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黒猫の魔導書  作者: 巌沢雪乃
元騎士団長、転生する

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4/5

日常

 食後は当然、庭の倉庫へと向かった。目的はソニアのための棒である。


「あった!」


 思わず声を漏らしながら見つけた棒は、庭にあったものに比べると明らかに細く、短いものであった。

 庭の真ん中に立ち、両手で棒を握り締める。まずは上段に構え、振り下ろす。思ったよりも軽く感じるが、栄養不足により痩せた今の体には丁度いいのかもしれない。

 続いて突き。払いと繋げる。重さに振り回される感覚はない、と感じた。


「はぁっ、はぁっ……」


 いくら軽いとはいえ、やはり体力不足が目立つ。ある程度の土地勘が身に付いたら走り込みをしなければなるまい。

 棒を地面につき、息を整える。


 何度か、棒を振っては休憩してを繰り返す。肉体は追いついていないが、何年もかけて身に付けた剣術は意識せずとも繰り出せた。




 それから、いくらか日数が経過した。ソニアは日課として家の周囲の散策と、庭での素振りを行っている。

 一度、ゴルドの休日のため家にいた日があった。せっかくの機会だと打ち合いを申し入れたところ、ひどく驚かれたものの快く受け入れてくれた。

 何度かのやり取りで、やけに動きのいいソニアに驚いた様子のゴルドだったが、「うちの娘は天才かもしれない……」なんて真面目な顔をして言うものだから、ソニアは苦笑いをしてお礼を言った。


 それはさておき、今日も今日とて散策をしている。そろそろ走り込みを始めてもよさそうな程度には家の周辺を把握できたように感じる。


「今日はどこ行くー?あ!そういえばね、近くのパン屋さんが新作のね……!」


 当然の如く並んで歩いているスージーはニコニコと笑顔を振りまいている。

 別に不都合はないのだが、ただ歩くだけなのにも関わらずついて来る彼女の気持ちはよくわからなかった。


 はい、とかそうなんですね、とか返事をしながら歩くことしばらく。町の中を横断する川に辿り着いた。ここでソニアは溺れて死にかけたのだそうだ。

 見れば、水深はそこそこありそうだ。晴れが続けば遊ぶことは可能だろうが、もし雨でも降れば一気に危険になることだろう。


「ねえ、聞いてる?」


 ぼーっと川を眺めていたソニアは、横から現れたスージーの顔に少し驚く。


「はいはい、なんですか?」


 ムスッとした表情のスージーの頬はぷくりと膨らんでいる。指で押せば口から空気が漏れるのだろうか、なんて思いながら首を傾げるも、そっぽを向かれてしまう。


「なんでもないもん!」


 このところ、状況が落ち着けば落ち着くほどに、現状に対する疑問がいくつも浮かび上がってきていた。それに伴い、考え事に耽る時間も増えていた。


「あー、また!」


 スージーはどうも、ソニアが考え事をしている姿を見るのが嫌らしい。理由は単純、暇だからである。


「ソニアはさぁ、十五歳になったら何やるの?」

「そうですねぇ……」


 その質問の内容は、まさに今ソニアを悩ませる事柄の一つであった。

 十五歳になるその日、子供は成人の儀を経て一人の大人として扱われ始める。それに伴い大抵は皆、仕事をし始める。


 父、ゴルドの仕事は衛兵だ。衛兵になるには、既に衛兵になっている人物からの推薦が必要である。ゴルドの推薦で衛兵団に参加することはできるのかもしれない。しかし、たかが木の棒を振るだけで息を切らすようなソニアが採用されたとて、町のために役立てるとは到底思えなかった。


 そして母、ルディアは主婦である。元は農家の娘として働いていたようだが、ゴルドと出会い、結婚し、今は何かをしているわけではない。


 つまり、だ。親の家業を継ぐといったことができないのである。なんなら前世は剣の腕で成り上がっている。今はそれさえないのだ。


「……どうしましょうねぇ」

「えー?」


 情けなく眉尻を下げるソニアに、スージーは笑った。


 散策を早めに切り上げ帰宅する。スージーが家までついて来る日もたまにあるが、今日はそのまま解散となった。


「あの、お母さん」

「ん?どうしたの?」


 安楽椅子に腰掛けたルディアは編み物をしていた。近くの棚に小さな衣類が畳んで置いてあるのを見るに、もしかすると二人目の子供を授かっているのかもしれない。


 閑話休題、ソニアは現状で最も悩んでいる就職についてルディアに相談することにした。


「私が十五歳になったらどこで働くべきなのかを考えていました。でも二人の仕事を手伝う、なんてこともできそうにないですし、どうしようかなと」

「うーん…」


 ルディアは手を止め、顔をソニアの方に向ける。その表情にはどこか悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。


「ずっと冒険者になるって騒いでたけど、どこかまともな場所で働く気になったの?」


 そんなことを言われても過去の発言については何も知らないのである。ルディアもそれがわかって言っているのであろう。


「本当はね、危ないことなんてしてほしくないの。でも小さい頃、冒険者の方からお話を聞いていたあなたの顔はとても輝いていたわ。だからね、今ももし興味があるのなら私たちは応援するわ」

「……」


 冒険者といえば、雑用から有用な薬草の採取、魔物の討伐まで様々な仕事を請け負う、言わば何でも屋であると認識している。

 身分問わずなれる職業のため、少女一人が飛び込むには少し……いや、かなり危険な世界である。


「少し、考えてみます」


 後ろ盾もなく、体力もない。少なくともまだ成人の儀までに半年以上はある。それまでにできることをやった上で、生きていけそうならば冒険者になろう。

 最終的にそう決意したソニアは今日も素振りを開始した。

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