182.秘密の帳簿 4
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
危機対策室で、デヴォにようやく首相官邸からの内線が入った。
彼は受話器を取り上げ、三十秒ほど無言で聞いた。最後に一言だけ返した。
「了解しました」
電話を置いたときには、全員が次の言葉を待っていた。
デヴォは、テーブルの上の資料、モニターに映る広場、「食欲」「棚卸し」「白房はただの門」と躍るテロップを見回しながら、すべてがまるで、あらかじめ誰かにテンポを設計されていたかのようだと感じていた。政府のリアクションが、常に現実より半拍遅れるように。
声を出したとき、彼の喉は少し掠れていた。
「総理の考えは、非常にシンプルだ」と彼は言った。「顔は捨てろ。先に命を守れ。」
この一言で、ロランもモローも動きを止めた。
官僚の語彙の中で、この言葉が何を意味するか、全員が理解している。
メンツは落としていい。
人間だけは、まず残せ。
誰を残せないかは――玄関に一番近いのが誰かで決まる。
ロランが最初に反応し、さらに顔色を悪くした。
「つまり、誰かを『出す』ってことですか?」
デヴォは彼を見た。
「それ以外に、まだ何か手があると思うか?」
モローが眉をひそめる。「誰を?今さら次官クラスを一人差し出したところで意味はありません。外が求めているのは『失言した人間』じゃない。最初に念を起こした人間です」
この言葉が出た途端、危機対策室はまた一段、静まった。
それこそが核心だからだ。
白房だけなら、執行面のトップを一人、「手続き上の瑕疵」を負った不運な人間として差し出し、全国民に「ご覧の通り、対処しました」と言ってみせることもできた。
だが、今は違う。
外の人々が問い始めているのは、「誰が最初に貪欲を起こしたのか」だ。
この問いを、一人の記者会見担当者に肩代わりさせることはできない。
ベルナールがついに、誰も聞きたくないが、全員が真実だと知っている一言を口にした。
「外部が核心の問題を『動機』だと見なした場合、我々のあらゆる声明文は、『まだその動機の責任を負うべき人間を見つけていない』証拠にしかなりません」
ロランが低く罵り言葉を漏らす。
モローはついにうんざりしたように口を開いた。
「だったら内部安全保障をテーブルの上に引きずり出しましょう。このライン、内安が事前に接触していない限り、あんな表現が文書に出てくるはずがない」
危機対策室の反対側で、ずっと寡黙だった内部安全保障の窓口が、ようやく口を開いた。
その声は、地下室の底から聞こえてくるみたいに冷たかった。
「外務が外部のノードを『交渉可能な相手』として扱っていなければ、その後の窓口もありえませんが」
ロランがすかさず冷笑する。「これでようやく全員、自分が触ったことを認めましたね」
この一言が落ちた瞬間、危機対策室には、今夜初めての「本物の静寂」が訪れた。
ここまで来ると、もはやただの「責任転嫁」ではない。
相互証言だ。
デヴォは一瞬、目を閉じた。その場でテーブルをひっくり返したい衝動に駆られたが、残念ながらフランス首相府の官僚養成カリキュラムに、その項目は含まれていない。
再び口を開いたとき、その声には飾り気が一切、残っていなかった。
「今からだ」と彼は言った。「これ以上、自分の足あとで他人の靴を洗おうとするやつがいたら、その靴ごと、俺が外に差し出す。噛み合いたいなら勝手にやれ。ただしすべての会議録、窓口との接触、口頭報告のオリジナルは、まず俺に出せ。誰が最初に書いたかには興味はない。興味があるのは、誰が次に消そうとするかだ」
この一言で、ようやく全員が本当に口を閉ざした。
官僚の世界では、書くより消す方が、よほど致命的だ。
書いたことは「判断ミスでした」と言えるかもしれない。
だが、消したとなれば、それは「その一文が命取りになるとわかっていた」証拠に近い。
デヴォが今これを口にしたということは、彼自身もすでに承知したということだ。これから先、本当に危ないのは街頭でもメディアでもなく、自分だけを先に消毒しようとする、内部の誰かだということを。
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この一時間の終わり頃、三つの場所で、ほぼ同時に同じものが浮かび上がった。
街頭では、あの労組の古株が最初に叫んだ。
彼は手すりの上に立ち、酷使されすぎた古い拡声器みたいな掠れ声で、それでも一語一語をはっきり噛みしめる。
「白房は事故じゃない、フロントだ!」
群衆がそのまま繰り返す。
ニュース局では、ちょうどルノーがある歴史学者との中継を繋いでいた。学者は資料を見終えてから、こう言った。
「もしこれらの索引の示す方向が正しいとしたら、白房はもはや単なる失控した手続きではありません。むしろ一種のフロント――人を一旦『おさめ』、問題を一旦『切り離し』、その後ろの棚がすぐには倒れないようにするための、フロントです」
その頃、危機対策室では、モローがロランとの口論で半ばブチ切れかけたときに、ほとんど自白に近い一言を吐いた。
「前から言っていたでしょう、フロントの手続きまで、バックルームの取引みたいにするなって!」
その一言を言った瞬間、自分でも一瞬、凍りついた。
デヴォは彼をじっと見つめ、何も言わなかった。
ロランは顔色を変えた。さっきまで嗅いでいた血の匂いが、急に自分の血の匂いになったのを悟ったみたいに。
ベルナールは非常にゆっくりと顔を上げ、モローを見た。「フランス政府が今夜、いちばん口にしてはいけない本音」を、会議テーブルのど真ん中にぶちまけた男を見る目だった。
そして、まさにそのタイミングで、クレールはカメラの前で三つのラインを縫い合わせ、ひとつの総括にした。
「今、問題になっているのは白房そのものだけではありません」と彼女は言う。「国家機械全体が、白房をフロントとして使い、その背後に本当に光を当てたくないものを、バックルームへ押し込んでいるように見える――そのことです」
もはや「密帳流出の最初の一時間」ではない。
フランスがついに、街頭、ニュース局、政府内部の三つの場所で同時に、「白房は本体ではなく、入口かもしれない」と認めざるを得なくなった瞬間だった。
この「認める」に、公式文書は要らない。
誰かが「そうです」と公に言う必要すらない。
三つのラインが同時に、同じ感覚を、同じ言葉で語り始めた時点で、それはもう成立している。
そして一度成立してしまえば、その後のすべては、より悪い方向へと転がっていく。
群衆は、さらに苛烈になる。
メディアは、さらに正確になる。
政府は、さらに焦る。
焦った人間ほど、次の一撃を打ちやすくする行動を取る。
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俺はモローの「フロントの手続きまでバックルームの取引みたいにするな」という一文が画面に焼きついたのを見て、危うく本当に笑い出すところだった。
世の中、そう努力する必要はない時もある。
ドアを少し開けておけば、暗闇を怖がるやつらの方から、いちばん言ってはいけない言葉を先に外へ投げ出してくれる。
山口がその部分を切り出し、もう一度再生してみせる。
林 雨瞳が横で立ったまま、小さく言った。
「この一言が出た時点で、外務省は明日、死人が出るわね」
俺は頷く。
「しかも、俺が殴り殺した死人じゃない。自分で自分を差し出した死人だ。」
こういう展開のいちばん愉快なところは、そこだ。
誰かの頭を押さえつけて水の中に沈める必要はない。
隣のやつも溺れかけていると教えてやればいい。そうすれば、そいつは自分から隣の肩を踏み台にする。その瞬間、全身の姿勢が、全部、世界に晒される。
デヴォも今ごろ、「問題はどうやって場を収めるかじゃない。中にいる連中が自分を守ろうとして、屋根ごと食い破り始めないようにすることだ」とようやく理解したはずだ。だが、こういうことに今さら気づく時点で、たいてい手遅れだ。
それでも俺は、次の一撃を出さなかった。
今のテンポが、あまりにも美しすぎるからだ。
街頭はすでに、歴史的羞恥の言葉でこの件を語り始めている。
ニュース局は、もはや「有るか無いか」だけでは満足せず、「誰が最初に念を起こしたか」を追っている。
政府の内部では、ついに「責任の押しつけ合い」から「相互証言」へとアップグレードし、本来なら頭の中だけに存在すべきで、マイクの近くには絶対に存在してはならない本音を、うっかり零し始めていた。
今の俺がやるべきことは、加速じゃない。
あいつらに「まだ自力で乗り切れる可能性がある」と思い込ませることだ。
この希望が、いちばん使える。
希望がある人間だけが、必死になる。
必死になる人間だけが、より大きなミスを犯す。
俺は広場に掲げられた「八十年前に死んだやつら、八十年後に山分け」という一文を眺めながら、心の中は実のところ、ひどく静かだった。
怒りがないからじゃない。
火は、いちばん燃え広がりやすい時期をもう過ぎた。
今残っているのは、判断だけだ。
この数日間、フランス政府がやった最も愚かなことは、白房じゃない。俺を、名前もない行政上の空気として軟禁し続けたことでもない。
いちばん愚かだったのは――事態が爆発すると、すでにわかっていながら、一部の人間に「ひと摘まみしてやろう」という念を起こさせてしまったことだ。
残忍でいい。
嘘をついていい。
引き延ばしていい。
だが一度でも、「隠すだけじゃなく、隠しているものの中から何か値打ちのあるものを探ろうとしている」と見られた瞬間、それはもう統治の失敗じゃない。
浅ましい食い意地を晒したということだ。
そして今、俺がいちばん辛抱強く見ていられるのは、その食い意地だ。
食い意地さえ出てしまえば、次の一刀を俺が自分で場所を探す必要はない。
場所の方が、自分で光る。
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一時間前、パリの主語はまだ「白房」だった。
一時間後、白房はまだそこにある。だが、もはや文章の中心ではない。
前置詞になった。
入口になった。
フロントになった。
政府が時間を稼ぎ、言葉を差し替え、分類し、注意を分散させるために使っていた場所になった。
文章の中心を本当に占め始めたのは、別の問いだ。
フランス政府は、一体なぜ、あのようなものに念を起こしたのか?
街頭は、いちばん荒い言葉で問う。
ニュース局は、いちばん正確な言葉で追う。
首相府は、いちばん見苦しいやり方で互いに噛み合いながら、逃げ続ける。
広場では、人数がまだ増えている。
警察は二度目の押し出しをかけなかった。なぜなら彼らでさえ聞こえているからだ。今ここで押し出したら、画面は「帳本について問い詰められながら、帳本を問う人間を棒で追い払う政府」になる。それはあまりにも愚かすぎて、さすがのフランスでも、直接やる度胸はない。
ニュース局では、深夜版がもはや「深夜版」とは呼ばれていない。「緊急増枠版」だ。
ルノーはまだキャスター席に座っている。だがその目はもうキャスターのものではなく、国家の検死を無理やり任された会計士のような目をしていた。
クレールは現場にいる。だが、もう街頭を報告するだけではない。前線に立って、世論全体のために翻訳をしている人間に近い。
編集局長、プロデューサー、評論班、資料班――全員が、今夜はもう眠れないとわかっている。
危機対策室では、デヴォがすでに第三版の声明文の準備を始めていた。
まだ何とかなると思っているからじゃない。
どれだけ死体に近い状態でも、政府はまだ喋れるふりをしなければならないからだ。
ロラン、モロー、ベルナール、そしてビデオ会議の枠の奥に隠れている窓口担当者や顧問たち。今ごろ全員が、同じことをしているはずだ。
自分がいつ何を見たか、何を言ったか、誰が覚えているか、誰が録音しているか、誰が先に自分を売りに行くかを、頭の中で洗い直している。
そして俺は窓際に座って、この街全体がようやく「あいつらは何をしたか」から「あいつらはなぜそうしたか」へと動き始めるのを、眺めていた。
爆発じゃない。
一台の国家機械が、ついにすべての人間から同時に見られた。原来こいつには、胃袋があったんだと。
そして胃袋を持つ機械は、腹が減り過ぎた時、自分で自分を解体し始める。
だから最初の一時間が終わっても、俺は二枚目を出さなかった。
ただスマートフォンを伏せて、山口にこう言った。
「まだ押さなくていい。あいつら自身が、下に落ちていく」
山口が笑った。
林 雨瞳は笑わなかった。この一言の意味が、「楽になった」じゃないとわかっているから。
これからの方が、もっと見苦しくなる、という意味だと。
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窓の外で、パリの灯りはまだ点いている。
街頭では、まだ声が上がっている。
ニュース局では、まだ追い続けている。
首相府では、まだ声明文を書き直している。
だが本当のことは、もうはっきりしている。
白房は、入口に過ぎない。
帳本こそが、その奥にある棺桶だ。
そして今、共和国全体が、その棺桶の匂いを嗅ぎ始めている。
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