聖騎士がやって来て
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2017/05/05 修正改稿しました。ストーリーは変更していません。
再びエドウィンは、遠征に出て、戦いを恐れず先陣に立って、仲間を守って戦う。だけど、今回は歩が悪い。人の三倍ほどの大きさの凶暴な炎トカゲだ。体長も長い尾まで入れるとかなりの大きさだ。素早い旋回能力があり、時間をかけて魔力を貯め込んでは、騎士達めがけて激しい炎を吐き出す。討ち取ろうにも、炎と長い尾が邪魔してなかなか接近できない。
「何としても後ろに回れ! 魔法で足場を凍らせられるか? 背後から攻めろ!」
「高温にすぐさま溶けない土壁を作ります。時間稼ぎを!」
魔術師が魔法を紡ぎ出そうとしたその時、傍で護りに付いていたエドウィンに向かって炎が勢いよく吐き出された。
「まずい! 皆、逃げろ!」
『エドウィン、危ない!』
人の体より細い豪魔剣では、彼を、彼の仲間を一度に庇いきれない!
防御壁となる最大限の魔力波を打ち出すため、私プラドは彼らの前で初めて人型に実体化し、彼を皆を庇うように両腕を広げて魔力波を左右最大限に展開し、高温度の炎をその身で受け止めた。
「プラド!? 剣が、人に? ……何て真似を!」
ああ、大事なエドウィンを守れたのかしら?
私の胸の真ん中で、私の長い髪と同色の白銀の飾り石が輝きを放っているが、それが徐々に弱まってくる。
「だめだ! 剣に、元に戻れ! 私が戦えなくなるじゃないか!」
『戦えなくなる』、エドウィンが心配するのはそこなのね。私の心配じゃない。彼の放った言葉の衝撃に、ビキッ! と白銀の飾り石にヒビが入った。炎トカゲの攻撃より強烈だった。
それでも豪魔剣に残っていた最後の魔力で炎を押し返し、そのまま魔力波を炎トカゲに叩きつけた。キシャー! と一声あげて、魔物はズタズタに引き裂かれた。そのままピクリとも動かない。
傷だらけのエドウィンの騎士達は、ようやく安堵のため息を漏らした。
人型を取っていた私は、霧に溶けるように再び剣の姿へ戻って地面へとボトリと落ちた。
エドウィンが慌てて駆け寄って来て、私を剣を手に取る。だけど、彼が柄を握った途端、私の刀身はビシッ! と真っ二つに折れ、残った刃もガタガタに刃こぼれしてしまった。
「何てことだ、もうプラドはダメだ、使えない……」
便利な道具が使えなくなったエドウィンの悲嘆が伝わってくる。相棒だったはずなのに、単なる壊れた道具扱いされて、もう私は心もボロボロ。何も言いたくない。
「殿下! あれを見て下さい! 炎トカゲの中から何か光る物が! あれは剣では? 大きな波動を感じます」
「何だと! 剣!?」
魔術師の言う通り、炎トカゲの身体から揺らめく炎を刃に纏って輝く剣が見つかった。伝説の『火炎剣』だった。
やはりどこかの神殿にあったけど、古の昔に神殿を襲った魔物に持ち去られた、と言う伝説があるとか魔術師が言ってる。火炎弾や火炎風を撃ち放つことができ、魔力による高温の刃でいかなる敵をも切り裂くらしい。
私、豪魔剣『プラド』が、同類への挨拶で『こんにちは』と呼び掛けてみたところ、『ふん!』と返された。高慢な感じの剣で、身も心もボロボロの私には挨拶する気も無いらしい。
「これは素晴らしい剣だ。大きな魔力も感じる。これからはこの火炎剣を私の相棒にしよう!」
『えっ! エドウィン、何を言い出すの? 私は?』
『もう、用無しよ。退場してちょうだい。これからは私がこの美形の傍にいるから』
ここで口を利く? 火炎剣はその名の通り炎のように激しく美しいが、やはり高慢な剣らしい。しかも私のエドウィンを気に入ったみたい?
ポイッ! と私は地面に放り出された。まさしく使えないゴミのように捨てられたのだ!
嫌、酷い! ボロボロになってまで守った、相棒たる『プラド』に、なんてことをするの!
代わりに火炎剣が気に入ったのか、エドウィンが嬉しそうに皆に見せるように頭上に掲げる。騎士達も応えて大歓声を上げた!
「良かったですね、殿下! 二本目の伝説剣とは! これも殿下の日頃の行いの賜物ですよ」
「さすがエドウィン殿下、羨ましいくらいだ。よし、これで戦闘力も大幅に上昇だな!」
ちょっと誰か、私を助ける一言は? これまで一緒に戦ってきた仲間じゃない!
私を気にせず地面に放り出したまま、エドウィン達は勝利の喜びと、新たな貴重なお宝の入手に盛り上がりながら、戦場を去ろうとする。
嫌~! ちょっと待って! 私を勝手に眠りから叩き起こしてまで、一緒に戦った相棒でしょう!? どうしてこのまま捨てていくの、エドウィン! 許さないわよ! バカ~!
泣きたくなったが、それよりも怒りの方が大きかった。彼らには聞こえないけど、心から湧き上がる激しい罵りをいくつもぶつける。ボロボロの刀身から、ほとんど残っていない魔力で怒りの湯気が出そうだ。
「待て!! 禁断の神殿から豪魔剣『プラド』を盗み出したのはお前か?」
静かな怒りに満ちた若い男性の声が、エドウィン達を引き留めた。背後に馬に乗った大人数の騎士を連れている。エドウィン達より多いようだ。
彼の静かな声は、そんなに大きくもないのに周囲に響き、もの凄い威圧感が込めれていて、誰もが足を止めた。三十歳前後くらいなのに、まさしく群れを統率する者の風格と威厳がある。強い魔力持ち特有の波動が感じられた。
その男性は馬から降り、大地に片膝をついて、折れた私『プラド』を恭しくそっと拾い上げた。労わるように、抱きしめるかのように己が胸に押しあて、もう一方の大きな温かい掌が飾り石を中心に撫でる。その途端、ドンッ! という音でもしそうな勢いで、大量の高純度な魔力が、私の中に一気に流れ込んできた。
それはとても熱く、激しく、胸を押すような魔力の奔流だった。
遠い昔、こんな優しくも強い魔力を感じていた頃があったなあ。あれはいつのことだったか。熱い奔流に酔っていると、消費され切っていた私の魔力が、どんどん蓄積されていく。
私の白銀の飾り石は再び輝き、いつの間にか、折れた刀身も元の長さに変わる。豪魔剣『プラド』は、彼の手の中で本来の輝ける姿に戻ったのよ。
エドウィン達も、再び神々しいまでの輝きを取り戻した私に驚きの声を上げてる。
「プラドが元の姿に!? ……お前は何者だ? 私はエドウィン、この国の第二王子だ」
「私は、オギノス王国の神殿を護る聖騎士団団長、ルーカス・オギノス。禁断の神殿から盗み出された、豪魔剣『プラド』を探していた」
ルーカスは私と同じ白銀の髪に、鋭い黒い瞳の美形。敏捷性のある逞しくも細身の長身。三十歳前後の年齢かな。エドウィンがキラキラ王子なら、この人はまさしく頼りがいのある騎士タイプね!
「王子に向かって盗み出したとは無礼な! あそこは、オギノス王国内ではない! 我が王国領内の……」
「飛び地だ。初代国王が建立した神殿があるからな。飛び地として、どこの国の領地にもしないという約定がある。我が王国から枝分かれして建国したそなたの国が、その約定を知らぬはずがない!」
え~、エドウィンって、オギノス王国の王子じゃなかったの? あの少年の子孫なのは間違いないようだけど。プラド、ビックリ! 顔は似ていないけど、オギノスを名乗るルーカスの方が、魔力の質、力と量とかが初代国王に匹敵、いえ、それ以上かも。
こっそり盗み出した言い訳に困り、オタオタして、エドウィンが追い詰められていく。彼のした事に協力していた魔術師もばつが悪そうだ。まあ、伝説の豪魔剣『プラド』の私を手に入れたかった気持ちは分かるけど、関係者に許可は取ってほしいよね。
「本来、プラドは、自ら目覚めるまで起こさないのが、国王との約束だ。それまで我ら聖騎士団が護るはずだった。よくも私が留守にしていた隙に、部下を魔術で眠らせてくれたな!」
「だが、魔物討伐には、伝説にあるようにどうしても豪魔剣が必要で……。オギノス王国初代国王のように私も……」
「剣の力に頼るな! 自分達の力でやれ! お前のためにすっかり魔力を使い切って、こんなに疲弊しているじゃないか! 魔力を補充せずに、よくここまで保ったものだ」
私に流れ込んでいたルーカスの高純度な波動の質が変わった。蓄積から私への働きかけ? 語り掛け? のようなものに。
「『プラド』、魔力が満ちているのなら、済まないが今一度その姿を見せてほしい。その波動であなたを見つけられたのだから」
優しく語り掛けるルーカスの想いが私に伝わる。彼のその大きな魔力を使って、私は再び人型になれた。力を注がれているので、今度は楽だ。彼と同じ白銀の長い髪すらも、癒されて艶やかに流れて嬉しい。
ああ、改めて見るルーカスは、男らしくも静かな優しい声だけでなく、その姿も本当に美形だった。細身なのに人型の私を抱き支える腕は、大きく温かで頼もしい。別にエドウィンが頼りなかった訳ではないのだけれど。大人の余裕の有無?
「ああ、まさしく神殿に満ちていたあの美しい波動だ。ようやくあなたを見つけられて良かった」
美形に嬉しそうに微笑まれると、思わず顔が紅くなってしまうんですけど。人型になると気持ちが表に出てしまう。
「我々が『彼女』を神殿に連れて帰る。エドウィン王子、あなたにはその炎トカゲが変化した『火炎剣』があれば大丈夫だな。なに、元は魔物でも害は無い。……ちなみに『プラド』の本来の役目、『オギノス王国の子孫に対する守護』から、そなたの国は外れるだろう」
「『守護』が無くなる? どういうことだ?」
「魔物の大量発生以外の禍にも、今後は注意してくれ」
「禍!?」
愕然とするエドウィン達を無視し、優しく腰を抱かれてルーカスの馬へと案内される。
力強い手が私の腰を抱き上げて、馬に乗せてくれた。もちろん彼も私の背後に座り、相乗りだ。優しく労わってくれる彼が素敵過ぎて、思わずそのまま寄り掛かりたくなってしまう。実際は恥ずかしくて前のめり気味に乗ってたけど。
呆然とするエドウィン達を置いて、さっさとルーカスと彼の聖騎士団は出発した。きちんと統率がとれた動きだ。
ルーカスがしっかり私を支えてくれるので、動き慣れない人型でも馬から落ちることはない。ほどほどエドウィン達から離れた所まで進んでから、先程の会話の疑問をぶつけてみた。
「ねえ、『オギノス王国の子孫に対する守護』なんて役目、私、身に覚えが無いんだけど? 眠ってただけだし。もしやエドウィンを懲らしめるための嘘?」
「豪魔剣『プラド』は、魔力を増幅し、魔物を魔力波で打ち払う。主に、私の一族を始めとする強力な魔力を持つ者達が、神官や聖騎士になって禁断の神殿に仕えてきた。彼らが神殿であなたに注いだ魔力で、あなたの波動は、魔物を退けていたんだ。眠っていても、あなたは働き者だった。これまで、人々を護ってくれて感謝している」
「あなたの一族?」
「オギノス王家では、王家の子弟に強力な魔力を持つ者が生まれ成人すると、神殿守護の任に就いてきた。私の祖父は強い魔力を持つ王子だったので公爵位を賜って、あなたの神殿の大神官となった。私はその祖父に似て魔力が強いらしい。力が認められて聖騎士団団長となれたので、祖父亡き後、一代限りとされていた公爵位を継ぐことを許された」
若いのに何となく威厳があると思ったら、王族の血を引く公爵様だったのね。それより聖騎士団団長の方が、凛々しくてよく似合うけど。
「ところで、エドウィンは罰を受ける? 私を見捨てたから、ちょっと仕返ししてやりたいかも。だって、散々私を使っておきながら、酷いんですもの!」
「あなたの怒りが収まるまで、守護は受けられないだろうな。それだけで、かなり辛い目に合うんじゃないか?」
先程の捨てられた怒りが思い出される。カッカと怒る私をルーカスは優しく宥める。
「実際、あなたを神殿から盗み出したことで、あの国には他国よりも魔獣が溢れかえってしまった。神殿の飛び地は、彼の王国が囲んでいたし。本来ならあなたの守護が一番強かったはずだ。だが、その罪故に、彼は東西南北に遠征で走り回り、命懸けで戦い続けなければならなかった。あなたと共に移動する軍の動きが速くて、私もあなたを追いかけては逃がしていた」
私達を追いかけるのは、本当に大変だったのだろう。彼らだって魔物と戦ってきて疲れているはずだ。でも、彼は私に微笑んでくれた。
「あなたを見つけ出せて、本当に良かった。でも、あなたの波動を追いかけて、探し出すのに時間が掛かって申し訳なかった」
「いいの。こうして私を助けてくれたんだもの。これからまた私の神殿に戻るの?」
「今回の盗難事件を反省し、防犯強化の改修工事を行うことになったそうだ。完成したらお連れするが、それまではオギノス王国王宮で過ごしていただく。できれば、剣ではなく今の姿のあなたでいてほしい。……それに困ったな、あなたには、『神殿』では眠ってほしくない、と思ってしまった」
意味深なセリフを耳元で囁かないでほしい。
エドウィンと違って、豪魔剣の力ではなく、私の魅力に降参したとも言う。聖騎士団の団長のくせに女たらしだ。さり気無く私を包み込むこの逞しい腕と胸で、何人の女性を泣かせてきたんだろう。でも軽いタイプではない。
頼りがいのある美形に言い寄られるのって、嬉し恥ずかしいよね。捨てられて傷ついた女心が癒される感じ。
相棒ではなく伴侶、豪魔剣なんて可愛いあなたには似合わない、あなたは私の唯一の人『ユイ』。誰も知らないはずの私の前世の名で、なぜか彼は呼ぶ。
眠っている背後から彼の腕の中に抱きしめられ、良すぎる声で、毎日、彼が囁く。
結局オギノスの王宮ではなく、王都にあるルーカスの公爵邸に私はいる。何の苦もなくずっと人型でいることができるし、彼もそう望む。
彼が傍にいてくれて、魔力が満たされて、何かが私を満たしていくんだもの。剣の姿で眠ってなんかいられない。彼の傍で目覚めていたい。
彼の願いを込めた熱くて激しい魔力をこんなに毎日注がれていては、『戦う豪魔剣』から最終目的の『護る聖女』に昇格する日は、案外近そうな気がする。
終わり。