184.トンネル会社 1
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
パリはまだ夜明けを迎えていなかった。
窓の外の街は、真夜中に胃から出血しながら、それでも倒れるのを意地でこらえている獣みたいだった。灯りはまだ点いていて、街はまだ騒がしく、遠くには白房抗議の現場から、高くなったり低くなったりする怒号が聞こえてくる。石壁の隙間から滲み上がってくる熱気みたいに。
白房事件は、まだ燃えている。
少なくとも表面上は、全員がまだその件を燃やし続けている。
不法拘束、空白の手続き、光の当たらない部屋、消えた記録、互いに責任を蹴り合う省庁。パリ市民は喧嘩が好きで、喧嘩が得意だ。こういうどうしようもなくデカい話は、彼らが一晩中眠らずに広場に立ち、国家機構の先祖代々まで問い詰めるのにいちばん向いている。
だが俺にはわかっていた。もうしばらくすれば、白房はもうメインディッシュじゃなくなる。
それは「門」になる。
本当に吐き気がするほど気持ち悪いものは、まだその門の向こうにある。
---
ドアが開いた。
入ってきたのは風ではなく、かすかな、古い、灰の匂いだった。
山口多聞が入口に立っている。顔全体が、墓から掘り起こされてまだ土を払う間もなく、臨時で夜番に引っ張り出されたばかり、と全力で主張している顔をしていた。
入ってくるなり、まず罵倒から始める。
「生きてる人間の情報戦って、本当に戦場より頭が悪いな」
俺はソファに座ったまま、とっくに冷めたコーヒーを手に持ち、まぶたを上げる気にもなれなかった。
「届けた?」
「届けた」山口は手袋をテーブルに叩きつけた。その幽霊全体から「過労」という二文字が滲み出ている。「政治系インフルエンサー、匿名フォーラムの転載アカウント、官僚語を解体するのが専門のクリップ系アカウント、それからふだん歴史のマニアックな話をしてる変なチャンネルが何個か、今夜お前に叩き起こされて考古学をやらされてた。選び方が毒すぎる、振り分けも面倒すぎる。俺はもう死んでるのに、お前のためにオーディエンス分析までやらされた」
俺はようやく顔を上げて、山口を一瞥した。
「効果は?」
「いい」と彼は冷笑した。「よすぎて、もう総理府に同情し始めてる。どのアカウントも少しずつしか渡してない。ちょうど匂いを嗅げる程度で、でも直接結論を出せるほどじゃない。生きてる人間が互いに転送して、互いに推測して、互いに自分で自分を怖がるのに最適な量だ」
神父は脇に立ったまま、口は挟まず、ただ山口の「死人でさえ疲弊する」という顔を静かに眺めていた。テーブルのランプが彼の顔の半分を白く照らし、もう半分を影に沈めている。どこかの政府の後始末をするために来たわけじゃない、と一目でわかる顔だ。
「彼の不満は正当だ」と神父は静かに言った。
「正当どころか、超過してる」山口はすかさず続けた。声には怨嗟がたっぷり詰まっていた。「今何時だと思ってる?生前も残業、死後も残業。大日本帝国海軍が、俺が死んだ後に台湾人のためにパリのネット世論を操作する仕事をさせられてるって知ったら、もう一回怒り死にするぞ」
俺は頷いた。
「ご苦労さん」
山口は俺を睨み、今すぐ俺の首を絞めるかどうか検討している顔をした。
「『ご苦労さん』一言で済ませる気か?」
少し考えてから、俺は言った。
「次は質のいい線香を買ってくる」
山口の表情が、わずかに動いた。
「普通のはダメだ」
「じゃあ何がいい?」
「沈香」と彼は真剣な顔で言った。「年数が長いやつがいい。俺が今やってるのは使い走りじゃない。高強度の世論爆破のための前段階投下だ。待遇を上げてもらわないと」
俺は思わず少し笑った。
「要求が高いな」
「もう死んでるのに、少しくらいこだわっちゃいけないのか?」
「わかった」俺はカップを置いた。「沈香」
山口はふんと鼻を鳴らした。ようやく半分だけ、なだめられた顔をした。
もう半分はなだめられていない。
火がついたばかりだと、彼自身もわかっているからだ。
本当に面白いのは、これがどう燃えていくかを見ることだ。
---
最初に動いたのは、新聞社でもテレビ局でもなかった。
ネットだった。
正確に言えば、血の匂いを嗅ぎつけるのがいちばん早く、まず噛みついてから考えるタイプの自メディアと政治系インフルエンサーたちだ。
最初に爆発したのは、政府の失言をクリップ編集するのが専門のアカウントだった。
そいつが投げ込んだのは、一枚のぼやけたスクリーンショット。画質は、どこかの洗い流しきれていない会議メモから無理やり引き剥がしてきたみたいに粗い。完全な段落はなく、赤い枠で囲まれたいくつかの言葉だけがある。
接触評価。
保存性資産。
公開的定性は不適切。
その下には、一行だけ。
「ただの白房の手続き事故なら、危機対策会議にこんな言葉がなぜ出てくる?」
この一文が出て五分も経たないうちに、コメント欄は生肉を闘犬の檻に放り込んだみたいになった。
まず罵る人間。
まず推測する人間。
まず笑う人間、でも笑い方がひどく不安そうな人間。
そしてすぐに、誰かが第二の画像を作り上げた。白房事件に関する政府の元の公式説明と、このスクリーンショットを並べて、さらにタチの悪い一文をつけた。
「一方では『手続き上の瑕疵に過ぎない』と言い、もう一方では『保存性資産』を議論している。フランスの官僚は今、国民をバカにしているのか、それとも自分たちを墓荒らし団だと思っているのか?」
さらに十分後、第二陣のアカウントも目を覚ました。
このグループはクリップ系ではなく、政治的な流量を稼ぐのが専門だ。彼らが普段いちばん得意とするのは、専門的な問題を、街頭で怒鳴れる一行に翻訳することだ。あの言葉の重みを本当に理解しているかどうかはわからない。だが、これらの言葉を並べた時にどれだけ「おかしい」かは、体感でわかっている。
だからタイトルは、どんどん聞き苦しく、どんどん拡散しやすくなっていった。
《白房はただのフロントだったのか?総理府は一体何を守っている》
《消火してるんじゃない、在庫確認してる》
《白房に閉じ込められた人がいる間に、遺産の棚卸しをしてた人がいる》
《フランス政府が守っているのは手続きか、それとも在庫か》
この連中が出てきた瞬間から、話は白房そのものを離れ始めた。
なぜなら、白房は人権の問題として議論できる。権力の濫用として議論できる。警察権力の暴走として議論できる。
だが「保存性資産」という言葉が一度出てくると、全員の頭の中に同時に、もっと気持ち悪い問いが浮かび上がる。
じゃあ、お前らは一体何を探してたんだ?
パリのネットでいちばん怖いのは、喧嘩が強いことじゃない。
パリはまだ夜明けを迎えていなかった。
窓の外の街は、真夜中に胃から出血しながら、それでも倒れるのを意地でこらえている獣みたいだった。灯りはまだ点いていて、街はまだ騒がしく、遠くには白房抗議の現場から、高くなったり低くなったりする怒号が聞こえてくる。石壁の隙間から滲み上がってくる熱気みたいに。
白房事件は、まだ燃えている。
少なくとも表面上は、全員がまだその件を燃やし続けている。
不法拘束、空白の手続き、光の当たらない部屋、消えた記録、互いに責任を蹴り合う省庁。パリ市民は喧嘩が好きで、喧嘩が得意だ。こういうどうしようもなくデカい話は、彼らが一晩中眠らずに広場に立ち、国家機構の先祖代々まで問い詰めるのにいちばん向いている。
だが俺にはわかっていた。もうしばらくすれば、白房はもうメインディッシュじゃなくなる。
それは「門」になる。
本当に吐き気がするほど気持ち悪いものは、まだその門の向こうにある。
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ドアが開いた。
入ってきたのは風ではなく、かすかな、古い、灰の匂いだった。
山口多聞が入口に立っている。顔全体が、墓から掘り起こされてまだ土を払う間もなく、臨時で夜番に引っ張り出されたばかり、と全力で主張している顔をしていた。
入ってくるなり、まず罵倒から始める。
「生きてる人間の情報戦って、本当に戦場より頭が悪いな」
俺はソファに座ったまま、とっくに冷めたコーヒーを手に持ち、まぶたを上げる気にもなれなかった。
「届けた?」
「届けた」山口は手袋をテーブルに叩きつけた。その幽霊全体から「過労」という二文字が滲み出ている。「政治系インフルエンサー、匿名フォーラムの転載アカウント、官僚語を解体するのが専門のクリップ系アカウント、それからふだん歴史のマニアックな話をしてる変なチャンネルが何個か、今夜お前に叩き起こされて考古学をやらされてた。選び方が毒すぎる、振り分けも面倒すぎる。俺はもう死んでるのに、お前のためにオーディエンス分析までやらされた」
俺はようやく顔を上げて、山口を一瞥した。
「効果は?」
「いい」と彼は冷笑した。「よすぎて、もう総理府に同情し始めてる。どのアカウントも少しずつしか渡してない。ちょうど匂いを嗅げる程度で、でも直接結論を出せるほどじゃない。生きてる人間が互いに転送して、互いに推測して、互いに自分で自分を怖がるのに最適な量だ」
神父は脇に立ったまま、口は挟まず、ただ山口の「死人でさえ疲弊する」という顔を静かに眺めていた。テーブルのランプが彼の顔の半分を白く照らし、もう半分を影に沈めている。どこかの政府の後始末をするために来たわけじゃない、と一目でわかる顔だ。
「彼の不満は正当だ」と神父は静かに言った。
「正当どころか、超過してる」山口はすかさず続けた。声には怨嗟がたっぷり詰まっていた。「今何時だと思ってる?生前も残業、死後も残業。大日本帝国海軍が、俺が死んだ後に台湾人のためにパリのネット世論を操作する仕事をさせられてるって知ったら、もう一回怒り死にするぞ」
俺は頷いた。
「ご苦労さん」
山口は俺を睨み、今すぐ俺の首を絞めるかどうか検討している顔をした。
「『ご苦労さん』一言で済ませる気か?」
少し考えてから、俺は言った。
「次は質のいい線香を買ってくる」
山口の表情が、わずかに動いた。
「普通のはダメだ」
「じゃあ何がいい?」
「沈香」と彼は真剣な顔で言った。「年数が長いやつがいい。俺が今やってるのは使い走りじゃない。高強度の世論爆破のための前段階投下だ。待遇を上げてもらわないと」
俺は思わず少し笑った。
「要求が高いな」
「もう死んでるのに、少しくらいこだわっちゃいけないのか?」
「わかった」俺はカップを置いた。「沈香」
山口はふんと鼻を鳴らした。ようやく半分だけ、なだめられた顔をした。
もう半分はなだめられていない。
火がついたばかりだと、彼自身もわかっているからだ。
本当に面白いのは、これがどう燃えていくかを見ることだ。
---
最初に動いたのは、新聞社でもテレビ局でもなかった。
ネットだった。
正確に言えば、血の匂いを嗅ぎつけるのがいちばん早く、まず噛みついてから考えるタイプの自メディアと政治系インフルエンサーたちだ。
最初に爆発したのは、政府の失言をクリップ編集するのが専門のアカウントだった。
そいつが投げ込んだのは、一枚のぼやけたスクリーンショット。画質は、どこかの洗い流しきれていない会議メモから無理やり引き剥がしてきたみたいに粗い。完全な段落はなく、赤い枠で囲まれたいくつかの言葉だけがある。
接触評価。
保存性資産。
公開的定性は不適切。
その下には、一行だけ。
「ただの白房の手続き事故なら、危機対策会議にこんな言葉がなぜ出てくる?」
この一文が出て五分も経たないうちに、コメント欄は生肉を闘犬の檻に放り込んだみたいになった。
まず罵る人間。
まず推測する人間。
まず笑う人間、でも笑い方がひどく不安そうな人間。
そしてすぐに、誰かが第二の画像を作り上げた。白房事件に関する政府の元の公式説明と、このスクリーンショットを並べて、さらにタチの悪い一文をつけた。
「一方では『手続き上の瑕疵に過ぎない』と言い、もう一方では『保存性資産』を議論している。フランスの官僚は今、国民をバカにしているのか、それとも自分たちを墓荒らし団だと思っているのか?」
さらに十分後、第二陣のアカウントも目を覚ました。
このグループはクリップ系ではなく、政治的な流量を稼ぐのが専門だ。彼らが普段いちばん得意とするのは、専門的な問題を、街頭で怒鳴れる一行に翻訳することだ。あの言葉の重みを本当に理解しているかどうかはわからない。だが、これらの言葉を並べた時にどれだけ「おかしい」かは、体感でわかっている。
だからタイトルは、どんどん聞き苦しく、どんどん拡散しやすくなっていった。
《白房はただのフロントだったのか?総理府は一体何を守っている》
《消火してるんじゃない、在庫確認してる》
《白房に閉じ込められた人がいる間に、遺産の棚卸しをしてた人がいる》
《フランス政府が守っているのは手続きか、それとも在庫か》
この連中が出てきた瞬間から、話は白房そのものを離れ始めた。
なぜなら、白房は人権の問題として議論できる。権力の濫用として議論できる。警察権力の暴走として議論できる。
だが「保存性資産」という言葉が一度出てくると、全員の頭の中に同時に、もっと気持ち悪い問いが浮かび上がる。
じゃあ、お前らは一体何を探してたんだ?
パリのネットでいちばん怖いのは、喧嘩が強いことじゃない。
ちょっとでも屍臭のようなものが漂い始めると、すぐに「喧嘩」から「死体探し」に変わることだ。
三十分後、本当に死体を探し始める人間が出てきた。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




