた獣を仕留め、血はキュウが、肉類は俺とラムが美味しく頂いたりもしている。食生活も非常によろしい。
「そう言えば知っておるか? 最近、王都で変わった演目をやっているらしくての」
「お芝居ですか? 王都では人気らしいですねぇ」
それと、分かったことが一つ。キュウは結構おしゃべりのようだ。ここ百年ほど一人だったと言っていた事だし、話相手ができて嬉しいのかもしれない。ラムはキュウの話をいつも興味深そうに聞いている。中々の聞き上手っぷりだと思う。
「うむ。観劇は趣味の一つでの。世界中を巡って色々と見ておるのじゃ。王都の劇団は中々レベルが高い」
「それで、どんな内容なんだ?」
芝居を見に行ったことなんて一度も無い俺も少し興味があった。何しろここは異世界だ。エキセントリックな題材や魔法を使った舞台効果なんてのもあるかもしれない。
「英雄が悪を倒すという、至って普通の話らしいんじゃが、演出や脚本が面白いらしいぞ」
「ふーん」
何と言うか、普通そうと言うか、ゲームなんかで慣れ親しみすぎてて、あらすじを聞いた途端に興味が薄れていく。それに反して吸血鬼のお嬢様は喜色満面の笑みで俺に詰め寄ってきた。
「リョータよ、勿論見に行くよな? なっ?」
「あんまり興味な……」
さ、殺気! キュウの目は据わり、右手が固く握られている。止めてくれ。この前それで猪の頭を粉々に吹き飛ばすの見てからすごい恐ろしいんだよ!
「勿論ご一緒させていただきます」
「下僕なのじゃから当然じゃの」
「ご主人様、流石です……」
ラムよ、俺に対して「流石です」を使うときだけニュアンスが違うのは何故なのかな?
「あれが王都か!」
数日後、俺達は走る馬車の中から遠くに見える王都を眺めていた。遠目で見ても分かるほどに巨大な街である。クラリスの町よりも二回りは大きそうだ。中央には王城らしきものが見え、複数の城壁がそれを囲うように建てられている。
「この街は良い。城壁一つとっても、建造物としての美しさを保ちながらも堅固であり、建造当時に流行した建築様式を取り入れて……」
ラムは楽しそうに聞いているが、俺はほとんど聞き流している。キュウは美術関連もお好きなようである。
門を抜けて入った町並みは、まさに西洋風ファンタジーといった光景だった。レンガで舗装された大通りを馬車が引っ切り無しに駆け抜ける。家々は漆喰の壁で統一されており、美しい景観を形成している。露天が立ち並び、人々は買い物を楽しんでいる。活気があって良い街のようだ。
「とりあえず、宿をとるか」
「うむ。王都の宿ならばおすすめがあるぞ」
そう言ったキュウを信じた当時の俺をぶん殴りたい。連れて来られたのは、店構えからして周囲から浮いている、豪奢で高級そうな佇まいの宿であった。
「ご主人様、なんだかすごく高そうなところですが、大丈夫でしょうか?」
「カカカ。ワシに相応しい宿ともなるとこれくらいは最低ラインじゃ」
ずんずんと進んでいくキュウに着いていく。嫌な予感がする。
宿に入ると、高級そうな調度品が所々に飾られているのが目に飛び込んでくる。受付の店員も老紳士といった風情で、宿の品格向上に一役買っている。アンナちゃんの宿とは大違いだな。
「いらっしゃいませ」
「ロイヤルスイートじゃ!」
「ロイヤルスイートでございますね。かしこまりました」
待て! ロイヤルスイートって、良くわからないけど多分滅茶苦茶お高い部屋だろ!? そんなにお金ないんだけど……あ、キュウさんが払ってくれるんですね、さすが頼りになるなぁ。
「うむ。先に部屋に行っておるぞ」
受付からカギを受け取ると、キュウはさっさと階段を登っていった。あれ、キュウさん? おっかしいなぁ、お金払い忘れてるよ? あ、後払いなのかな?
「料金は先払いとなります」
店員の無慈悲な一撃! 俺の財布は瀕死状態になった! 泣く泣く金を払う。この宿でもう一泊はできない。むしろ、安宿も若干心配になるレベルだ。
とぼとぼと階段を登り、部屋に入ると既にキュウはベッドに寝転がり、優雅に寛いでいた。
「キュウ! 何してくれてんだ! こんな高い部屋取りやがって!」
「何じゃ。別にいいじゃろ。ワシに貢げるのじゃから幸運に思うが良いぞ」
「俺はそんなドMじゃねーんだよ! そもそもこのままじゃ明日には安い宿にも泊まれなくなるんだよ!」
「ならば稼いでくれば良かろう」
俺の中で何かが切れた。
「ふーん、そうかそうか。じゃあ俺は汗水流して働いてくるよ」
「うむ。それが下僕の務めである」
「それじゃあ、キュウに食事時の魔法はかけられなくなるけど、構わないよな?」
キュウは慌てた様子でベッドから飛び起きた。その顔には困惑の表情が浮かんでいる。
「そ、それを持ち出すのは卑怯じゃぞ!」
「でもそうしないと、明日のキュウの宿代すら稼げない凡人なんでね」
「ぐぬぬ。仕方あるまい。明日からはもう少し安い宿で我慢してやる。その代わり! さっき言っていた舞台は明日行くからな!」
むぅ。舞台か、余り高くなければ良いんだが……いや、それよりこのままではキュウのせいで破産してしまう。早いうちに魔法研究者に会って、寝る場所だけでも提供してもらえるよう交渉しないとダメだな。
すっかり金の亡者というか、守銭奴のような思考になってしまっていた俺の後ろから、ラムがおずおずと部屋に入ってきた。部屋の様子を見て心底驚いたような表情を浮かべている。
「ご主人様、この部屋すごく綺麗ですねぇ。こんな所に泊まれるなんて、私は幸せ者です」
「ラムが喜んでくれたんなら、奮発した甲斐があったな」
ラムが穏やかな笑みを浮かべる。あぁ、キュウのせいでささくれ立った心が癒されていくよ。
「おぬし、ワシの時と態度が露骨に違いやせんか?」
ベッドに腰掛けたキュウが口を尖らせる。そりゃそうだろ。方や迷惑ばかりかける吸血鬼とかいう悪魔。方や俺の心痛をやわらげてくれる天使なのだ。比べるなというのは無理がある。精々キュウも俺を労わるような豊かな心を持って欲しい。貧相なのはその体つきだけで十分なのだ。
「今心の中で無礼な暴言を吐かなかったか?」
「トンデモアリマセンヨ、キュウサマ」
「おぉ、これが劇場か」
翌日、約束通り劇場までやってきた。王都の中でも人気スポットらしく、辺りは人でごった返している。演劇は庶民も気軽に見られる娯楽であり、お値段は良心的らしい。
「すごい大きい建物ですねぇ」
「うむ。ここの劇場はワシも結構好みじゃ。ここは二代前の国王の頃に建造が始まったもので、当時最も人気のあった建築家が……」
キュウのありがたい建築講座が始まる。ラムは相変わらず熱心な生徒である。俺は不良だ。全然興味が持てない。放っておくと延々と話し続けるキュウを何とか抑えて、劇場に入ってしまおう。
「とりあえず入ろう。もうそろそろ開場なんだろ?」
「そうじゃったの。あそこでチケットを買って入場するぞ」
キュウが指差した先には、劇場のすぐ傍に建てられた小さな小屋があった。看板が置かれており、そこに今日の舞台スケジュールが書かれているらしい。
「演目は……これかの」
キュウが指差したタイトルに俺は思わず目を見開いた。そんな俺を無視して、カウンターに立つ店員にキュウは無邪気に声をかけた。
「すまぬが、この『変身ヒーロー タワシライダー』を三枚くれぬかの」
膝から崩れ落ちるのを何とかこらえた俺を、誰か褒めてくれ。




