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第十五話「オンセン」

「ところで、キュウ様はどうしてこんなところへ?」


 ラムがキュウに問いかける。結局、吸血鬼の呼び名はキュウで我慢してくれることになったらしい。しばらくグチグチと文句を言われたが。


「オンセンに入りに来たに決まっておろう。着いたと思ったら骨どもが目障りだったゆえ、浄化してやったのよ」

「そうだったんですねぇ。おかげで助かりましたぁ」


 そうだ! 温泉だ! 今までのドタバタですっかり忘れてしまっていた。温泉があるのならば、入って少し体を休めたい。そしてあわよくば、色々と嬉しいイベントが発生するとありがたい。


「ワシはオンセンに行くが、貴様らはどうする?」

「是非一緒に行かせてください!」

「カカカ、リョータよ、貴様結構な変わり者よな。では行くとするか」


 変わり者? この世界の人達は温泉嫌いなのだろうか? 臭いがダメとか、風呂に入る習慣がない、というのは分からなくも無いが。

 村近くの森に入っていくと、木の陰から湯気が立ち昇る泉があるのが見えてきた。


「オンセンも久々じゃのう」


 僅かに香る硫黄臭。近づくとほんのりと暖かい。そして聞こえる謎のうなり声。……ん? 泉から浮かび上がってくる泡が人の顔のように見えた。いやいや、まさか。目をこすって、改めて温泉を眺めると、空中を半透明の黒っぽい玉が飛び交っている。そこから、低い唸るような怨嗟の声のような音が響いているのだった。こわっ!


「え、これ、温泉? 何か禍々しい雰囲気が漂ってるんだけど」

「どうも死者の恨み辛みが溜まりやすい泉らしいんですぅ。人が入ると怨念に取り付かれて精神に異常を来たすとか……」


 ふーん、なるほど。温泉じゃなくて怨泉ってことですか、ハッハッハ。ふざけんな!


「この泉は不思議なことに適温のお湯で満たされておっての。入るだけで心地よいし、肌艶も良くなるでの。怨霊どもが騒がしいことだけが難点じゃが」


 実際に温泉としても効用はあるらしい。羨ましい! 俺も入りたい! でも入ったらメンタルが死ぬ温泉とか、入れる訳ないしなぁ。


「さて、ワシは今からゆったりと漬かろうと思うが、貴様らはどうする?」

「遠慮しますぅ」


 ラムは当然のように断っている。無理も無い。いや、俺も断るべきなんだろう。でも、久々の風呂という誘惑は抗いがたいものがあった。うんうんと唸っていると、キュウが楽しそうに笑う。


「カカカ、リョータよ。一緒に入りたいならかまわんぞ?」


 マ、マジで? ついに俺にもフラグが立った? 外見的にはラムの方が好みではあるが、キュウも十分すぎる美少女だ。お誘いとあらば断る理由などない。怨念程度、鋼の精神力で跳ね返してやるわ! キュウはおもむろに服を脱ぎ始めた。その所作は優雅でありながらも艶かしく、俺は思わず唾を飲み込んだ。


「今のお主なら泉に入った瞬間死ぬであろうが、ワシの血族になればこれしきの怨念程度でどうこうなるわけもないからの」

「止めておきます」


 さすがに混浴一つに今後の人生をかける勇気はありません。キュウは拗ねるように唇を尖らせるのであった。




「野宿じゃと? 村の家にでも泊まればよいではないか」


 ほかほかと湯気を立てながらやってきたキュウに、今日は野宿であることを告げた返事であった。流石に人死にがあった村で眠る度胸はない。ラムも同感のようで、温泉近くの森の中で野宿をすることを選んだのだ。


「大丈夫ですよキュウ様。私、寝床作るの得意ですから」


 キュウが温泉に入っている間にラムは寝床を作りこんでいた。キュウの体型に合わせたのか、俺達が使うものより少し小さめである。

 キュウはぶつぶつと何やら文句を呟いていたようだが、寝床に入って何度か寝返りを打つと、驚いたように声を上げた。


「おぉ。ラムとか言ったか。これはすごいの! フィット感がたまらんのじゃ!」

「喜んで頂いて嬉しいですぅ」


 キュウが上機嫌で毛布に包まっている間に、見張りの順番をどうするか話し合う。ラムは一度寝たら起きないだろうし、キュウは見張りなんてしないだろうしなぁ。なんて思っていたら、キュウが結界を張ってくれた。ドラゴン級でなければ突破できない、とのお墨付きの一品らしい。キュウの方がチートじゃない? 神様、文句言っても良いかな?

 ともあれ、これで安心して眠れる。いい加減疲れた。のそのそとラムと一緒に寝床に入る。その様子を見ていたキュウは非難めいた声を上げた。


「何じゃ、貴様らは二人で寝るのか?」

「夏とはいえ、夜は冷えますから」


 ラムがおっとりとした様子で答える。最近気付いたが、ラムは眠くなるとおっとり度が増すようだ。頭が回らなくなってるのかもしれないな。それを聞いたキュウは何故かショックを受けたように目を見開いた。そして、不満げな表情でこちらを睨みつけてくるのだった。何だろう、仲間はずれが嫌なのか? 暫く迷ったが、一応言ってみるか。


「あー、キュウもこっち来るか?」


 その瞬間、キュウは花が咲くような笑顔を見せた。そして、はたと気付いたかのように咳払いを一つすると、いつもの不遜な態度に戻る。


「し、仕方ないのぅ。どうしてもというならワシと一緒に寝る権利を与えてやってもいいぞ?」

「あ、じゃあいいです」


 殺気を感じる! 怖いですって! こいつに冗談とか通じないようだ。


「キュウ、こっちで一緒に寝てくれないか?」

「そ、そこまで言うなら。下僕の望みを叶えるのも主人の役目じゃからの」


 キュウはいそいそとこちらの毛布の中に潜り込んできた。ラムは既に熟睡している。傍から見ればハーレム状態なのかもしれない。だが、どちらにも手は出せないのだ。ラムは無反応なのが目に見えてるし、キュウに手を触れようものならあの世行きの超特急に乗せられるだろう。それなのに、この毛布の中すごい良いにおいで充満してるんだぜ? 生殺しとはこのことだろう。健全な男子高校生にこの仕打ちは酷い。


「寝ぼけて血を吸ったらすまんの」


 追い討ちをかけるのやめてくれます!? あなた、さっき散々飲んだでしょうが!




 翌朝、街道に戻って今後の方針を相談する。


「さて、これからどうするか。王都まで徒歩だとどれくらいかかる?」

「徒歩だと数週間はかかると思います。それにモンスターに襲われやすいですし、危険ですぅ」

「うーん、食料もそんなに無いしな。馬車が来るまで待つ方が良いかな?」

「なんじゃ、馬車も持っておらんのか?」


 ラムとそんなやり取りをしていると、寝ぼけ眼をこすりながらキュウがやって来る。キュウが右手につけた指輪に触れると、中から一台の黒塗りの馬車が出てくる。馬と御者もセットが、どちらにも生気を感じない。これが吸血鬼の血族なのか? それとも魔法か何かで作り出してるのか。


「これを出すのも百年ぶりくらいかの。最近は気ままな一人旅じゃったからの」


 大あくびをしながら馬車に乗り込んでいく。俺達もそれに続く。内装も豪華だ。精微な彫刻や塗装が施され、座席にも柔らかなクッションが敷かれている。乗合馬車なんかとはレベルが違う。


「キュウ様、流石ですぅ」

「カカカ。もっと褒めるが良いぞラムよ!」

「ありがとな、キュウ。じゃあ行くとするか」

「うむ。存分に感謝すると良いぞ」


 キュウが偉そうにふんぞり返っていると、馬車がゆっくりと動き始めた。作りがいいのか、振動もそれほど感じない。快適な旅になりそうだ。

 ふと、窓から差し込む朝日がキュウに当たっていることに気付いた。


「そういえば、キュウは日光に当たっても平気なのか?」

「何の話じゃ?」

「あ、いや、俺の故郷だと、吸血鬼は凄まじい力を持っているが、弱点が多いモンスターとしても有名でな」

「ワシに弱点なぞないわ!」


 自信満々に言い放つキュウ。


「だから、迷信として言われてるだけなんだって。その中の一つに、日光に当たると灰になる、っていう弱点があってな」

「光に当たっただけで死ぬなぞ、とんだ不思議生物ではないか。まぁ、日焼けするのは好きじゃないがの」

「ニンニクに弱いとか」

「血以外は受け付けんから、外れてはおらんが」

「十字架を嫌うとか」

「何じゃ、それ?」

「心臓に杭を打ち込むと死ぬとか」

「……最後だけ殺意高すぎんか? おぬしの故郷どうなっとるんじゃ」


 キュウが少し呆れたように言い放った。それは俺も思う。馬車は軽快に進んでいく。

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