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7話 まつりの正体、不揃いの選択

『選ぶのです。この夢を続けるか、それとも止めるのか。決定権は、おぬしたち人間にあります』


(……これが、神様の声ってやつか)


 頭の中に直接響いてくるようなその響きを、ヒロキはどこか他人事のように聞き流していた。

 畏怖よりも先に、彼の脳内を占めたのは、あまりに甘美な「可能性」だった。


(夢を続ける……。それは、ヒナの死を忘れるだけのことか?)


『あっちへ行けば、戻れるぜ。もう一度な……』


 霧の中で、ユニフォーム姿の「自分」が囁いた言葉が、耳の奥でリフレインする。

 もし、この神様の言う「夢」が、単なる記憶の改竄以上のものだとしたら。ヒナが生きているだけでなく、自分のあのドブのような現実さえも書き換えられるのだとしたら。

 ヒロキの胸の内に、一筋の(くら)い欲が鎌首をもたげた。


「な、なあ……。ちょっとみんなで、話し合わねえか?」


 ヒロキは、絶望の淵で項垂れている三人に語りかけた。

 その声は一見すれば仲間を(おもんぱか)るリーダーのようだったが、その瞳の奥には、自分にとって都合のいい「楽園」を掴み取ろうとする執着が、ぎらついた光を宿していた。





「……何だよそれ。またあの偽物と、ヘラヘラ友達ごっこをしろって言うのか?」


 カイトが険しい表情で吐き捨てた。ヒロキの提案は、カズラに術をかけ直させ、ヒナが生きている「夢」を続行しようというものだった。


「悪い話じゃないだろ。これでまた、いつも通りの生活に戻れるんだぜ?」

「何がいつも通りだよ! 意味分かんねえ……。ヒナは偽物なんだぞ。中身はあの狐なんだぞ!」

「それでもさ、このまま現実に戻って、俺たち普通に過ごせると思うか?」


 ヒロキの冷めた一言に、カイトは言葉を詰まらせた。その沈黙を好機と見たヒロキは、畳みかけるように続ける。


「俺たち、今年は受験生だぜ? こんなところで得体の知れないストレス溜め込んでどうすんだよ。マコトもカンナちゃんも、この辺で一番の進学校を目指してるんだろ? ここでの出来事がしこりになって、大事な時期に成績が落ちたらどう責任取るんだよ」


 それは、あまりに現実的で、反論しがたい正論だった。マコトとカンナは学年でも常にトップ5を維持する秀才だ。教師たちからも期待の眼差しを向けられている。


「カイトだって、夏の大会があるだろ」

「……俺は別にレギュラーじゃねえし、どうでもいい」


 カイトはピシャリとはねのけたが、その表情は不貞腐れたように歪んでいた。ヒロキはムッとしたものの、この場を動かすカリスマ性を持つカイトを何としてでも味方に引き入れたかった。


「じゃあ、カイトは今すぐ現実に戻りたいんだな?」

「……そこまでは言ってねえ。けど、あの狐がヒナのフリをして隣に居座るのは、反吐が出る」

「俺も……カイトの意見に近いかな」

「マコトまで!?」

「だって、いつまで続けるつもりだ? これを……」


 マコトの冷静な問いかけに、ヒロキは言葉を失う。

 子供たちが自分を「狐」と揶揄し、モノのように扱うたびに、カズラの表情はみるみる不快げに曇っていく。だが四人はそんな様子など構わず、互いの主張をぶつけ合った。


「さっき、俺たちに決定権があるって言ったよな。つまり、この『夢』は俺たちが止めると言えば、その瞬間に終わるんだ。……ぶっちゃけ、いつまでこの茶番を続けるつもりなんだよ」

「いや……、それは……」


 ヒロキは口籠った。弁の立つマコトに言葉で勝てた試しはない。直情的なカイトと理性的なマコト。性格は真逆だが、根底にある「潔癖さ」で共鳴する二人が組むと、いつも最後には周囲が丸め込まれてしまう。

 だが、今回ばかりは譲れなかった。


「じゃあ、今ここでおしまいにするのかよ! いきなり『ヒナは死にました』って現実を突きつけられて、明日から笑って学校に行けるのか!?」

「でも、いつかは終わりにしなきゃいけないことだろ」

「それが、今じゃなくていいだろ……!」

「私も……今じゃなくていい……」


 ヒロキの言葉に、カンナが力なく、震える声で同意した。


「私、ヒナがいないなんて現実、受け入れられない……! 私たちのせいでヒナが死んじゃったなんて……そんなの、知らない方がよかった……! 見たくない、ヒナがいない世界なんて……っ!」


 悲痛な叫びが境内に響き、全員が沈黙した。

 カンナはヒナの親友だった。誰よりも近くにいて、誰よりも大切に思っていたはずだった。だが、その隣にいたのは、親友の皮を被った偽物だったのだ。

 壊れそうなカンナの様子を目の当たりにし、マコトはたまらずカズラへ向き直った。それは質問というより、懇願に近かった。


「……なあ。一人ひとりの答えが違っても、それぞれに合わせてくれるのか?」

「……できるぞ。だが、現実を生きる者と夢を生きる者の間には、修復不可能な『差』ができる。どんな影響が出るか保証はできない。僕としては勧めないが……どうしてもと言うなら、そうしてやるがな」


 カズラの瞳は、どこまでも冷徹だった。


「じゃあ、そうしてくれ。僕たちは──」

「ちょっと待てよ」


 妥協案を飲もうとしたマコトを遮り、カイトが前に踏み出した。


「まだ全然納得できねえ。俺たちの願いを叶えようと思った? ふざけんな!! テメエの罪滅ぼしか何だか知らねえけど、だったらわざわざこんな場所に閉じ込める必要ねえだろ!! テメエらの本当の目的は何なんだよ!!」


 カズラはカイトの怒号を面倒そうに鼻で笑い、薄い唇を開いた。


「『まつり』だよ。それ以外に理由はない」

「はあ? 祭り?」

「そう、『まつり』さ。年に一度、正にこの日に君たち四人をこの空間に招き入れ、執り行っていた儀式なんだ。主さまが仰った通り、決定権は君たちにある。拒否しても構わないが、僕は今しばらく『夢』を続けることを勧めるよ。……まだ、早すぎると思うしね」

「早い……?」

「術を解くには早いという意味さ。君たちはまだ成長の途中だ。身も心も未熟すぎる。傷が治りきっていないのに無茶をして、一生消えない後遺症を残すようなものだ。決断は慎重にすべきだな」

「……っ」


 カズラの言葉には、妙な説得力があった。沈黙が場を支配する。その優柔不断さに苛立ちを覚えたのか、カズラは急かすように告げた。


「それで、どうするんだ? 真実を知ってしまった以上、もう元通りには過ごせない。残された選択肢は二つ。『術をかけ直して夢に戻る』か、『このまま絶望の現実を生きる』かだ」


 赤い瞳が、ヒロキの視線を射抜いた。


「ちなみに。僕がこの場でかける術は『ヒナの死』に関することだけだ。今現在、君たちの身に現実に起こっていること──例えば、部活の挫折や学校の成績の不安なんかを、無かったことにはできないよ」

「え……?」


 ヒロキは虚を突かれたように、小さく声を漏らした。

 霧の中で見たあの「栄光」へは戻れない。期待していた「やり直し」は、この術には含まれていないのだ。

 カズラの紅い瞳が、鋭く四人を刺し貫く。


「夢の続きを見るか、それとも夢から覚めるか。さあ、選びなよ」


 沈黙が、重く閉ざされた境内にのしかかる。彼らが口を開くとき、八年間の「夢」は、永遠にその形を変えることになる。


 果たして、「夢」がどんな形と成り果てるのか、それは誰にも分からない。

次回「マヨイガの社編」最終話5月24日更新です。

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