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見送る背中

日々の暮らしは、少しずつ形になっていく。


仕事にも慣れ、

人との関わりも増え、

この街での時間が、当たり前になっていく。


けれど——


変わらないように見える日常の中にも、

少しずつ、変化は訪れていた。


それは、とても自然で。

だからこそ、気づいた時にはもう、元には戻らない。


これは、そんな日々の中で迎える、ひとつの節目の話。

朝。


ナナは台所で手を動かしながら、今日の段取りを考える。


調合、納品、買い出し。


やることは多いが、無理のない範囲で回していく。


「セナ、起きて」


「……ん」


まだ眠そうな声。


それでも少しずつ生活のリズムが整っていく。



商業ギルドでは、リオルドが仕事を紹介してくれた。


「こちらは常時需要のある薬品です。安定して納品できれば継続依頼になります」


「分かりました」


品質と量。


その両方が求められる。


ナナは無理のない範囲で引き受けた。



納品初日。


「……これは、見事ですね」


リオルドがわずかに目を細める。


「品質は規定以上です。量も問題ありません」


「ありがとうございます」


周囲の視線が少しだけ集まる。


「どのくらいの頻度で納品できそうですか?」


「これと同じものなら一週間で十本ほど、種類を増やすなら少し減ります」


「十分ですね。しばらくはこれを継続でお願いします」



納品仕事に慣れてきたある日。


「……臨時の治療師?」


時間に余裕が出てきたので、リオルドに相談していた。


「冒険者ギルドからの依頼です。週二回、午前中だけの勤務で、報酬はこのくらいになります」


「受けます」


迷いはなかった。



ある日の朝。


「ハンナさん、少しお願いしてもいいかしら」


隣の家の扉を叩きながら、ナナは声をかける。


「あいよ、どうしたんだい」


顔を出したハンナは、いつもの調子でそう言った。


「今日は冒険者ギルドで働く予定で……セナを預かっていただけますか」


少しだけ間を置いて、ナナは言う。


「もちろん構わないよ」


あっさりとした返事。


「ほんとに?」


セナがぱっと顔を上げる。


「いいの?」


「いいよ。うちの子たちもいるしね」


ハンナは肩をすくめて笑う。



「おしごと?」


「ええ。ちょっと長くなりそうなの」


しゃがんで目線を合わせる。


「いい子で待っていられる?」


「……うん」


少しだけ考えてから、こくりと頷く。



「無理しなくていいよ」


ハンナが横から言う。


「泣いたって騒いだって、子どもなんだからね」


「……すみま——」


言いかけて、ナナは一瞬言葉を止めた。


「……助かります」


言い直す。


ハンナはそれを見て、ふっと笑った。


「それでいいのさ」



「じゃあ、いってくるわ」


「いってらっしゃい!」


「いってきます」


セナは元気に手を振る。



家を出て、少し歩いたところで——


ナナは小さく息を吐いた。


(……預けられる場所がある)


それだけで、こんなにも動きやすいのかと気づく。



冒険者ギルド。


少し荒い空気の中で、ナナは働き始める。


「私はリーナ。よろしく」


「ナナよ、よろしく」


すぐに打ち解けた。



擦り傷、打撲、軽い裂傷。


「じっとして」


淡々と処置をする。


「……すげぇな」


そんな声も聞こえるが、気にしない。



「ナナ、助かった」


「それならよかった」


仕事として、確かに役に立っている実感があった。



帰ってきたのは、日が傾いた頃だった。


ギルドの仕事は半日だが、普段セナがいるとできない用事や買い物をしていたら遅くなった。


「ただいま」


声をかけると、奥から賑やかな声が聞こえる。


「おかあさーん!」


勢いよく飛び出してくるセナ。


「おかえり!」


「ただいま」



「ね、きいて!」


息を弾ませながら話し出す。


「きょうね——」


止まらない。


楽しかったことが、そのまま溢れている。


「いい子にしてた?」


頭を撫でると、少しだけ誇らしそうな顔をする。


「いい子だったよ」


後ろからハンナが言う。


「最初はちょっとそわそわしてたけどね」


「……そう」


ナナは小さく頷く。


「でもすぐ遊び始めてたよ」


「そっか」


安心したように笑う。


「いつでも預かるからさ」


ハンナは気軽に言う。


「遠慮しなさんな」


「ありがとうございます」


今度は、自然に言えた。



家へ戻る道すがら。


セナはずっと話し続けている。


「ハンナおばちゃんちね、すごかった!」


「レオがね——」


「リクがね——」


その声を聞きながら、ナナは思う。


(……この子の居場所も、ちゃんとできてる)


少しずつ。


確実に。


この街に根を張っていく。



商業ギルドでの納品。

家での調合。

冒険者ギルドでの治療。


少し忙しいが、充実していた。



最初の頃、アルスはよく顔を出していた。


「お、やってるな」


気軽に入ってくる。


「いらっしゃい」


それが当たり前の距離だった。



「これ、手伝う?」


「そこにあるの取って」


「了解」


自然なやり取り。



「アルスー!」


「はいはい」


セナはすぐに飛びつく。


そのまま外へ行き、気がつけば近所の子どもたちに囲まれている。


「これできる?」


「見せてみ」


子どもたちの中心にいる姿。


頼れる“おにいちゃん”だった。



買い出しの日。


「持つよ」


当然のように荷物を持つ。


「助かるわ」


「このくらいはね」



素材採取にも同行する。


「この辺は安全だな」


その一言で、ナナは安心して作業に集中できた。



——けれど。


「アルスさん。最近、忙しいみたいだよ」


リーナが言う。


「依頼が増えてるって」


「そう」


ナナは静かに頷いた。



三日に一度だったのが、五日に一度に。


やがて一週間空くことも増えていく。



「アルス、さいきんこないね」


「お仕事が忙しいのよ」


「そっか……」


少しだけ寂しそうな声。



久しぶりに会えば、いつも通り。


「元気にしてた?」


「うん!」


変わらない笑顔。



それでも——


一緒にいる時間は、確実に減っていた。



「そろそろ本格的に復帰するよ」


アルスが言う。


「長い依頼が増える」


「……そう」


「二週間とか、それ以上になることもある」


「そんなに」


「ほとんど移動だけどね」


軽く笑うが、それだけ遠い場所。


「……寂しくなるわね」


ナナの素直な言葉。


アルスは少し笑って——


「でも、安心したよ」


そう言った。


「ナナもセナも、ちゃんとやってる」


「だから、大丈夫」


その言葉に、ナナは目を細めた。



アルスの依頼は長期化していく。


街にいない日が増えていく。


「……足りない」


素材が足りない。


市場のものは品質が安定しない。



「護衛依頼を出したいのだけど」


「任せて」


リーナが頷く。



「エマです」


「フィリアです」


若い二人組。


「よろしくね」


二人は、護衛依頼を受けられるようになったばかりだった。


その分、依頼料も控えめで。

女同士ということもあって、気も遣わずに済む。


空いている時は、自然と二人に頼むようになっていった。



別の日。


「よう、嬢ちゃん」


「ダンだ。依頼を受けた」


無精髭の男。


ギルドで、新人に教えている姿をよく見かける人だった。


右足を少し引きずっているが——

それでも、その辺の冒険者よりずっと強い。



「そこ、危ないぞ」


落ち着いた声で指示を出す。


「この辺は湿ってる。足取られるなよ」


経験の差は明らかだった。


二人がいない時に依頼を受けてくれるようになった。



依頼を重ね、安定して素材が手に入るようになる。


生活は整っていく。



ある日の夕方。


久しぶりにアルスが戻ってきた。


「おかえり」


「ただいま」


それだけで、少し安心する。


「今回は長かったわね、夕食食べていって」



食後、アルスはお茶をゆっくりと飲んでいた。


夕食は賑やかで。


久しぶりに会ったアルスにずっと興奮しておしゃべりしていたセナが、疲れてソファで寝ていた。


静かになった空間で優しくセナの頭を撫でていると——


「王都に拠点を移す」


アルスが言った。


ナナの手が止まる。


「……そう」


(ずっと様子がおかしかったのは、このことだったのね……)


「……いつ、出発するの?」


「近々」



出発の日。


よく晴れた朝だった。



王都に続く門の前。


「アルスー!」


セナが飛びつく。


「おはよう!」


嬉しそうな笑顔。


「お待たせ」


アルスが言う。


ナナは——


「待ってた」


そう返した。


一瞬、二人で笑う。


「あの時と逆だね」


「そうね」



「またおしごと?」


「ああ」


軽いやり取り。


「じゃあ、行くね」


「手紙、書いてね」


「もちろん」


「いっぱい書くよ」


「セナも読むんだぞ」


「うん!」


——ふと、何かに気がついたようにセナの表情が曇る。


「……アルス、ここにかえってくる?」


ぽつりと聞く。


「王都に引っ越すんだ」


その言葉で——


理解してしまう。


「……じゃあ」


「もう、かえってこないの?」


「来ることはある。でも今までみたいには無理だな」


「……やだ」


わかっている。


でも——


「やだ……!」


涙がこぼれる。


「いかないで……!」


大きな声で泣く。


アルスはしゃがんでセナに目線を合わせた。


「会えなくなるわけじゃない」


「手紙も送る」


しかし、納得しないセナは首を振りながら、


「ちがう……!」


「いままでと、ちがうよ……!」


必死に訴える。


ナナがセナの頭を撫でる。


「セナ」


「アルスは、自分の道を進むの」


「応援してあげましょう?」


「……うん」


「手紙、いっぱい書くよ」


セナは泣きながら頷く。


「いい子でいろよ」


「……うん……」


セナは、ひくひくとしゃっくりをしながらも泣き止もうと目を擦る。


ナナはハンカチでセナの顔を拭く。


「じゃあな」


アルスはそんなセナの頭をぽんと叩いた。


「いってらっしゃい」


「……いってらっしゃい……」



アルスは軽く手を上げて、振り返らずに歩いていく。


ナナは、少しだけその背中を見る。


それで十分だった。


「……うぅ……」


セナの目からまた涙が溢れてきた。


「帰ろうか」


「……うん……」


セナはアルスの背中が見えなくなるまで、その背中を目に焼き付けるように、なかなかその場を動かなかった。



家へ帰る。


日常に戻る。


「手紙、たのしみだね」


「……うん……」



王都の話。

知らない景色。

アルスの見ている世界。



それはきっと——


少しずつ、ここに届く。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


この街での日々の中で、

ひとつの別れを迎えました。


寂しさはあるけれど、

それでも日々は続いていきます。


ナナとセナのこれからも、

どこかで見守っていただけたら嬉しいです。

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