40.火種 40-2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
ソコロフはもう遠回しにするのをやめ、直接俺を見た。
「周士達、ロシア側として一つ聞く。彼女はコントロール可能か?」
「不可能だ」
「なぜここに置いておく?」
「ここに置かなければ、外がもっと悲惨なことになるからだ」
「それは答えになっていない」
「これが答えだ」俺はソコロフを見据えた。「お前たちが今夜一番うんざりするのはここだ。全員が彼女をコントロールできるかどうか、利用できるかどうか、他の誰かより優位に立てるかどうかを知りたがっている。答えは単純だ——無理だ。彼女が今ここにいるのは、彼女がそうしたいからだ。誰かがそうさせているわけじゃない」
デミルが低い声で言った。
「この状況を続けるわけにはいかない」
「もっとましな案があるか?」俺は切り返した。
「少なくとも、何の規則もないままではいられない」
「ならば俺が決める」俺は言った。「第一、単独での接触禁止。第二、採取・採血・いかなる検査も禁止。第三、俺の部屋のドアに武器を持って近づくな。第四、話があるなら昼間、公開の場で。真夜中に扉を叩くな」
ウォルシュが眉を上げた。
「あなたが規則を決めるんですか?」
「じゃなければ誰が決める?」俺は言った。「お前か?それとも、こいつに決めさせるか?」
四か国が一斉に一秒黙った。
全員がわかっていた——エリザヴェータ本人に規則を決めさせたら、今より十倍はひどくなると。
デミルが最初に戻ってきた。
「暫定的な公開接触原則は受け入れられる。ただし、ルーマニア当局が明朝介入することが条件だ」
「いいだろう」俺は言った。「ただし向こうも説明の筋書きを考えておけ。外のカメラが『各国連絡官が深夜にアジア人の部屋を取り囲む、目的は中の未成年に見える少女』なんて映像を撮ったら、明日お前たち全員が見ものになる」
この一言で、四人全員の顔色が変わった。
そうだ。これが生身の人間が一番恐れているものだ。
怪物ではない。
ニュースになった怪物だ。
ウォルシュがここで方向を変えた。
「エリザヴェータさん、明日、正式な形で我々と話し合いの場を設けていただけますか?」
彼女はウォルシュを見た。蛇籠に手を突っ込もうとしている人間を見るような目だった。
「嫌じゃ」
ウォルシュは引かなかった。
「基本的な質疑応答だけでも?」
「嫌じゃ」
「周さんが同席されるなら——」
「それは妾の気分次第じゃな」
「では、どのような状況であれば気分がよくなりますか?」
今度、エリザヴェータはすぐに答えなかった。
ゆっくりとウォルシュからソコロフへ、白石へ、デミルへ、そして再びウォルシュへと視線を移した。その目は静かで、冷たく、そして過剰なほど美しかった。だがその目に見られると、妙な不快感が這い上がってくる——自分が質問しているのではなく、より上位の捕食者に一つ一つ値踏みされているような感覚だ。
やがて彼女は言った。
「そなたらが妾を物として扱わなくなったときじゃ」
ウォルシュは黙った。
この一言が、彼のそれまでの質問の前提を全部ひっくり返したからだ。
ソコロフだけはどうしても引けなかった。冷たく言った。
「では、どう見てほしいんだ?」
「せめて武器として見るな」彼女は返した。
「あなたは武器になりうる」ソコロフは言った。
部屋の空気が、一瞬で張り詰めた。
俺は心の中で毒づいた。
ロシア人というのはこういうやつだ。一番うまく交渉できるわけじゃないが、他の誰かがまとめかけた瞬間に、最も爆発しやすい場所を正確に踏みにいく。
エリザヴェータがゆっくりとソコロフの方を向いた。
今度は、顔に何もなかった。
何もない。
さっきのかすかな苛立ちすら、消えていた。
「もう一度言ってみよ」彼女は言った。
ソコロフも硬かった。驚くことに、本当に退かなかった。
「お前のような存在は、本来——」
「大佐」ウォルシュが突然口を開いた。この言葉を遮ろうとするように。
だが遅かった。
白石は動かなかったが、明らかに背筋が一段伸びた。デミルの手が無意識に後ろへ引かれた。本能が何かに備えていた。葉綺安はドアの脇で、目が静かに沈んだ。林雨瞳が俺の方へ半歩寄った。希の笑いが止まった。
俺にはわかっていた。
空気が本当に悪くなる前に、必ず一瞬の真空がある。
エリザヴェータが一歩、前に出た。
たった一歩。
風もない。光の変化もない。大袈裟な演出は何もない。
それでも部屋の温度が、突然一段下がった。
冷房ではない。
骨の内側から先に感じる種類の冷たさだ。雪の下に五百年埋まっていた棺が突然開いて、中の夜気が一気に溢れ出したような——そういう冷たさ。ウォルシュの手の中のペンが、パキッという音を立てて割れた。デミルの通信イヤホンが耳障りなノイズを発した。白石の眼鏡のレンズに、極薄い霜が一瞬で凝った。ソコロフはまだ踏ん張ろうとしていたが、息を吸った瞬間、胸全体を何かに押しつぶされたように、呼吸が重くなった。
俺も楽ではなかった。
一晩中近くにいたにもかかわらず、心臓を冷たい手で一度だけ握られたような感覚があった。彼女は「威圧を見せている」わけじゃない。ただ、それまで押し込めていた自分の一部を、収めるのをやめただけだ。
部屋の照明が不規則に揺れ始めた。
窓ガラスが静かに震えた。風はない。沖の飛龍号の灯りが窓に映り、ゆらりと揺れた。まるで黒海すら、ここで何かが目を覚ましたことに気づいたかのように。
エリザヴェータはソコロフを見た。声は耳元で囁くほど低かった。
「そなたら、今夜は全員が同じことを考えておるな」
誰も口を開かなかった。
今は唾を飲む音すら大きく聞こえた。
彼女は続けた。
「アメリカは妾に接触できるか、研究できるか、取引できるかを知りたがっておる。 ロシアは妾を使って他の誰かを圧迫できるかを知りたがっておる。 日本は妾と沖のあの船、そしてそなたらが直視したくない古い残骸が、もっと大きな厄介事に繋がるかどうかを知りたがっておる。 トルコは今夜これ以上屍体が出ないことを祈り、明日記者にあまり撮られないことを願っておる。 そして、そなたは——」
彼女はソコロフを真っ直ぐ見た。
「今しがた妾を見た目が、巣の連中とさして変わらなかったぞ」
ソコロフの額に冷や汗が滲んだ。それでも踏ん張っていた。
「もしお前が思っているなら——」
「そなたが何を思っているかなど、妾には関係ない」
彼女がまた半歩前に出た。
その瞬間、部屋全体の空気が抜けたようになった。窒息ではない。もっと古い何かが、ここにいる全員に告げていた——銃も命令も国旗も関係なく、今夜誰が先に倒れるかを決められる存在がここにいると。
デミルが無意識に半歩退いた。
ウォルシュの顔がついに完全に沈んだ。
白石のレンズの霜はさらに厚くなっていた。それでも彼は立っていた。
希は目を見開き、興奮を隠しきれていなかった。
林雨瞳と葉綺安は何も言わなかったが、俺にはわかった。二人とも感じていた。
これは幽霊ではない。
妖でもない。
船の上にいたような戦争の残滓でもない。
これは別の体系だ。別の夜だ。現代国家を全て新生児に見せてしまうほど古い、別の何かだ。
俺は一歩前に出て、彼女と四か国の間に割り込んだ。
「もういい」
エリザヴェータが俺を見下ろした。
その双眸が、薄暗がりの中で深紅の二点として燃えていた。
俺は胸の奥に溜まった息苦しい圧迫感を強引に押し込め、歯を食いしばって言った。
「もういい、マジでやめろ。今ここでこいつらを失禁させたら、明日ヨーロッパ中が一斉に爆発する」
彼女は俺を見た。瞳の底に張り詰めていた寒気が、半秒だけ止まった。
そして——潮が夜の海へゆっくりと引いていくように——部屋を押し潰していた息もできないほどの何かが、少しずつ、少しずつ収まっていった。
照明が再び安定した。
窓ガラスの震えが止まった。
白石の眼鏡レンズの霜は、まだ完全には溶けきっていなかった。
ウォルシュの手の中には、割れたままのペンが転がっていた。
そしてソコロフが、今夜初めて——ごくわずかに、半歩だけ後退した。
エリザヴェータは四人を見渡した。その口調は、また元のひどく優雅で、それでいて殴りたくなるほど平然とした静けさに戻っていた。
「さて」彼女は言った。「これでようやく、教養ある者同士として話し合いを始められるのではないか?」
誰もすぐには答えなかった。
なぜなら全員が、この瞬間ようやく一つのことを骨の髄まで理解したからだ。
今夜ここを訪れた相手は、周士達が連れ帰った奇妙な少女などではない。
いかなる国家の承認も必要とせず、いかなる現代の秩序にも縛られない——真の意味での古い存在。
そして彼女はたった今、自分の本当の影の匂いを、ほんの少しだけ嗅がせてやったに過ぎない。
部屋は、見苦しいほど重い沈黙に包まれていた。
俺は真ん中に立ったまま、こめかみがズキズキと脈打つのを感じていた。
——上等だ。
本当の意味での正式な顔合わせは、今ここから始まる。
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