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94.挫折 94-2

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

その一言で俺は初めて理解した。彼女がさっき鐘楼の底で、なぜあれほど容赦なく導拍線(どうはくせん)を断ち切ろうとしたのかを。


「あんたは、連中が私たちを標記しようとしていると思ってる」彼女は言った。


彼女は静かに息を吸い込み、目が冷たく光った。


「違う」


「連中が標記しているのは——この街の中で、まだ私たちのために扉を開けてくれる場所が、どこに残っているか、よ」


時計塔を離れた後、プラハの夜は雨水に浸され、誰かが火で軽く炙った古紙のようだった。縁は硬く反り返り、中央はまだ湿っている。石畳が昼間に溜め込んだ湿気を一寸ずつ吐き返し、街角のガス灯は油汚れに覆われた眼のように、薄汚く光っていた。街の古いもの——井戸口、吊り鐘、アーチ橋、釣り合い錘付きの扉、壁の中でどこへ通じているかわからない銅管——どれもまだそこにあった。だが今この瞬間に見渡すと、もはや建築物ではない。まだ呼吸している何かの骨格に見えた。


俺たちは振り返らなかった。


時計塔の下でのあの待ち伏せの後、振り返るのは敵のために道を舗装してやるのと同じだ。その理屈が頭の中でゆっくり固まったのは、あの街区を完全に抜け出してからだった。


エリザヴェータが途中で二度立ち止まり、懐中時計を確認した。時刻を見ていたのではない、リズムを測っていた。一度目は街角で、二度目は橋の影の下で。彼女が止まる場所には、鐘も井戸も目立った古鉄の部品もなく、扉枠でさえ露出した蝶番のあるものは避けていた。三度目にようやく顔を上げて俺を見た。声は平坦で、とうに俺が出すべきだった命令を確認するような調子だった。


「連絡してよろしい頃合いかと」


俺は頷き、まず葉綺安(イエ・チーアン)に電話した。


繋がるのは早かった。向こうは風の音が混じり、車輪が石畳を転がる音も聞こえた。「もしもし」の一言もなく、いきなり飛んできた。


「自分に外回りの人間がいたこと、やっと思い出した?」


「ふざけてる場合じゃない、聞け」俺は声を落とし、歩きながら前方の濡れて黒い路地の入口を確認した。「すぐ撤退。ホテルには戻るな、旧市街の定点にも近づくな、鐘・井戸・橋は全部避けろ。いつもの近道も使うな。新市街へ行け、ヴルタヴァ川の北側に最近できた高級ホテル——ヴルタヴァ・クラウン、いや、名前は覚えなくていい。ガラス張りの外壁と正面玄関の白い石柱が二列並んでるやつを探せ」


半拍、沈黙があった。葉綺安はふだん口が速い。だが軽重の判断ができない女じゃない。彼女が黙ったとき、俺の声の質を読んでいるとわかった。


「そんなに深刻なの?」


「お前が思ってるより深刻だ」俺は言った。「場所を変えるだけじゃない、盤面ごと変える。今この瞬間から、旧市街は道じゃなく網だ」


彼女は息を吸った。何か聞こうとして、結局こう聞いた。


林雨瞳(リン・ユートン)(シキ)への連絡はそっちでやる? それとも私が連れて行く?」


「林雨瞳はお前が連れて行け。希は俺が電話する。並んで歩くな、同じ扉から同時に入るな。二ブロックごとに位置をずらせ、歩幅を測られるな」


「歩幅を測る?」冷たく笑う声がした。「そっちはいったい何の化け物をつついたの?」


俺は前を歩くヴィクトリアを一瞥した。


彼女は振り返らなかった。ただ濡れた外套の襟を少し引き上げた。まるで俺が何を言ったか、もう聞こえていたかのように。


「後で話す」俺は言った。「今は撤退だ」


電話を切って、すぐ希に掛けた。


こちらは葉綺安より静かだった。静かすぎるくらいで、かすかな風の音と、布が木の面を擦るような衣擦れしか聞こえなかった。繋がった瞬間、向こうから先に声が来た。


「カビが生えそうなあのホテルを出る気になったの、やっと?」


「今どこにいる」


「窓際」


「窓から離れろ」


「……わかった」妙なくらい素直で、すぐに足音が二歩、奥へ引いた。「どう撤退する?」


「新市街へ。ガラス張りの高級ホテルだ。古い路面電車には乗るな、鐘楼のある広場は通るな、古建築の底層回廊を抜け道に使うな。警官に会っても近づくな」


「警官にも近づいちゃダメ?」声がわずかに変わった。


「今夜から、街で制服を着てる人間が、着てない人間より安全とは限らない」俺は言った。「荷物は軽くしろ、音が出るものは持つな。ホテルに入る前に、金属の小物は分けて持て。一まとめにして身につけるな」


希はそれ以上聞かなかった。ただ「うん」と一言、二秒止まって、小声でもう一言だけ付け足した。


「怪我してない?」


「してない」


「ならいい」少し間があって、まるで不満そうに。「プラハで本当に死んでたら、帰って族の人たちに説明するの、すごく面倒だったから」


思わず笑いが漏れた。「早く撤退しろ」と言って、電話を切った。


林雨瞳は俺が掛けなくていい。葉綺安が連れて行く。三人の中で、葉綺安は足が速く、林雨瞳は安定していて、希は最も目立たない。こういうときに二手に分かれて新市街に入るのは正しい判断だ。問題は彼女たちが撤退できるかどうかじゃない——敵が「俺たちがどこへ逃げるか」も既に読み込んでいるかどうか、そっちだ。


鐘楼の足元であの一件が一番気持ち悪いのはそこだ。人数が多いのが怖いんじゃない。連中が俺たちの「生き方」を俺たちより先に知っているかもしれない、それが怖い。


俺たちは少し広い通りへ折れた。この辺りはもう旧市街ほど密集していなかった。店の造りが新しく、窓枠が整い、排水溝の蓋まで新しい型の鉄が使われていた。ヴィクトリアがようやく半歩ペースを落とし、横を向いた。


「判断は、まあ遅くはなかった」


「最初からその判断を待ってたんだろ」


「違う」彼女は言った。「あんたがいつ認める気になるか、待ってた。古いプラハはもう地図として使えないって」


彼女の喋り方はいつもそうだ。説得でも皮肉でもない。なのにどちらよりも胸に刺さる。言ってることがだいたい正しいから。


エリザヴェータが反対側から追いついてきた。傘を手に持ち、石突きを地面につけず、ただ指の間でくるりと一度回した。


「新しい建物に移るのは正解です」彼女は言った。「測路班が出てきた以上、古い目印にはもう触れないほうがいい。彼らにとって、井戸も鐘も古い橋も昇降井も釣り合い錘の扉も、景観ではなくノードです。ノードが増えれば、後続の重装部隊が使える経路を組み上げられる」


「重装部隊はまだ展開していない」俺は言った。


「だから今動くのです」エリザヴェータの口調は静かだった。「展開してからでは、場所を変えるのではなく、火の中を縫って逃げることになる」


意味はわかった。測路班は俺たちを捕まえに来たわけじゃない——少なくとも、それだけが目的じゃない。もっと後ろにある何かのための準備をしていた。扉の幅を測り、階段の耐荷重を測り、街角の折れ具合を測り、どの路地なら重装甲が通れるか、どこが投擲に向くか、どの街区の古い機構が目標の標定・誘導・追い込みに使えるかを調べていた。


鐘楼の連中が奪いたかったのも単純な荷物じゃなく、俺たちが繋いだその経路そのものだ。


「新しい建物がなぜ安全なのか」俺はヴィクトリアを見た。「全員がわかる言葉で一言くれ」


ヴィクトリアは数歩、黙って歩いた。


歩くとき肩の線が真っすぐで、夜道を急ぐ普通の女の姿勢じゃない。作業台の前にまだ立っているみたいで、手の届くところに未解体の部品が並んでいるみたいだ。しばらくして口を開いた。声が夜風に削られて薄かった。


「古い建物は人を覚えているから。新しい建物は覚えていない」


俺は何も言わなかった。


彼女はその言葉が普通の人間にはまだ謎めきすぎるとわかっているように、続けた。


「建物に本当に記憶があるわけじゃないのよ。古い機構が応答の痕跡を残すってこと。どの扉に触れたか、どの井戸があんたの波長に合わせたか、どの古い鐘の残響があんたの持ち物と噛み合ったか——それが全部、シーケンスとして残る。ノードが十分に揃えば、シーケンスは『経路』として再構成できる。でも新しい建物は違う。鉄骨、ガラス、コンクリート、エレベーター、封管——全部クリーンで、規格が統一されていて、修理され、改造され、勝手に接続されて、私的な波長を残された場所がそんなに多くない。誰かが標定しようとしても、建物一棟丸ごとに喋らせるのは難しい」


少し間を置いて、街角に新しく灯ったライトの帯を視線が越えた。


「簡単に言うと、古い街は長年使い込まれた手作りの骨格みたいなもの。誰がどこを触ったか、骨自体がまだ覚えてる。新しい建物は工場から出たばかりの板材。冷たくて、硬くて、古い癖がない」


「でも絶対安全ではない」エリザヴェータが一言添えた。


「もちろん」ヴィクトリアは言った。「ただ、連中が一番よく知っている骨の上にはいない、それだけ」


それで十分だった。


さらに歩くと、街の色が少しずつ変わっていった。プラハの旧市街と新市街の違いは単純な新旧じゃなく、二つの時間が重なり合っているようなものだ。旧市街は何百年もの時間を壁の隙間に折り畳んだ機械仕掛けの箱のようで、新市街は誰かが古い壁と交渉するのに業を煮やして、金と鉄骨とガラスと統一された暖房配管で、新しい秩序を上から押しつけたようだ。


俺たちがその新派の高級ホテルに着いたとき、雨はまた少し細くなっていた。


正面の石段は磨き上げられすぎていて、ガラスの自動ドアの向こうには柔らかい黄色の光が清潔すぎるほど満ちていた。ロビーは天井が高く、シンプルに収まっていて、金属のラインが細く冷たく、エアコンが吐き出す温風まで規格化された匂いがした。何もかも消毒されていて、埃すら許されないような場所だ。


旧市街の湿気と暗さと油の匂いと鐘の灰の匂いが染み込んだ空気とは、同じ街とは思えなかった。


中に入った瞬間、俺が感じたのは安堵じゃなかった。違和感だ。

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