表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/66

S2第四十三章 青森轉運站――官僚の分類

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

外よりは温かい。だが、決して「心地よい」なんて代物じゃない。

心がほぐれるような温もりではなく、暖気がこもり、ドアの開閉が繰り返されたせいで、空間全体がカラカラに乾いてひどく蒸れ返っている。空気の中には消毒液と古いカーペット、紙コップ、そして安物のインスタントコーヒーの匂いが混じり合っていた。壁は薄いベージュ色で、蛍光灯に照らされて白々しく光っている。隅には数脚のプラスチック椅子と長机、給湯器、それに通知がびっしり貼られた掲示板。

すべてがありふれていた。ありふれすぎていて、一歩踏み込んだだけで理解できる。ここは人を「もてなす」場所ではなく、一時的に「置いておく」ための場所だ。

俺たちの背後でドアが閉まると、外の風の音は即座に半分に遮断された。

そのせいで、静寂がいっそう際立つ。

案内してきた若い窓口担当はドアの脇に立ち、手元の時計に目を落とすと、平坦な声で言った。

「皆様、こちらでお待ちください。後ほど確認に伺います」

それだけ言うと、彼は「お疲れ様」の一言もなく退室した。

老高ラオガオがそのドアを一瞥し、口角をわずかに引き攣らせる。

「効率がいいこった」

俺は答えず、バッグを壁際に置いて椅子に腰を下ろした。プラスチックの椅子は硬く、座るたびに不快な摩擦音を立てる。まるでこれは「休息」ではなく「安置」なのだと突きつけてくるようだ。右手の薬指にまとわりつく冷たさは消えず、室内に入ってからむしろ明瞭になった。ここが冷えているからじゃない。ここが清潔きれいすぎて、こゆきの放つ異質な冷気がより際立って感じられるんだ。

彼女は、まだ何も語らない。

ユートンは俺の斜め向かいに座った。椅子の安定度を指先で確かめてから腰を下ろす。彼女は視線を給湯器の方へわずかに向けたが、眼鏡を外すことも、水を欲しがる素振りも見せない。こういう場所には、彼女は誰よりも慣れている。別に何度も来たことがあるわけじゃない。ただ、彼女は知っているのだ。「自分で水を汲みに行け」と言わんばかりの場所では、まだ自分たちの発言権が回ってきていないということを。

シキはすぐには座らなかった。

彼女はまず部屋を半周し、窓、ドア、廊下の突き当たりの角、そして天井の隅にある監視カメラまでを視線でなぞった。それからようやく、壁を背にしてドアが見える位置を選んで座る。それでも背中を完全には預けない。ただ「体をそこに置いた」だけで、骨格までは預けていないような座り方だ。

アストリッドは傘を脚の横に立てかけ、背筋を伸ばして座っていた。掲示板と給湯器、ドアノブを順に眺めるその様子は、すでにこの臨時待機室の階級と用途を算出し終えたかのようだ。

対照的に、イェ・キアンは懸命に「公務で来た人間」らしく振る舞おうとしていた。バッグを整え、上着の皺を伸ばして座る。両手は膝の上。行儀はいい。だが、この場所で「行儀の良さ」は何の加点にもならない。それはただ、自分という「貨物」を丁寧に梱包して差し出しているように見えるだけだ。

最後に座ったのは、神代弥生じんだい やよいだった。

彼女が選んだのは、俺から遠すぎず近すぎない場所。寄り添うわけでも、かといって「あちら側」だと区別されるわけでもない絶妙な位置だ。座った後、彼女はスマホを膝に置いた。画面を見るわけでも、口を開くわけでもない。さっきの受付での冷遇など、まるでなかったかのように振る舞っている。

だが、俺にはわかる。そんなものは、彼女のような人間にとってこそ深く突き刺さるのだ。ルールを理解し、空気が読めるからこそ、何事もなかったフリをすることすら苦痛になる。

ラオガオは座らなかった。

まず給湯器へ歩み寄り、紙コップに半分ほどお湯を注ぐ。匂いを嗅ぎ、そして置いた。それから自分の当直室を巡回するように、ゆっくりと部屋全体をスキャンしていく。ドアの隙間、窓の鍵、監視カメラ、テーブルの上の古い新聞、ゴミ箱、そして誰も読みやしない掲示板の整然とした通知。一通り見終えてから、彼はドアの横に椅子を引きずっていき、そこに腰を下ろした。

休息ではない。場所の確保ポジショニングだ。

「臨時安置所だな」と、彼は言った。

「最初からそのつもりでしょう」

ユートンが淡々と返す。ラオガオは目を上げ、そんな分かりきったことを争うのも面倒だという風に、さっきの白湯を一口すすって眉をひそめた。

「水までプラスチックの匂いがしやがる」

「それは、ここに長居させるつもりがないという印よ」と、アストリッド。

「あるいは、長くいたところで重要じゃないってことかもね」

シキが最後の一撃を添えた。

その三言が落ちると、部屋は再び沈黙に支配された。

誰も言葉を継ごうとしない。継ぐ必要もない。

廊下を時折、誰かが通り過ぎる。規律正しい、速すぎず遅すぎない足音。ドアの外で低い話し声が聞こえるが、内容は判然としない。この施設は、本当の「事務」が行われている部分を壁一枚向こう側に隠し、俺たちをただここに座らせて、誰かが「順番だ」と決めるのを待たせている。

俺は壁の時計を見上げた。

早すぎることもないが、遅すぎることもない。この「どっちつかず」な時間が一番苛つく。時間に文句を言うことすらできない。フローが滞っているのは夜遅いからでも人手が足りないからでもない。ただ単に、俺たちが今「処理待ち」の欄に並んでいるから、というだけだ。

俺は膝に肘をつき、向かいの弥生に視線を落とした。

彼女は、静かに座っている。

静かすぎるほどに。

「……大丈夫か?」俺は訊いた。

神代弥生じんだい やよいが顔を上げ、俺を見る。

「平気ですよ、ジョウさん」

即答だった。まるであらかじめ唇の裏に用意されていたかのような、あまりに速すぎる回答。

俺は視線を逸らさずに彼女を見つめた。

「あのリスト(表)、あんな書き方じゃなかっただろ」

ユートンは動かない。聞いていないフリをしている。

シキは隠しもせず、視線をこちらへ向けた。

アストリッドも口を挟まず、ただ静かに座っている。

こういう時、この連中は実に「話が早い」。誰も弥生が脆いなんて思っちゃいない。ただ、彼女が先に「ハメられた」ことを理解しているだけだ。だから安っぽい慰めも、見え透いた黙殺も必要ない。ただ、彼女が話す気があるかどうかだ。

弥生は二秒ほど沈黙した。

膝の上のスマホに視線を落としたが、指一本触れようとはしない。

「……本来のカテゴリーではありませんでした」

彼女の声は平坦だった。さっきよりも、さらに。

「だろうな」と、俺。「問題は、どのカテゴリーに放り込まれたかだ」

彼女はすぐには答えなかった。

ドアの傍に座るラオガオは、紙コップの中の白湯を見つめたまま動かない。だが、その耳がこちら側の言葉を一つ残らず拾っているのは明白だ。

やがて、弥生が口を開いた。

「通常のプロトコルなら、私は『霊務随行員』に分類されるはずです。たとえ資格の再確認が必要だとしても、オペレーション(作業)の枠組みから外されることはあり得ません」

「今は?」

「……現在は、『臨時付随対象』扱いのようです」

その言葉が落ちた瞬間、部屋の空気がわずかに凍りついた。

難しい専門用語じゃない。だが、これほど不快な言葉もそうそうない。侮辱的な罵倒よりも、こういう「位置を一段下げられ、なおかつその場で反論しにくい事務用語」の方がよほど神経を逆なでする。

付随対象。

執行ユニットではない。

作業員でもない。

対等な階層でもない。

ただ「物品」と一緒に運び込まれ、後でついでに確認されるだけの「おまけ」だ。

ラオガオが紙コップを机に置いた。コン、と軽いプラスチックの音が響く。

「こいつは『接待』じゃねえな」

誰も答えない。

彼は目を上げ、全員をゆっくりと見渡してから、最後に俺を見た。

「こいつは『納品』だ」

反論する奴はいなかった。

その言葉があまりに的確すぎて、ぐうの音も出ないからだ。

俺は椅子の背もたれに体を預け、黙り込んだ。道中ずっと感じていた違和感が、ようやくこの場所で形を成した。先導車による誘導、窓口での引き渡し、名簿による点呼、カテゴリー分け、そして待機室への放置。

この一連の流れは、俺たちを快適にするためじゃない。俺たちを「システム」に登録するためだ。一度中に入れば、あとは連中がゆっくりと「どのゴミ箱に分類するか」を決めるだけだ。

「周さん」

弥生が再び俺を呼んだ。

「……なんだ」

「今は、私のために争わないでください。……少なくとも、この青森では」

俺は彼女を睨むように見た。「俺が暴走するとでも?」

「……あなたに『不利益な記録』が残るのを避けたいのです」

彼女のトーンは変わらない。

だが、俺にはわかった。彼女は単に手続きの話をしているんじゃない。彼女は自分にとって最も馴染みのあるやり方で、自分を後回しにし、俺が踏み込もうとしている「泥沼」の縁で俺を引き止めているのだ。こういう手合いは本当に厄介だ。普段は融通の利かない板切れのくせに、こういう時だけは誰よりも先に盾になろうとする。

「青森は『決定』を下す場所ではありません」と弥生。「ここの窓口に最終的な権限がない以上、ここでのいかなる抗議も、単なる『付記』として記録されるだけです」

「そして、次のステーション(送り先)まで付いて回る、か」

ユートンが淡々と補足した。

「……その通りです」

弥生は否定しなかった。

シキが椅子の背にもたれ、白っぽく摩耗したドアノブを凝視しながら低く呟く。

「山で獲物を捕まえたら、まずは仮の札をぶら下げて、どの檻に放り込むか決めるまで待たせる。……街の中でも、やることは変わらないんだな」

「似たようなもんだ」とラオガオ。「ただ、街の中じゃハンコをいくつか余計に押されるだけだ」

ずっと黙っていたリン・シャオウェイが、耐えきれなくなったように小さな声を漏らした。

「……でも、そんなの、不合理じゃないですか?」

その声はあまりに弱々しく、自分でもその問いに意味がないと分かっているようだった。

ラオガオが、彼女を冷めた目で見やった。

合理ごうり的?」と、ラオガオが言った。「お前、連中が今さら理屈で動いてるとでも思ってるのか?」

リン・シャオウェイは唇を噛み、黙り込んだ。

彼はそれ以上、彼女を追い詰めなかった。怒っているわけじゃない。ただ現実を突きつけただけだ。こういう場所で一番危ういのは、「不合理だ」という正論を唯一の武器だと思い込むことだ。それが間違いだとは言わないが、あまりに遅すぎる。不合理さに気づいた頃には、書類の半分はもう埋められているのが常だ。

外からドアを叩く音が響いた。

重みのない、二回だけのノック。中にいる人間がまだ「死んでいないか」を確認するような響きだ。

ドアがわずかに開き、さっきの窓口担当が顔を覗かせた。

「……後ほど、人員の確認と一時宿泊に関する説明を行います。各自、ここを離れないように」

言い捨てて、彼はまたドアを閉めた。

相変わらず、事務的な一言すら足りない。

「言い草までテンプレ通りね」アストリッドが淡々と零す。「まずは確認、その後に説明。いつだって確認が先なのよ」

「自分たちが何者カテゴリーなのか、俺たちが自覚しちまうのが怖いんだろうな」

俺の言葉に、ラオガオが鼻で笑った。

「ほう、少しはマシなことが言えるようになったじゃねえか」

俺は無視した。

左手の指輪が、再び冷えた。

今度はさっきよりも鮮明だ。門外漢による「宿泊の説明」という言葉が落ちた瞬間、こゆきの意識がよりはっきりと覚醒した。彼女は何も言わないが、俺にはわかる。彼女は聞いているのだ。公文書の内容ではなく、部屋に充満していく「飼い慣らされる気配」を。雪女に書類の書き方はわからないが、閉じ込められる「檻」の匂いには敏感だ。

俺は指輪を見つめ、指先をわずかに動かした。

それから顔を上げ、ドアを見据える。

部屋の中では、全員が座っている。

暖気は不快に淀んでいる。

紙コップはテーブルに放置されている。

壁の時計の針だけが、無機質に刻みを刻んでいる。

外では、誰かが淡々と「手順フロー」を回している。

誰も騒がず、誰も乱れない。

だが、確信がある。入り口で名簿にチェックを入れられたあの瞬間から、俺たちは一度バラバラに解体されたのだ。今ここに座っているのは、次の「選別」を待つための残骸に過ぎない。

俺は吐き出し、背もたれに深く体重を預けた。

「……いいぜ。好きに仕分けさせよう。連中の気が済むまでな」

ドアの傍で、ラオガオが指先で紙コップを叩いた。

「どのみち、時間の問題だ」

弥生は二度と口を開かなかった。

ただ両手を膝の上で重ね、さらに背筋を正す。彼女の名前の横に書き込まれた「誤った一筆」を、そのまま自分の骨の奥へと整然と仕舞い込むかのように。

その忍耐は、テーブルをひっくり返して暴れるよりも、ずっと硬質で、残酷な意志を感じさせた。

見れば見るほど、理解してしまう。

青森という場所は、人を留めるための場所じゃない。

人を並べ替え、さらに深い「奥底」へと送り出すためのベルトコンベアだ。

そして弥生こそが、最初に「弾かれた」検品不良品エラーだった。


ドアが閉まった後、部屋には五分近くも沈黙が居座り続けた。

誰も話さず、誰も動かない。壁の時計が時を刻み、暖房が乾いた風を吐き出し、紙コップの中の熱はとうに消え失せた。この臨時待機室全体が、誰かに「一時停止」のボタンを押されたかのようだった。

話すことがなくなったからじゃない。話すべきことはすべて、先ほど語り尽くされたからだ。書類はめくられ、カテゴリーは決まり、名前はシステムに書き込まれた。あとは、いつ自分たちの番が来るのかを待つだけだ。

ユートンは背もたれに寄りかかり、微睡むように頭を傾けている。

シキは相変わらずドアを凝視し、アストリッドは最悪な会議の終わりを待つ役員のように背を伸ばしている。シャオウェイは膝の上の手を、さっきよりもいっそう強く握りしめていた。

俺の右前方に座る弥生だけが、異様なほどまっすぐに背筋を伸ばしていた。

その背中には、彼女の名前に刻印された「分類カテゴリー」という名の呪いが、今もなお骨を軋ませながら沈殿し続けているように見えた。

俺は視線を落とし、右手を見つめた。

指輪の冷気は薄く、まるで溶け残った霜の輪のように指にまとわりついている。

こゆきはそこにいる。

彼女はまだ何も語らない。だが、俺にはわかる。彼女はこの部屋に充満していく、あの「飼い慣らされる」ような重苦しい空気を聞いているのだ。北へ向かう前に、俺たちの居場所はすでに書類上で確定フィックスされている。その事実は、どんな雪よりも冷酷に身に染みた。

ドアの向こうから再び足音。

今度は一つじゃない。

短い沈黙の後、ドアノブが回された。例の若い窓口担当が顔を覗かせる。声のトーンは相変わらずだ。平坦で、短く、余計な一言を添えるのが「越権行為」だとでも恐れているかのようだ。

「……移動をお願いします」

言い終えると、彼は一歩横に退き、出口を開けた。

ラオガオが真っ先に立ち上がる。どこへ行くのかも訊かず、ただ紙コップをゴミ箱に放り捨てると、俺たちを振り返った。

「行くぞ」

俺たちも後に続く。

プラスチックの椅子が押し戻される乾いた音が、静まり返った室内に響いた。バッグを担ぎ、上着を整え、傘を手に取る。一つ一つの動作は小さいが、俺にはわかった。あの「待ち時間」は、ただの空白じゃなかった。ここに入ってきた時、俺たちは「置かれた人間」だったが、今立ち上がった俺たちは、すでに整理され、次の場所へ送られるのを待つだけの「物品」に成り下がっていた。

廊下は、待機室よりもいっそう明るかった。

役所特有の無機質な白い光が、掃除したてのような床を照らし出し、壁には表情の一切が欠落している。すれ違う制服姿の職員たちは、俺たちを見るとただ一歩横に避けるだけだ。目を合わせることも、問いかけることもない。彼らは俺たちを「客」だとは思っていない。だから、好奇心を持つ必要すらないのだ。

案内役は歩みを緩めず、かといって東奔西走する余裕も与えない。

廊下を抜け、二つの角を曲がり、短い階段を一段下りる。そして、一廊下の側面に位置するドアの前で足を止めた。ドアの向こうからは、風の音が聞こえる。さっきの駐車場よりも空気が空虚で、海の匂いが近い。

ドアが開いた瞬間、暴力的な冷気が室内に流れ込んできた。

俺は思わず目を細める。

そこは正門側ではなく、建物の裏側にある「整備区域デポ」だった。地面には整然と駐車線が引かれ、数台の公務車が並んでいる。遠くには鉄網、街灯、灰色の雪が積もった空き地。そのさらに向こうから、湿った潮の香りが吹き付けてくる。海は見えないが、その存在は匂いでわかる。風が空地を削るように吹き抜け、顔の皮膚を強張らせた。

橋本ハシモトは、すでに外で待っていた。

一台の車の傍らに立ち、手には茶封筒クラフトエンベロープを携えている。鋼鉄班スティール・セクションの連中がその周囲に散っていた。近すぎず、遠すぎず。それは、ルートの外側に張り巡らされた「殻」のようだった。保護か、それとも護送か。この期に及んでは、どちらでも大差ない。

橋本は俺たちが現れると、短く頷いただけだった。

「北上車列の編成は終わった。ここから直ちに出発する」

挨拶も、前置きもない。

青森という場所は、最初から最後まで、人をとどまらせるつもりなど毛頭なかったらしい。

ラオガオが俺の隣に歩み寄り、前方の車列を冷めた目で見やった。

「……一息つく暇もなしか」

「ここは最初から、サービスエリア(休憩所)じゃないんだよ」と俺。

ラオガオは鼻を鳴らした。同意の印だ。

橋本が歩み寄り、持っていた封筒を俺に差し出した。

「これは、北上後の『一時宿泊書類』だ」と彼は言った。「宿舎エリアの名義、行動制限事項、連絡窓口、および基本的な注意事項が含まれている。到着後、現地の担当者に直接引き渡せ」

俺はそれを受け取った。封筒は決して厚くはないが、手に持つと妙に「実」が詰まっているように感じられた。

資料が重いからじゃない。

「すでにすべてが決定されている」という事実の重みが、そこにはあった。

俺は袋の口から覗く一ページ目に目を落とした。最上部には事務的なヘッダーがあり、その下には無機質な文字が並んでいる。

『臨時協力員宿舎・入居手配書』

対象:主体協力対象および随行員

活動範囲:宿泊エリア、指定連絡動線、承認済み作業区域

夜間管理:駐屯地規定に準ずる

……驚くような内容は何一つない。

だが、こういう書類の最も忌々しい点はそこだ。内容が正常まともであればあるほど、その後の展開が「規定通り」に縛られることを予感させる。

真壁宗一郎マカベ・ソウイチロウ

俺は封筒を見つめたまま、その名を口にした。橋本が頷く。

「……以降は彼が引き継ぐ」

「あんたは付いてこないのか?」

「駐屯地のゲートまでだ」

橋本の声は平坦だった。まるでそれが世界のことわりだと言わんばかりに。だが、俺にはわかる。彼はここまで俺たちを「運んできた」だけで、その役割はここで終わるのだ。青森はただの中継地点ハブ、彼はただの配送人。荷物が届けば、あとは手を引くだけだ。

傍らに立つラオガオが、火のついていない煙草を咥えたまま、ふと訊ねた。

「あんたらのやり方は、いつもこうやって人を『回収』するのか?」

橋本はその問いに、すぐには答えなかった。

二人の間を潮風が吹き抜け、上着の裾を無造作に跳ね上げる。

「……普段は、これほど大人数を一度に上げることはない」

しばらくして、橋本が答えた。

ラオガオが皮肉げに頷く。

「そりゃどうも。今日は特別扱いってわけか」

橋本は返さなかった。

返す必要もない。彼とラオガオの適切な距離感は、最初からこれだ。互いの言わんとすることは理解するが、一歩も踏み込ませない。

案内役の若い窓口担当が、別の薄っぺらなリストを差し出してきた。

「移動順序の確認をお願いします」

橋本がそれを受け取り、一瞥して読み上げる。

「前車変更なし。本車が先行、ハイエースが後続だ。道中の隊列離脱、および停車箇所の変更は認めない。到着後は宿舎窓口の指示に従い降車すること」

読み終えると、彼はリストを返却した。

……これで「引き継ぎ」は完了らしい。

俺は手元の封筒をもう一度めくってみた。二ページ目には簡素な宿舎の注意事項。点呼の時間、無断外出の禁止、夜間の放送と集合手順――どれも規律ある組織ならどこにでもあるような言葉だ。

だが、その数行を眺めていると、胃のあたりに不快な感触が這い上がってくる。

不自然だからじゃない。

あまりに「出来上がっている」からだ。

目的地に着く前に、ルールが先に到着している。俺たちが道を走っている間に、名前と動線はすでに他人の手でチェス盤の上に配置されているのだ。

ジョウさん」

背後で弥生が声をかけた。振り返ると、彼女は俺の手元を静かに見つめていた。

「……今は、しまってください。着いてから確認すればいいことです」

俺は彼女を一瞥した。他人の前で、あの屈辱的な「分類」を再確認したくないのか、なんて訊くのは野暮だ。彼女は当然、読みたくないはずだ。特にあの『分類表』の後では、一行のルールを読むたびに、自分が「特殊随行保護対象」という名の檻に押し込められていくような気がするだろう。

俺は封筒をバッグに突っ込んだ。

「……わかってる」

橋本が後方のハイエースに目をやり、それから俺に向き直った。

「最後にもう一点」

俺は言葉を待つ。

「到着後、宿舎の割り当てに変更が生じる場合があるが、その際は現地の担当者の説明に従え。青森の書類はあくまで『入場』を保証するものに過ぎない。中に入った後のことは、ここの管轄外だ」

あまりにストレートな物言いだった。

忠告のようでもあり、責任転嫁のようでもある。

「入れる」ことは約束する。だが、入った後にどう「仕分け」されるかは知ったことではない。

ラオガオが低く笑い声を漏らした。

「綺麗だな。……ご丁寧な予防接種いいわけまでセットかよ」

橋本は彼を無視し、最後の一言を放った。

「……上に行ったら、『余計なことはせず、見ていろ』」

俺は彼を見据えた。

「それは忠告か?」

「プロトコル外の独り言だ」

そう言い捨てると、橋本はそれ以上語ろうとはしなかった。

それでいい。

橋本という男は、これ以上半歩でも踏み込めば、「向こう側」の境界線を越えてしまうのだから。

橋本の引き際は、最後まで完璧だった。

風がいっそう強さを増す。空き地の隅に立つフラッグポールの旗が、悲鳴のような音を立ててはためき、遠くでドアの閉まる音が響いた。鋼鐵班スティール・セクションの連中はすでに各自の持ち場に戻っている。橋本の一言さえあれば、この車列は即座に再起動するだろう。

青森という場所が最期に残した印象は、徹頭徹尾、一貫していた。「留めず、遅らせず、演じず」。来た者を整理し、梱包し、送り出す。ただそれだけだ。

背後でリン・シャオウェイが、消え入るような声で零した。

「……それじゃ、青森は……これで終わりなんですか?」

誰もすぐには答えなかった。

沈黙を破ったのは、俺だ。

「ああ」

前方の先導車、俺たちの後ろに控えるハイエース、そしてバッグの中に収めた「宿舎入居書類」を順に眺め、俺はゆっくりと後半分を付け加えた。

「ここから先は、もう青森じゃない」

ラオガオは火のついていない煙草をポケットにねじ込み、ハイエースへと歩き出した。

「乗れよ」と彼は言った。「ここから先は、ここの役人の管轄外だ」

俺たちは動き出す。

鋼鉄班が先導車に乗り込む。橋本は最後の一人が乗り込むのを確認してから、こちらを一度だけ振り返った。感情の確認でもなければ、別れの挨拶でもない。ただ「荷物」が揃っているか、車列が完全か、この「資材」を予定通りに送り届けられるかをチェックしただけだ。確認を終えると、彼はそのまま運転席へと消えた。

ハイエースのサイドドアをラオガオが引くと、中には山を下りてきた時のままの匂いが淀んでいた。暖房の熱、布シート、安いコーヒー、それに煙草の残り香。すべてがそこにある。だが、乗り込む時の感覚は、さっきまでとは決定的に違っていた。

山を下りた時は、「銀山」を離れるための移動だった。

だが今は、「大湊おおみなと」へ向かうための輸送だ。

地名の違いじゃない。

性質の違いだ。

乗り込む直前、右手の指輪がまた冷えた。

これまでになく、鮮明な冷気。

こゆきも理解しているのだろう。青森という一歩を越えた先にあるのは、もはや「道」ではない。それは規律であり、宿舎であり、点呼であり、夜中に生存確認のためにドアを叩く何者かの気配だ。

俺はその感覚を口には出さず、助手席に深く腰を下ろしてドアを閉めた。

車内はすぐに静まり返った。

ラオガオがエンジンをかける。前車のテールランプが点灯した。フロントガラス越しに見る青森という街は、灰白色で、実用的で、表情の一切を削ぎ落としたまま、その役割を終えようとしていた。この街は誰かに記憶される必要も、好かれる必要もない。ただ「受け取り、転送する」ことだけに特化した胃袋のような場所だ。

前車が滑り出す。

ハイエースがそれに続く。

背もたれに体を預け、視界の真ん中に居座る二つの赤い尾灯を眺めていると、ようやく事の核心が腑に落ちた。

銀山は、ただの停留所だった。

青森は、ただの引き継ぎ所だ。

そして「大湊」は、決して次の目的地などではない。

あそこにあるのは、次の「ルール」そのものだ。

車列は整備区域を抜け、再び北へと続く国道に合流した。

俺は右手を膝に置き、指先でリングの表面をなぞった。もう、下は見ない。

「……行こうぜ」

誰も答えない。

だが、車はすでに前へと進んでいた。


「とても面白い」★四つか五つを押してね!


「普通かなぁ?」★三つを押してね!


「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ