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黒猫の魔導書  作者: 巌沢雪乃
一章 元騎士団長、冒険者になる

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出発

 街の東側の門で、一行は門番をしている衛兵に冒険者タグを見せた。

 本来であれば依頼書を見せなければならないが、今回は講習だと連絡が入っているためか、すんなりと外に出られた。


 門を出た先はすぐに森になっている。

 森には魔物が多く生息しているものの、街の近辺ではほとんど見られないのだそうだ。


「魔物もそこまでバカじゃないからね。自分らにとって脅威になるかもしれない存在の巣窟になんて、余程の理由がない限りは興味を持たないよ」


 そう言っているロジェルタだが、隙が全く感じられない。穏やかな表情をしているが警戒は怠っていないようだ。


 もちろん、ソニアも油断はしていない。森の危険性など前世で理解しているのだ。気を抜くなんてあり得なかった。


 とはいえ、街の外に出たことのない新人らの反応は様々だ。


 アルマは臆病なため、体をこわばらせながらキョロキョロと忙しなく目を動かしている。時折、動物の唸り声のようなものが聞こえては軽く飛び上がっている。


 一方ダグは、好奇心が非常に旺盛なようだ。見るもの全てに目を輝かせて感嘆の声を上げている。


 フェルナの表情は最初から今に至るまでずっと固い。余裕があるように振る舞ってはいるが、森に入ってから明らかに緊張が見られる。


 ふと見上げると、木の葉の隙間から日の光が見えた。今は午前であるため、向かう方向が東からずれていない、とわかった。

 森などの方向感覚が乱される地形では、日がどの方向にあるかというのはしっかり見ておかなければならない。方向を示す重要な目印になるからだ。


 それにしても、と今度は足元を見る。前世でもよく見かけた薬草が群生している。すり潰して傷口に塗れば驚く速度で傷が治るため、重宝されていた。


「さて君達。この森で最も多く見られる魔物は何か、わかるかな?」


 突然足を止めたロジェルタが振り向いて問いかける。

 ソニアは事前に森についての情報を集めていた。受付嬢であるクロが親切に行き先を教えてくれていたためである。


 この問いには答えられる、と口を開こうとしたところ。


「リスよ」


 予想外にも最初に口を開いたのはフェルナであった。


「うん、よく調べたね。外での依頼を受ける時、行き先についての情報を調べるのは必須だよ。ちなみにみんなももちろん、調べてきたよね?」


 ソニアは頷き、少年二人は目を逸らす。


「はは、大丈夫。そのための講習だからね。実際に依頼を受ける時は、必ず事前調査を怠らないように!」


 指を立てて微笑むロジェルタに、フェルナを除く三人が頷いた。


「ここからが本題だけど、実は近くにそのリスがいるんだ」


 その言葉にソニア含む新人組がキョロキョロと周りを見るが、全く姿が見えない。

 キョトンとする四人の姿にロジェルタが笑う。


「はははっ、目で見たってわからない距離さ。それよりも、実際に戦ってもらおうと思うんだけど誰がやる?」


「私が」

「いや俺だ!」


 真っ先に答えたのはフェルナ。そして被せるようにダグが答える。

 アルマは名乗り出るつもりはないようで、ソニアは出遅れたので二人に譲ろうと思い口を閉ざす。


「集団戦は危険だからまずは一人かなぁ。返事が早かったし、フェルナちゃん、君にしよう」


 その言葉に一瞬、フェルナの表情が緩んだ気がしたが、すぐに固い顔をして頷く。


「ちぇっ、俺の方がやる気があるのに」


 悔しそうに地面を蹴るダグ。やる気があるのはとても良いことだ。


「安心して、最終的にみんなに経験してもらうから。じゃあフェルナちゃん、こっちおいで」


 手招きをするロジェルタ。魔物化したリスは非常に獰猛で、気付かれる前に攻撃を仕掛けなければ危険な相手だ。

 二人は忍足で進み始める。それを見失わない程度に、ソニア含む残りの新人がついて行く。




 そこは実の生る木が生えた、少し開けた場所であった。木の下では人の赤子ほどの大きさのリスがいる。

 パッと見るだけでは大きいだけのリスだ。しかし、口から覗くのは可愛らしい歯などではなく、鋭く尖った無数の牙だ。

 目は真っ赤に充血し、尻尾は怪我なく硬化している。この尻尾での攻撃は、人の腕ほどの木であれば容易くへし折る威力がある。


「さ、やってみて。危なかったら助けるから」


 囁くようなその声に、フェルナは若干顔を青くしながら頷く。


 一人でゆっくりとリスに近付く。大人が三人縦に並んで寝転んだのと同じくらいの距離まで来て、手に持っていた杖をリスに向ける。


 杖の先端に魔力を集め、練り、イメージを込める。


「爆ぜろっ!」


 声と共に振られた杖から小さな炎の玉が飛んだ。リスはフェルナの声で存在に気付き飛びかかろうとしたが、それは叶わなかった。


 閃光、轟音。そして遅れて衝撃がソニアの方にまで届いた。


 放たれた魔法はフェルナの方へと向かうリスに直撃し、爆ぜた。

 爆炎と共にリスの血肉が辺りに飛ぶ。


 ダグは目を光らせていたが、フェルナ本人とアルマはその光景に口を押さえていた。


「いやぁ、よかったよ。でも森で今の魔法を使うのはちょっと危ないかな。延焼が怖いってのもあるけど、もう一匹いたら対処できたかい?」


 最初の一言こそ褒めているが、続く言葉はアドバイスであった。一通りの話を聞いたフェルナは最後に沈んだ顔で頷いた。


「危ない魔物が来ても困るし、少し離れようか。どうせリスも逃げちゃってるだろうしね」


 そうして再び歩き出したロジェルタを、ソニアたちは追いかけた。

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