プロローグ
「どうやら、もう後が無いな」
2025年3月の東京ビッグサイトは、熱狂の渦に包まれていた。
eスポーツの世界大会であるハイペリオングランプリ。エンターテイメントに比重を置きつつも、高額の賞金に実力者が揃うハイレベルな大会だ。中でも人気を集める格闘ゲームSоRS4(スマッシュ・オブ・ライトストレート4)――通称スマスト4――の決勝戦のステージに、海渡は立っていた。
3人1チームの勝ち抜き戦は、決勝戦の舞台まで駆け上がったものの、すでに先鋒と次鋒が連敗し、大将の海渡を残すのみとなっていた。
「さあ、この劣勢を挽回できるのか、k4110選手の登場だ!」
実況の叫び声が会場に響き、今、熱狂は最高潮に達しようとしている。その灼熱を一身に受け、海渡は煌びやかなライトが照らすステージに立った。
対戦相手は、カリスマ的なプレイヤーを中心に据えた経験豊富な歴戦の格闘ゲーマーチームだ。一方の海渡たちは、全員が10代から20代である。海渡に至っては15歳の中学生である。
キャリアも経験も、全く敵わない。観客の声援は、ベテランチームへ向けられるものばかりだ。海渡の頬を一筋の汗が伝う。緊張から下あごが震え、歯が鳴った。
指の先が冷たくなり、感覚が無くなっていく。これでは駄目だ。負ける。
敗北を意識した瞬間、海渡はすぐに活路を探し始めた。攻略法を探して思考が巡った。
まずは緊張を払え。怯懦を追い出せ。そのためには、何をすべきか。簡単だ。恐怖以外で自分を満たせばいい。
チームメイトを振り返った。
先鋒で散ったメガが、青い顔で下を向いている。彼はこの大会では良いところが少なかった。
それもそのはずだ。対戦相手の情報を集め、分析し、海渡たちの練習相手として今日まで死力を尽くしてくれていた。若い海渡たちはスパーリング相手を用意するのも一苦労だ。練習場所を確保して、チームの方針を定め、練習を重ねる。そのための縁の下の力持ちとして、支えてくれていたのだ。
今日だけでなく、これまでの日々を振り返れば、間違いなく彼がこのチームのMVPだ。
次に次鋒のスラミを見た。
いつもはアイシャドウを濃く塗った強気の瞳が、炎より熱い眼光を放っているのだが、今は目に涙を溜めている。先ほど、敵チームの先鋒に一方的に叩きのめされたばかりだからだ。
それでも彼女がいたから、こうして決勝のステージに立てている。シングルエリミネーションのトーナメントは、その八割を彼女の奮闘で勝ち抜いてきた。その疲労で、もう集中力が切れていたのだ。
だがそのおかげで、海渡のコンディションは万全だ。
「二人のお陰でここまで来られた。お前らのために、勝ってくるよ」
なるべく平静を装って言うと、思ったよりも冷静な声を出せた。
そのままゆっくりと深呼吸をしながら対戦台へと座った。
「頑張れ、k4110!」
観客席から飛び交う声の中に、海渡の名を叫ぶ声が聞こえた。敵チームへ向けた声援の中で、わずかに見つけた宝石の様な一言。闘志に火が着いた。
「うん、頑張るよ」
口の中で小さく答えると、徐々に落ち着きが戻ってきた。頭は氷のように冷静で、心には灼熱の炎が燃えている。
これなら行ける。
後にこの決勝戦の映像は、世界中を駆け巡ることになる。中でも最もリプレイされたのは日本人の中学生プロゲーマー、k4110が世界を獲った瞬間だ。
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