174.蟻と砂糖 3
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
この夜のパリで、最初にほころびが見えたのは、ドアではなかった。
言い回しだった。
ドアは相変わらず同じドアで、白く、汚れていない。決して自ら手を汚さず、犯罪に言い方を与えるだけの国家のように。廊下もやはり同じ廊下だ。長く、明るく、静かで、両側の壁は消毒された良心のように白い。そこを歩くと、靴音は半分ほど吸い込まれる。まるで共和国が、反響音にさえ事前審査をかけ、耳障りではないバージョンに統一しているかのようだ。
クレールは廊下の突き当たりに立っていた。片手にペン、もう一方の手にはスマートフォン。近すぎず、遠すぎず。これは記者として身に染みついた立ち位置だ。必ずしも真っ先に飛び込むわけではないが、誰かが嘘をつき始める位置をちょうど見通せる場所にはいる。
最初は、違和感だけだった。
今は、その違和感に形がつき始めていた。
当初の説明は、こんな話だった。
会談は中止、手続きは調整中。関係者の保護と後続の安全調整のため、接触はより適切な形式へ移行する――。いかにもフランス的な文句だ。意味はたくさんあるが、責任はほとんどない。気まずい事故に、見栄えのいいテーブルクロスをかけてやろうとしているような言葉だった。
だが今夜、彼女はすでに第二の言い方を耳にしていた。
「より適切な形式」ではなく、
「一人ずつ連れて行く」。
さらに少し前には、別方向から第三の言い方も拾っている。
「保護」ではなく、
「個別接触」。
そして、「個別接触」という言葉が国家の口から出たとき、それはだいたい「自発的協力」と同じ棚に並ぶ。文明社会における最もありふれた修辞犯罪の一種だ。文法上は問題なく、聞こえも穏当で、姿勢も端正だ。だが一度、間違った場面に置かれると、消毒液でも誤魔化しきれない支配欲の匂いを放ち始める。
クレールは目を上げ、廊下の向こうを見た。
そこを、ちょうど二人が通り過ぎていった。男女一人ずつ。どちらも典型的なフランスの公式顔で、特徴が薄い。男は四十代前後。スーツに皺はなく、表情に感情はなく、歩くときの肩の位置はぴたりと水平だ。「私は個人的意見を持ちません」という芸を国家認定レベルまで仕上げたような男。女はタブレットを持ち、足取りは終始ぶれない。その安定感は、タブレットに記録されているのは発言内容ではなく、人目に触れてはならない配分表なのではないかと連想させる。
二人はある一枚のドアの中へ消えていった。
ドアはすぐには閉まらなかった。
細い隙間から、彼女は中の人間が立ち上がるのを見た。そして、そのうち一人のフランス側の人間が、ほんのわずかに一歩どくのを見た。大きな動きではない。ただ、ごく短く、不本意な退き方だった。クレールには、それだけで足りた。
中で何があったかが、分かるには十分だったからだ。
彼らが勝ったのではない。
これ以上は踏み込めないと悟ったのだ。
ドアが閉まった後、彼女はスマートフォンのメモを一瞥した。
三行。
現時点で、三つのポイント。
一つ、当初は証言・記録性を持つはずだった接触が、突然中断されたこと。
二つ、後続の対応が、複数同席から一人ずつの処理に変更されたこと。
三つ、フランス側の説明が、「保護」「手続きの調整」「個別接触」という言い回しの間を行き来していること。
どれ一つとして、直接的な有罪判決には足りない。
だが三つを並べると、自分を潔白だと言い張ろうとしている国家の裾が、ドアの隙間に挟まっている図に見えてくる。
クレールはペンをしまい、階の角へと歩いた。
そこには若いリエゾン担当が立っていた。胸章はきっちりつけられ、笑顔の作り方も訓練通りだ。ひと目で、外部からの問いを受けるための人間だと分かる。利点は、余計なことは言わないこと。難点は、余計なことを言わない=ボロを出さないと信じていることだ。
クレールが近づくと、相手はすぐに典型的なフランス式の礼儀正しい表情を整えた。
「マダム」
「一つだけ確認したいことがあるんです」クレールの声は急いておらず、むしろ少し軽かった。雑談のように。「さきほど予定されていた、記録付きの接触手順ですが。今は完全中止なのか、それとも分割して継続なのか、どちらでしょう?」
リエゾン担当は、ほんの僅かに間を置いた。
ごく短く。
だが記者という職業は、その一瞬でメシを食っている。
「関係する対応については、現場での安全上の必要性に応じて、より適切な方式に調整されています」と彼は言った。
クレールはうなずいた。
「つまり、中止ですね?」
男は口元の礼儀正しさを保ったままだった。
「中止ではなく、調整です」
「記録は?」
「状況に応じて、という形になります」
「立会いは?」
「当面は、プレッシャーの低減を優先しています」
クレールは彼を見つめ、小さく笑った。
「つまり、もともとあったものが、今はあるかどうか分からない、ということですね」
男は、その言葉を受けなかった。
受けない、というのもまた、一種の回答だ。
クレールはスマートフォンを少し下げ、職業的な癖で最後の確認をとるように続けた。
「では、こう理解していいですか。最初に予定されていた複数同席の接触は、非公開・非同期・個別の実施に切り替えられた、と」
リエゾン担当は今度、さっきより長く間を置いた。
この一文には、厄介な性質があった――一語も盛ってはいないが、彼が許容したいラインより半歩だけ真実に近い。
結局、彼はこう言うしかなかった。
「現時点では、詳細についてのコメントは差し控えさせていただきます」
クレールはうなずいた。
この一文は、先ほどのどのフレーズよりも実用的だ。
きれいな言葉が「詳細は差し控える」にまで下りてきたとき、それはつまり国家が自分に予防接種を打ち始めた、という意味になる。
彼女はそれ以上追及せず、二歩ほど歩き出してから、ふと思い出したように振り返った。
「そうだ」
リエゾン担当が彼女を見る。
「今回の介入は、安全システムだけですか?」と彼女は尋ねた。
男の目が、ごく僅かに揺れた。
一瞬だけ。
だがクレールには、はっきり見えた。
「必要に応じて、関係各部門が支援に入ります」と彼は言った。
クレールはそれを聞き、心の中で素直にパリに拍手を送った。
関係各部門。
なんて便利な言葉だろう。
この国は、最も汚れた手を、いつも一番ぼかしの効く複数形に洗い上げる才能がある。
彼女は踵を返し、長い廊下をエレベーターの方へ向かった。
歩きながら、頭の中ではすでに文章の構成が始まっていた。
記者は小説家ではない。少なくとも、いい記者はそうだ。真実に脚色を加えるのが仕事ではない。誰かが懸命に余計な場面をカットしている時に、その切り落とされた部分の輪郭を探すのが仕事だ。
そして今、その輪郭はかなりはっきりしていた。
全体像ではない。
だが、メスを入れるには十分だ。
---
下のフロアにある臨時のメディア用ラウンジに戻る頃には、夜はすっかり更けていた。
だが、パリのような場所では、深夜は物事の終わりを意味しない。より高価な嘘が使われ始める時間帯を意味するだけだ。ロビーの照明は金のように柔らかく、ソファは決定は誰も傷つけたことがないとでも言いたげなほど清潔だった。隅に置かれたコーヒーマシンはまだ灯りを点けていて、一杯一杯、上品な苦味の液体を吐き出している。この街が不安と付き合うときのいつもの態度のように。眠れなくていい。ただし、優雅であれ。
クレールは腰を下ろし、録音した公式コメントをもう一度聞き返した。
「手続きの調整」
「より適切な方式」
「個別接触」
「プレッシャーの低減」
「関係各部門の支援」
半分ほど聞いたところで、彼女は思わず小さく笑ってしまった。
要人が一人ずつ白い扉の向こうへ連れて行かれる光景を目の当たりにしていなければ、この一連の説明は高級ホテルのカスタマーサービスが読み上げる台本にしか聞こえなかっただろう。さすがはパリだ。文明社会が編み出した最も神秘的な技芸を心得ている——口封じすら、心遣いに見せかける。
彼女は長い原稿を急いで書こうとはしなかった。
今は長文を投げるタイミングじゃない。
長文には材料が要る。材料には足で稼ぐ時間が要る。だが風向きというものは、完璧である必要はない。最も価値があるのは、誰よりも先に最初の一息を送り込むことだ。
彼女は編集画面を開き、短い速報を一本書いた。
見出しは一行だけ。
「パリ関連接触プロセス、突如個別対応に転換 仏側、記録・立会い体制中止の理由説明せず」
本文はさらに短かった。
数行書いただけ。
当初、多方面による立会いと記録を前提としていた接触手続きが、今夜急遽変更された。仏側は現在「関係者の保護」と「プレッシャーの軽減」を理由に、以降の対応を個別形式で行うとしているが、予定されていた記録体制および立会い形式が維持されるかについては説明を避けている。他のシステムがすでに介入しているかとの問いに対し、窓口担当者は「関係部署が必要に応じて支援を提供する」とのみ回答した。
断罪はしない。
暴露もしない。
自分が確認できる範囲から、一文字たりとも逸脱していない。
それでも一語一句が、フランスの最も痛いところを正確に突いていた。
記事を送信した後、彼女はすぐにページを閉じず、リンクを二つのグループに放り込んだ。
一つは政治・安全保障担当記者が集まるメディアグループ。
もう一つは彼女自身の小さな輪——数人のコメンテーター、外交レトリックを専門に追うフリーライター、それから普段は官庁語を人間の言葉に翻訳することを生業にしている性悪な二人組。
すぐに最初の返信が飛んできた。
「で、結局保護なの?それとも分断尋問?」
二つ目はもっと早かった。
「ただの安全確認なら、なんで元の記録体制を外す必要がある?」
三つ目は、あの外交レトリック専門ライターからだった。
「『関係部署の支援』ってフレーズ、きな臭いね。たいてい安全保障だけじゃない何かが動いてるときに使う表現だ」
クレールはメッセージを眺めながら返信はせず、すっかり冷めたコーヒーを一口飲んだ。
餌は撒いた。
あとは、蟻の仕事だ。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




