第3話 りりかる・ハート①
最近、後をつけられている気がする。
そんなことに気が付いたのは、海渡が格闘ゲーマーだからである。格闘ゲームを嗜む者は皆、生来の神通力があり、森羅万象を見抜くのだ。
嘘だ。
単に、変な人影を見かけるようになっただけだ。暑くなってきたというのにコートを着て、マスクとサングラスと帽子で顔を隠している。外を出歩くたびにそんな人物を何度か見れば、もしやと思うこともある。
身バレ――配信などをしている人間の名前や住所など、身元がバレること。昔は芸能人の住所まで公開されていたらしいけれど、今じゃ考えらんないね。時代ってすごい――でもしたのではないかとも考えるが、チャンネル登録者数が200に届かない海渡を、そこまで執拗に追いかける輩がいるとは、考えにくい。
『どうしたんだい。考え事でもしているのかな』
タカの動きに精彩が欠けていたのかもしれない。対戦中のドン様がたずねてきた。
相談してみようか。
そんな思い付きは、しかし自ら打ち消す。相談するということは弱みを晒すことである。あってはならないことだ。弱点を晒して精神的敗北を認めるような軟弱な精神では、格闘ゲーム界隈という魔境では生きていけない。
「何でもないよ。今日は俺以外と対戦してみたらどうかな。タカ以外との経験を積んだ方が良いよ」
『師匠がそう言うなら、そうしよう。ランクマにでも潜ってみようかな』
――お師様がぼんやりなさっているなんて珍しい
――ドン様ランク戦がんばって
ドン様の配信のコメントを見れば、相変わらず盛り上がっている。
あれからドン様とは師弟関係ということになって、定期的にスマスト5で対戦などをしている。とはいえスマスト5を始めて数日の海渡では、大して教えられることも無かった。初めのころは精神論と格ゲー論を偉そうに語るばかりであった。
一念発起して葵の家に通いスマスト5をやり込んだお陰で、最近ではようやくきちんと理論的な指導が出来るようになってきた。練習を重ねることで技術に知識が追いついてきている証拠だ。
それでも海渡がまともに使えるキャラクターはタカくらいなので、他のキャラクターとの経験を積むには、オンラインのランクマッチ戦が適当なのだ。
「こちらは配信をしていなくてよかったな。海渡の視聴者は容赦がないから、もし配信でさっきみたいなとぼけたプレイをしていたら、今頃罵詈雑言の嵐だったぞ」
葵が横から画面をのぞき込んでくる。
「んなこたぁない。レッサーパンダの鳴き声みたいなコメントばっかりで、気にもならないよ。というかドン様の配信の民度が良すぎるだけだよ。俺のところは平均的な悪口しかないってばよ」
弥栄子ちゃんとの一件のあと、ドン様の配信では健全さを失わないように気を使っているようだった。とは言って元々が前向きで人当たりの良いドン様だ。特段に変化があったわけではない。気を付けるのはほんの少しで、ほとんどは今までどおりだ。
けれども海渡は、一応気を使って自分の配信をしていない。治安の悪いリスナーがドン様の方へ流れてしまわないようにという配慮だ。
『どうだい、師匠。ドン様の動きは水を得た魚の様だろう』
「確かに良い動きしてるよ。優秀で美形の天才的指導者が付いているのが分かるね」
ドン様がランクマッチ戦で戦う様子を見ながら適宜アドバイスをすることにして数戦を見守っていると、さしてアドバイスの必要もなく勝利を重ねていた。
ドン様のランクはJに上がる直前だ。絵札ランクは、実力の上位10%ほどがひしめく高難易度帯なのだが、そこに挑戦するだけの力はついている。
長年、格闘ゲームに触れてきただけあって素地はあるし練習熱心だ。そして何より、ゲームを楽しんでいる。安心して見ていられる。
『あっ』
そんなドン様が、負け越した。本日初めての完敗だった。連勝記録は3でストップした。
『強いね、この子』
「うん、明らかに格上だ」
対戦相手の使用キャラクターはミユミユだ。魔法少女にあこがれているという設定の可愛らしい少女だが、コンボの難易度が高く選択肢も多いのが特徴で、的確な選択とプレイイングスキルが求められるテクニカルなキャラだ。可愛さ目当てで使う人はいるものの、ガチンコでプレイするなら、その難易度の高さから避けられがちである。
だが上級者ならきちんと使いこなして来るし、絵札ランクはそんな猛者がひしめいている。
「低ランク帯はミユミユと遭遇すること自体少ないし、対戦したとしてもあんまり強くなかったでしょ」
『そうだね。ドン様が戦った中でも、このミユミユが一番強いかもしれない。これはやりがいがあるね。楽しくなってきたよ』
ドン様は懲りずに同じ相手に挑戦している。互いが希望すればいくらでも再戦できるのが、このゲームのオンライン対戦の良いところだ。
「頑張れドン様。赤チン持って応援してるよ」
適当に応援しながら、対戦相手のプレイヤーネームで検索した。
「やっぱり。見覚えがあるなと思ったんだ」
以前にYouTubeで見かけたことがあるプレイヤーだった。「芽来めくちゃんのチャンネルだヨ(⋈◍>◡<◍)。✧♡」というチャンネル名のVTuberだ。
今まさに配信をしていたので、サムネイルをクリックした。
『はわわぁ、再戦を申し込まれちゃったよぅ☆ めく、頑張っちゃうヨ~♪』
桃色の髪の少女が、鼻にかかったような、舌足らずな声でスマスト5をプレイしている。フリフリなドレスがミユミユとよく似ている。
「相変わらず、すっげえ。プリティでキュートな女の子だ」
「略してプリキュトか」
「葵、やめてね」
可愛らしい見た目に反して、プレイはイカつい。
『いくヨ~♪』
中足でヒット確認をしてから14連打を当てる激むずコンボを披露してドン様をきりきり舞いさせている。間違いない。スマスト5のガチ勢だ。
――かわいい
――がんばえ~
――かわいい
――今のヒット確認後のコンボは入力タイミングがシビア過ぎて選択するプレイヤーが少ないいぶし銀ルートなんやが恐ろしい子やでホンマ
コメント欄に、コイツの凄さを理解している奴は少ない。一人いたけど長文で気持ち悪いので見なかったことにする。
「可愛い見た目と声なのに、きちんと強い。凄いな」
「ドン様では勝てないのか」
「うん、難しいだろうね」
「海渡ならどうだ?」
「ソリャアもちろん……」
「むっ」
葵が鋭く唸った。
画面では、ドン様の操るジョーが端に追い詰められて気絶している。それを前にしたミユミユが何度もしゃがむ動作を繰り返している。
「綺麗な屈伸するじゃん」
屈伸は、勝敗が確定した相手に不要なアクションを見せつける行為だ。かつては勝敗が確定したあとも攻撃を続ける死体蹴りなどがバッドマナーの代表格であったが、今ではゲームの仕様で出来ない。そこでこういう形で挑発するのだ。
「僕の記憶が確かなら、確かこれは倫理的にも人道的にも良くない行為だったと思うが」
「自分はクソガキですっていう自己紹介だよ」
劣勢に苦しむドン様を見ながら配信の準備を進める。と言っても、ほとんどできている。あとは本日のアバターを決めるだけだ。
「これにしよう」
目と歯のある蝶のようなアバターにした。葵の奴、何喰えばこんな絵が描けるんだ。
ドン様とめくの配信を見ながら、手早くアバターを配置し、配信開始ボタンを押した。
「よし。弟子の敵討ちといこうか」
クソガキに向けてスマスト5の対戦希望のメッセージを送ると、しばらく保留された後に承諾された。同時に、ドン様の配信では対戦が終わった。5連敗3屈伸を貰っている。
「どうだい、ドン様」
『今のドン様では勝てないね。お師匠様、頼むよ』
「通話を切るよ。こどもには見せられないシーンが始まるからね」
ようし、懲らしめてやろう。
覚悟しろよ、生意気なメスガキめ。




