↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
590/650

171.チェコの機巧技師 1

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

ドアの外に立っていたのは、やはり先ほどの連中ではなかった。


前の二陣に来たあの白壁官僚たちには、ある種の安定した匂いがあった。人間の自由を細長くスライスして、フランス語でていねいに盛り付けてから、最後に世界中に向かって「これが文明です」と宣言する――そういう類の匂いだ。今回は違う。同じように濃い色のスーツを着ていて、軍服も勲章もなく、記者が一発で見出しにできそうな飾りは何ひとつないくせに、立ち方が硬すぎる。肩のラインがまっすぐすぎて、目つきはやけに寸法でも測っているようで、ノックしに来たというより、検品に来たという感じだった。


いちばん前に立つ男は五十前後、額が広く、鼻梁が高い。髪はきっちりオールバックで、一筋も乱れていない。その笑みの欠片もない端正さは、だいたい二種類の人間にしか宿らない。ひとつは、長年軍隊の中で号令をかけてきた人間。もうひとつは、自分が多少言い間違えても、国家があとで全部帳消しにしてくれると本気で信じている人間。その背後にいる細身の長身男の方は、少しばかり趣きが違った。血の気の薄い顔色に、金属フレームの眼鏡。手には薄いファイル。指先があまりにもきれいで、とても銃に触っているようには見えない。そのかわり、予算やエネルギー、そして一度数字として切り分けられた瞬間に「戦略的な未来」と呼ばれ始める類いのものばかりを扱っていそうだった。傍らには内務治安の随行官が一人、記録兼通訳が一人。


四人、四つの役割。ぴったりと、フランスという国家機械が深夜に出してくる典型的な「おまかせコース」になっていた。


まず軍が「国家」を語り、

次に技術官が「専門」を語り、

それから治安官が「欲望」を「安全」に訳し替え、

最後に記録官が、みっともない部分をすべて来週の省庁横断会議で読み上げられる文章に整える。


綺安イェ・キアンはドア枠にもたれ、二秒ほど彼らを眺めてから、口の端を冷たく引き上げた。


別室から戻ってきたばかりで、肩口にまだ火が残っている。そういう時ほど、彼女はこの手の「商品」を敏感に嗅ぎ分ける。ひと目で分かった。こいつらは人を問いに来たんじゃない、物を問いに来た。一、二巡目までのフランスは、どの女が「書類」に近く、どの女が「事故」に近いかを見極めようとしていた。三巡目にして、ようやくパリは自分たちが本当に欲しがっているものをテーブルの上に載せてきたのだ。


いちばん前の男が口を開く。


「ヴィクトリアさんに、現場の技術的な点について何点かご確認いただきたい」


声の調子は平板で、言葉は短く、余計な飾りがひとつもない。その言い方は、交渉というよりも圧力でもなく、ただ一人の軍人が現場に「次の工程に移行する」と通達しているようだった。


雨瞳リン・ユートンはドアの内側に立ったまま、まぶたひとつ動かさない。


「氏名、所属、正式な権限」


相手は明らかに準備済みで、名乗りも所属も過不足なく言い上げた。フランス陸軍大佐。国防系の「特殊事案連絡線」。その隣の細身の男は国防の技術評価部門所属で、主に事後の能力判定を担当。治安随行官は例によって「省庁横断安全調整」という、人間味はゼロだが責任の押し付けには極めて便利な看板を掲げている。最後の記録兼通訳官は、自分の名前を告げる声が妙に低かった。まるで今夜いちばん大事な仕事が通訳ではなく、他人のやましさに文法を着せてやることだと、最初から承知しているかのように。


林 雨瞳はひと通り聞き終えると、ただ一問だけ投げた。


「これは、取調べ? それとも技術聴取?」


大佐は、ほとんど食い気味に答える。


「事案後の能力整理です」


葉 綺安はその場でふっと笑った。


「フランス人って、他人のエンジンルームを覗き込むだけでも、ちゃんと自分たち用の肩書きを発明してからじゃないと気が済まないのね」


大佐は無視した。今夜ここに来たのは、女優と舌戦を演じるためでも、軍のボキャブラリーが内務系の言葉よりきれいだと証明するためでもない。彼の視線はすぐに、ドア枠に燃えさかる塊を飛び越えて、部屋の中でいちばん静かな人物へと向かう。


ヴィクトリア。


彼女はまだ窓辺に立っていた。一、二巡目の間もほとんど動いていない。まるで自分をいったん絵の外に掛けておき、急いで発言する気も、急いで態度を示す気もないかのように。その静けさはシキとは違う。面倒で口を開かないのではなく、相手はどうせ最終的には自分たちの本音を勝手にしゃべり出す、と知っている静けさだ。だから、無駄な言葉で急かしてやる必要もない。いまこうして、フランスは自分の足でノックし、自らの職業的な貪欲さを差し出してきた。おかげで、待つ手間がずいぶん省けた。


彼女は振り返り、ドア口の四人を見やる。まず大佐を、それから技術評価官を。まるで今夜の尋問に新たな番号を振り直しているかのようだった。


「わたしが断ったら?」と、彼女は問う。


大佐は彼女を見据えたまま、口調を崩さない。


「みっともないやり方は、極力避けたいと思っています」


葉 綺安はドアにもたれたまま、腕を組み上げた。


「あなたたちが今夜ここまでで唯一してないことって、自分で鏡を見ることくらいよね」


かなりストレートな一撃だったが、それで場が崩れることはなかった。今夜フランスが何よりも維持したがっているのは、尊厳ではないということを、大佐も分かっているからだ。守るべきは外観だ。外観さえ保てていれば――強引な連行は「保護措置」に言い換えられ、技術の物色は「能力整理」に化け、先回りの囲い込みは「国家的責務」と呼び直せる。


ヴィクトリアは二秒ほど黙り、それからもう一つだけ訊いた。


「場所は?」


「同じフロアです」


「録音は?」


「ある」


「録画は?」


そこだけ、大佐の返答が一拍遅れた。


「必要に応じて」


葉 綺安はその一言を聞いた途端、冷笑をさらに深くした。


「さすがフランス陸軍、人の踏み線を試す時ですら、お湯加減を確かめるみたいにやるのね」


だがヴィクトリアは、ただ小さくうなずいただけだった。


「いいわ」


あまりにもあっさりした承諾だったので、ドア口の面々の方がかえって一瞬、動きを止めてしまった。


林 雨瞳には、その一瞬の静止が安堵ではなく、疑念から来ていることが即座に分かった。一、二巡目で、フランスはもう見ている。希がどうやって言葉で手続きを凍らせ、白いドアの内側にかけられた話術を一本一本ばらしていったか。葉 綺安がどうやって、隣室の空気を一瞬で「現代国家らしくない何か」に変えてみせたか。そして今度はヴィクトリアの番。彼女がこれほどあっさり承諾したのは、むしろ一種の技術的な自信に見えた。


彼女は、問い詰められに行くのではない。

どちらかと言えば――今夜のフランスが、自分たちをどこまで愚かに報告書へ書き込めるかを見物しに行くのだ。


林 雨瞳は彼女を見つめ、ゆっくりとした声で言う。


「覚えておいて。技術の話を始めたからって、正直になったとは限らない」


ヴィクトリアはうなずく。


「ただ、焦ってるってことだけは確かね」


レイチェルは外側の椅子に座っていて、このタイミングで口を開いた。声はひどく小さく、ほとんど息の音のようだ。


「もし今夜、あの人たちがシュトゥルムシュライターと圧縮エーテルの名前を、はっきり口に出したとしたら」彼女は短い言葉を紡ぐ。「それは内部の誰かが、あれを『事故』じゃなくて『チャンス』だともう決めてるって意味」


ヴィクトリアはちらりと彼女を見て、その表情は淡々としていた。


「人間の国家ってね、『チャンス』って言葉を一度口にしたら、次の段階はたいてい慎重なんかじゃないの。だいたい、山分けの話から始まる」


エリザヴェータは元の席に座ったまま、手にしたブラックコーヒーのカップをまだ半分ほど残していたが、ここでようやく、それなりに愉快そうな笑みを浮かべた。


「行ってくるがよい」妾は言う。「パリに刻んでやるがよい。技術というものは遺産とは違う。先に現場へ駆けつけた者が、好き勝手に持ち帰ってよい性質のものではないとな」


ヴィクトリアはそれ以上何も言わず、ただドアの外の一団の後について部屋を出た。

「とても面白い」★四つか五つを押してね!


「普通かなぁ?」★三つを押してね!


「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。