1話 突然の告白
俺、三上颯太は歓喜に震えていた。
今日は高校受験合格発表の日。
受験した高校に赴き、緊張しながらも自分の番号がアナログ形式の掲示板にあるかどうかを確認した。
(や、やった!)
結果は合格だ。
俺はどうしてもこの学校に受かりたくて必死に勉強した。
その努力が実ったのだから、嬉しくて仕方ない。
なぜその学校に行きたかったか?
理由は単純で好きな女の子がそこを受けると聞いたからだ。
その子の名前は吉野美月。
美月とは幼稚園、小学校、中学と同じで、幼い時からずっと片想いをしている相手だ。
中学を卒業しても美月と一緒にいたい。
そんな想いから背伸びをして、彼女と同じ高校を受けたのだ。
俺よりも遥かに成績が良い美月も当然合格しているだろう。
これで4月からは美月と同じ高校に通うことができる。
この上なく幸せなことだ。
「あ、そういえば……筆記用具、返してもらってないな」
入試が始まる直前のことを思い出した。
俺の隣の席だった名前も知らない女の子。
慌てて鞄の中をゴソゴソと何か探している様子だった。
もうすぐ試験が始まるのに何をしているのかと気になって横目で見ていると、あることに気がついた。
あと数分で試験が始まるというのに、その女の子の机の上には鉛筆や消しゴムが置かれていない。
受験当日に筆記用具忘れてくる奴っているのか?
まさかそんなことはないだろうと思ったが、試験管が『あと一分で問題用紙を配布します。』と号令をかけたところで、俺は咄嗟に動いた。
持っていた予備の鉛筆と消しゴム、それに定規を隣の彼女の机の上に素早く置いた。
俺たちの席は教室の後方だったし、恐らく試験管に見られていないだろう。
「……使えよ」
隣の彼女は俺の方を見て目を丸くしていたが。
「……あ、ありがとう」
小声でお礼の言葉が聞こえてきた。
その女の子と目が合った俺は、少しだけドキっとした。
なぜならその子はとても整った顔立ちで……綺麗なロングヘアで……大人びていて……一言でいえば、絶世の美少女だったんだ。
……いけないいけない。
俺には好きな人がいるっていうのに、なにをドキドキしているんだ。
人を容姿だけで判断して、鼻の下を伸ばすなんて最低な行為だ。
そんなこんなで試験を終えたのだが、受験を終えた解放感に浮かれて筆記用具を返してもらうのを忘れていたんだ。
「まあ、いいか」
貸したものは大したものではないし。
そんなことよりも困っている人に手を差し伸べることができたことに俺は満足していた。
ただの自己満足だけど……自分を誇らしく思う。
なぜなら……。
「そーくん、私合格だったよ!」
そーくんとは俺の事だ。
そして俺を呼ぶその声の主が……。
「そ、そっか。俺もだ、美月」
俺が想いを寄せている大好きな幼馴染、吉野美月。
「やった!これでまた3年間一緒だね!」
そう……彼女の優しさにどれだけ俺が救われてきたことか……。
「そーくん、一緒に帰ろう」
学校で孤立して周囲と馴染めない時期があったりと色々なことが過去にあったが、そのたびに美月が俺を助けてくれた。
美月みたいに誰かのために行動できる人間になりたいと常々俺は思っている。
「あ、ああ……いや、俺は先に帰るよ」
そして……いつか……美月の隣に並び立てたら……なんて思ったりしているのだが……。
「あ、あの!そーくん!」
美月が俺の制服の袖を強く掴んできたので、高校の正門を出ようとしていた俺は足を止めた。
「ど、どうした、美月……?」
「わ、私……」
頬を赤らめながら美月は俺の目を真っすぐ見つめてくる。
「私……そーくんのことが、ずっと好きでした!」
突然の出来事だった。
あまりにも突然で……彼女が発した言葉の意味を瞬時に理解できない。
「え………?」
美月は学校の人気者で、可愛くて、頭が良くて、お淑やかで、俺の幼馴染で……。
小さい時から好きだった。
大好きだった。
そんな女の子から突然好きだと言われたのだ。
頭の中はパニック状態だ。
夢ではないかと思って自分の頬を抓ってみたけど、普通に痛かった。
夢じゃない……現実だ。
俺は今、好きな幼馴染の女の子に告白されたんだ。
片想いじゃ……なかった。
嬉しさが……込み上げてくる。
「あ、あの……返事は……」
返事なんて決まっているじゃないか。
俺も美月のことが好きだって………。
……好きだって……。
「ありがとう……」
昔から大好きな幼馴染の女の子……。
「……その……」
吉野美月を……。
「ごめん」
俺は振った。
♢
俺は人見知りな少年だった。
小学校でもクラスの輪の中に中々入れず、教室で一人読書をしている生徒だった。
「三上ってさ、暗いよね」
「うんうん、いつも一人でいるし。ダサいよね」
クラスメイトから陰で悪口を言われていることは知っていた。
「ねえ、そーくん。一緒にグラウンドで遊ぼうよ!」
そんなひ弱な俺を日の当たる場所に導いてくれたのが美月だった。
美月は成績優秀で可愛くて人気者だった。
「俺は……いいよ。俺なんかと一緒にいると……美月も悪口言われるぞ」
「別にいいよ、私はそーくんと遊びたいから一緒にいるんだもん!」
彼女のその言葉に俺は幼いながらも感銘を受けた。
俺より体の小さな女の子が、俺なんかより逞しい心を持っていた。
俺は美月の差し伸べてくれた手を握って一歩前に踏み出した。
二人で遊具で遊んだり、かけっこをしたり……。
楽しかった。
「おい、三上!俺たちとも遊ぼうぜ」
そうこうしているうちに俺を見る周囲の目が変わっていた。
美月と学校で一緒に行動するようになってからクラスメイト達の方から俺の方に歩み寄ってくれていた。
「ねえ、そーくん、私といると楽しいでしょ?」
満面の笑みでそう言った美月が……とても可愛かった。
その時から俺は……美月に恋をしたんだ。
♢
小学生の時なんて男とか女とか、なにも気にしないで過ごしていた。
でも中学生になってから、男子と女子は会話もしないような空気が広がっていた。
思春期の真っ只中である中学生の行動としては珍しくない光景なのか、俺の通っていた中学では男子と女子で明確に線引きがあったんだ。
その空気の中で、俺は美月に話しかける勇気がなかった。
美月も学校では俺に話しかけてはこない。
そして終わりを迎えようとしていた中学校生活。
高校受験の合格発表があったその日。
『私……そーくんのことが、ずっと好きでした!』
美月からの告白に俺は飛び上がるぐらい嬉しかった。
勿論俺の返事は決まっていた。
「俺も美月のことが好きでした!」
と、胸を張って言える男だったら……どれだけ良かっただろう。
いや、それができなかったのだから、俺は美月と付き合う資格などありはしないのだろう。
告白の場所は受験会場だった四月から通うことになる高校の正門付近。
そこは合格発表を見に来ていた多くの生徒が行き交う場所だ。
美月がそんな場所で告白してきたものだから、沢山の生徒が俺たちの方に視線を集めていた。
そしてその中には同じ中学に通うこの学校を受験した同級生たちも数名いて、こちらに注目している。
中学校生活も残り僅かだが、そこにある男女の線引きの重い空気に逆らうことが孤立経験のある俺にはできなかった。
俺たちが恋仲になったなんて知られたら、きっと中傷の的になってしまう。
そんなことを俺の弱い心は恐れてしまったんだ。
『ありがとう……その……ごめん』
気がつけば、そう言葉を発していた。
美月の表情が青ざめていって……目から涙が込み上げてくるのがわかった。
美月のことが大好きなはずなのに……。
周囲の目なんて気にして……。
勇気を出して告白してくれた美月に申し訳ない。
踵を返して、俺は慌てて正門を出て駆け出した。
志望校に受かって、これから美月と楽しい高校生活をと……さっきまで妄想していたのに……。
己のメンタルの弱さに反吐が出る。
俺はどうしようもない大バカ野郎だ。




