第十三話「骨」
「ご主人様、ご無事ですか?」
へたり込んでいた俺の元にラムがやってくる。疲れているように見えるが、怪我はしていなさそうだ。良かった。
「あぁ、大丈夫だよ。ラムも平気か?」
「はい! ご主人様の魔法のおかげです!」
ラムはなんだか上機嫌だ。俺もつられて頬が緩んだ。疲れがどっと来たようで、なかなか立ち上がれないが。
「先ほどのは、魔法か? おかげで助かった」
倒れていたオーク達の死亡を確認していた奴隷男が戻ってきた。
「いえ。お役に立てたようで何よりです」
「オークリーダーともなれば、十人がかりでようやく倒せるような相手だ。たった三人でしとめたのだから、もっと誇っていいと思うぞ」
そんな強敵だったのか。チラリとラムの顔を見ると、笑みを浮かべながらこくりと頷いた。胸の奥が熱くなる。達成感というか、高揚感というか、こみ上げてくるものがあるな。
「しかし、問題はあっちか」
奴隷男は街道の先、今夜の宿ともなる村の方角に目を向けた。ラムは悲痛な表情を浮かべている。俺はようやく膝に力が入るようになって立ち上がった。
「とにかく、向かいましょう」
やや沈んだ声でラムが呟いた。
馬車に乗ってたどり着いた村は、閑散としていた。誰も出迎える者のいないその場所は、ゴーストタウンのような不気味な雰囲気を纏っていた。馬車を降りて探索してみると、村のそこかしこには、戦闘の痕跡と、多量の血がこびりついていた。
「先ほどのオーク達が襲撃し、食料として連れ去ったのでしょう」
ひゅっと喉が鳴る。食料。人を? 言い知れない不快感。
「すぐこの村を離れましょう。多数の人が死んだ直後には怨念が集まります」
長居したい場所ではないし、この村を出るのは賛成だ。しかし、怨念が出る、ってのは何だ? 不思議に思っていると、馬車の方から叫び声が聞こえた。これは、商人の声か? 馬車に向かって歩みを進める。
遠くに見える馬車の近くに、ひょろりとした人影が数多く群がっているのが分かる。しかし、人にしてはやけに細い。いや、細いどころかあれは、まるで。
「骸骨、スケルトンか!」
骨だけで動く怪異が、馬車に乗る商人や中年夫婦達に手を伸ばす。手に持つカバンや棒切れで何とか応戦しているようだが、恐慌状態であるのが見て取れる。奴隷男が向こう側から、馬車に走り寄っていくのが見えた。こちらも走り出したものの、距離があって加勢には時間がかかりそうだ。
「くそっ! 忌々しい死者どもめが! お前達も俺の邪魔をするのか!」
商人が何やらわめいている。かなり遠くからでもイライラしている様子が分かった。
「ええい! 馬車を出せ!」
「しかし、まだあの若い二人が戻ってきていない」
「良いから出せ!」
抑止していた御者を跳ね除けて、商人は馬に鞭を入れた。馬が嘶きをあげて疾走を始めた。ようやく馬車の元に辿り着いていた奴隷男はぎょっとしたような顔をすると、慌てて馬車にしがみつく。俺達はあまりの出来事にしばし呆然としていた。
……取り残された!? 何してくれてんだ、あのアホ商人!
「ラム、どうする?」
「とりあえず、距離を取りましょう。まだスケルトン達には気付かれていないかもしれません」
建物の陰に隠れながら、別の方向へと向かう。その先に複数のスケルトンが虚空を見つめているのを発見し、踵を返す。何とか抜け道を探そうと、周囲を探索したものの、どこに行ってもスケルトンだらけだ。完全に囲まれてしまっているようで、その包囲も徐々に狭まってきているように感じる。
「気付かれてるのか?」
「魔物の本能のようなものかもしれません」
苦い顔をするラム。昼間の馬車の中で、普段ならばスケルトンくらい楽勝と豪語していた。しかし、今はオークリーダーとの死闘直後でもあり、疲労が抜けきっていないのだろう。
「ご主人様、私が活路を開きます。その間にお逃げください」
決意を込めてラムがそう告げる。それは、彼女を囮にしろ、ということか。そんなこと、考えるまでもない。
「却下だ! そんなこと出来るわけないだろ!」
俺は、ラムに生きていて欲しい。可能性が僅かでも、共に生き延びる道があるならそれを選びたい。ラムは驚いたような表情でこちらを見ている。普通の奴隷の使い道としては、囮というのは良くある話だと以前聞いた。彼女もそうなる覚悟を決めていたのだろう。
「それに、俺がラムもいないで街道に放り出されて見ろ。夜も越せないでお陀仏だよ」
「……流石です、ご主人様」
ラムは呆れたような、喜んでいるような、複雑な表情を見せた。少しだけ心にゆとりができたような、そんな気分になった。
「できるだけ、数が少なそうな所を抜けよう。俺も自衛くらいはやってみせる。ラムはとにかく道を開いてくれ」
「わかりました。行きましょう」
ラムに先導されて細い通路をすり抜けていく。前方には十体程のスケルトンが蠢いている。数が少なくてこれか。
「スケルトンに触れられると生気を吸い取られます。長時間続くと死にますので、接触しないよう気をつけてください」
触れない。つまり、それは。俺の切り札、味覚操作が使えないってことかよ! 何てことだ、こんな落とし穴があるとは……いや、そもそも、スケルトンに味覚なんてあるのか? 効く気がしないぞ! 誰だよ、味覚操作がチートスキルだなんて言った奴は! 訴えてやる!
「行きます!」
俺の心の叫びを無視して、ラムは猛然とスケルトンの群れに飛び掛った。俺も慌てて盾と、一応持たされていたショートソードを取り出す。ラムの後ろを戦々恐々としながらついていく。
ラムが打ち漏らしたスケルトンがこっちに来る! 近くで見ると骸骨ってやっぱ怖い! つかみ掛かってくる手を、盾で殴るように払いのける。指の骨がパラパラと飛び散る。意外と脆いのか? 体勢を崩したスケルトンの頭に剣を振り落とす。パキっと小気味良い音がして、頭蓋骨が割れる。スケルトンは倒れ伏した。これなら、行けるんじゃないか!?
倒れたスケルトンは無視し、ラムの背中を追いかける。ふと、足に何かひっかかる感覚がある。途端に、体から力が抜ける。
「うおぉ、これは……」
目を足元に向けると、倒したはずのスケルトンが俺の足首を掴んでいた。まだ動けたのか! そう思って攻撃しようとするが、体が思うように動かない。やばい、これは。
次の瞬間、足元のスケルトンが粉々に砕かれた。舞い踊るような白い髪が見えた。ラムが駆けつけてくれたようだ。た、助かった。
「スケルトンはかなりしぶといです! 粉々にするぐらいの気持ちで叩いてください」
そう言って、ラムは再びスケルトンの壁の中へと飛び込んでいく。自衛する、といった傍からこれか。だが、後悔している暇はない。疲労感が増した体を叱咤して前に進む。襲い掛かってくるスケルトンに、先ほどより慎重に対処する。盾で相手の手を払いつつ、剣で胴や頭を叩き折る。つ、辛い。剣を振るのってこんなに疲れるの? 剣道部マジすごい。帰宅部には無理です!
それからも必死に剣と盾を振り回す。ラムも動きが明らかに鈍くなっている。スケルトンの数は減らない。まさか、こんな、こんな所で終わるのか? 俺はまだ王都にもついてないし、ラムの故郷にも行っていない。まだ、やりたいことが色々あったのに。悔しさが押し寄せてくる。だが、もう疲れて動けない。諦めの気持ちが湧いてくる。
あぁ、せめて童貞は卒業したかった……
そう思った瞬間に、視界が真っ白に染まった。な、何だ!? 光ってる? 眩い光が迸り、思わず目を瞑る。手で光を遮りながら何とか状況を確認する。すると、今まさに俺に襲いかかろうとしていたスケルトンが、口から燐光を放ってカラカラと崩れていくのが目に映った。驚いて周囲を見回すと、他のスケルトンも皆一様に動かなくなり、ただの骸骨へと化していく。
「な、何が起きたんだ?」
「ご主人様、あれです」
ラムが愕然とした面持ちで呟き、指で示す。その方向は、水平よりやや上、つまり空を指していた。空を見上げる。そこには輝くような金髪と、鮮血のような赤い目を持つ少女が宙に浮かんでいた。




