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6話 願いの代償、罰の夢

「僕だって、本当に悪かったと思ってるんだよ? 故意ではないにせよ、僕のせいでヒナを死なせてしまったわけだからね……」


 カズラはしゅんとした様子で申し訳なさそうに俯き、消え入りそうな声で語る。だがその仕草さえ、どこか芝居がかっていた。


「何より、君たちがなけなしのお小遣いを全て賽銭箱にぶち込んで、必死に願う姿があまりに健気でさ……。だから、僕が君たちの願いを叶えてあげようと思ったんだ! でもね、『黄泉帰り』は絶対の禁忌。主さまたちでさえ手を出せない領域なんだ。……だから、代わりに“僕が”ヒナに化けてあげることにしたんだ!」


 カズラが再び左腕を翻すと、今度は首から上だけが、見慣れたヒナの顔へと変貌した。

 巫女装束のような白い衣を纏ったカズラの体の上に、少女の頭部が乗っている。そのあまりに不気味な造形に、境内の空気は凍りついた。


「こうしてヒナの姿になって、君たちと八年間、ずっと一緒にいたんだよ。……ねえ、分かってくれたかな?」


 カズラはヒナの顔のまま、愛らしく首をかしげて満面の笑みを向けてくる。

 しかし、カイトたちの顔は土気色に染まり、金縛りにあったように固まっていた。今まで信じていた八年間の友情が、人外の力による「偽物」に過ぎなかったという残酷な事実。

 カズラは不思議そうに彼らの顔を覗き込み、「どうしたの? 大丈夫?」と、上辺だけの優しい声をかける。それでも、四人は指一本動かすことができない。

 絶望に沈む彼らを眺め、カズラは内心で深いため息をついた。


(……これだから人間の子は面倒だ。成長するたびに、反応が変わる)


 一年前よりも少しだけ大人びた彼らの顔を見つめながら、カズラは八年前──ヒナに成り代わった、あの日を思い返していた。





 カズラは人を化かすのが好きだった。

 数百年前、神の眷属となってからもそれは変わらない。理由も分からず慌てふためき、腰を抜かす人間。中にはその場で白目を剥いて倒れる者もいた。自分を視認できない者たちが、子供じみた悪戯に翻弄され、我を忘れて怯えふためく姿を見るのが何よりの娯楽だった。

 だからこそ、ヒナのことは珍しいと思った。自分の姿をはっきりと捉えられる人間など、数百年の間でも片手で数えるほどしかいなかったからだ。

 ほんの子供だし、大層な危害を加えるつもりなんてなかった。ただ、僕が見えない他の子供たちに「嘘つき」だと揶揄われ、必死になって僕を追いかけてくる彼女の姿が面白かったのだ。

 井戸の縁に飛び乗った時、まさかヒナがそのまま自分を捕まえによじ登ってくるとは思いもしなかった。案の定、彼女は細い足を滑らせ、吸い込まれるように井戸の底へと落ちていった。

 闇に消える瞬間の彼女の顔を、今でも忘れることはない。

 それは絶望でも、驚愕でもなかった。ただ「もう少しで手が届く」という、純粋な喜びに染まっていたのだ。

 その時の彼女の瞳には、確かに僕の姿が映っていた。

 グシャリ、と鈍い音が井戸の底から響いた。

 そこは何十年も前から枯れ果て、陽の光も届かない深い奈落だ。眷属である僕の目をもってしても、底に横たわる彼女の姿を捉えることはできなかった。

 ヒナが落ちたと泣きじゃくる子供たち。騒ぎを聞きつけて飛んできた神主。瞬く間に警察や消防が集まり、夜通しの救出活動が始まった。彼女が冷たい(むくろ)となって引き上げられたのは、事故の翌日のことだった。

 僕はその光景を、ただ高みの見物と決め込んで眺めていた。罪悪感なんて欠片も感じない。これもよくある人間の、あっけない最期の一つに過ぎない。

 だが、主さまたちはそれを許さなかった。


『お前の所業は目に余る。人間を揶揄う程度の化かしは大目に見てきたが、我らの膝元で幼子の命を散らすとはやり過ぎだ』

『カズラ。罰として、お前はあの子供たちの願いを可能な限り叶えるのだ。不必要に人間の命運に干渉した報いを受けよ』


 主さま方の命がなければ、こんな面倒なことはしなかった。

 確かに、罪悪感に打ちひしがれる子供たちは気の毒だと思ったし、お小遣いを全て賽銭箱に投げ入れた彼らの姿を「健気だ」と感じたのも嘘ではない。けれど、死んだ人間に化けるなんて冗談じゃないと思った。清浄なる稲荷大明神の眷属が、卑俗な人間の振る舞いをして過ごすなど、本来なら耐え難い屈辱だ。

 それでも主さま方の決定を覆すことなどできず、僕は仕方なく、ヒナの姿を借りて彼らの前に現れた。

 子供たちは「ヒナが生き返った」と泣いて喜んだ。だが、彼女の死は紛れもない現実だ。だから僕は、少しだけ大掛かりな「化かし」を施すことにした。

 現実を直視する大人たちに悟られぬよう、子供たちの記憶から「ヒナの死」を──隠蔽したのだ。


(……あれから、もう八年も経ったのか)


 幼かった彼らは、成長するにつれて自我を持ち、現実を鋭く観察するようになっていった。「死の隠蔽」という単純な術だけでは、彼らを化かし続けることが日に日に困難になっていく。


(まさか、初午祭のチラシを見つけられるとはね。ヒロキがゴミ箱を蹴り飛ばすのは計算外だった。去年までなら、あの隠し方で十分だったのに……)


 ヒロキが鬱屈(うっくつ)を抱え、荒れているのは知っていた。周囲への発散として出たその暴力的な行動が、皮肉にも僕の術に穴を開けたのだ。

 この空間は、八年前の「ヒナが死んだ日」のまま止まっている。ここに存在するものを消し去ることはできない。せめて「ゴミ箱に捨てる」ことで視界から外したつもりだったが、それも誤算に終わった。


(掲示板のポスターも、次はもっと工夫しないとな……)


 あの掲示板には、八年前の出来事が鮮明に刻まれている。前回の「祭り」では誰も矛盾に気づかなかったため、僕自身に油断があった。


(……子供の成長は、実に厄介だ。些細な違和感から真実を手繰り寄せてしまう。これも僕への「罰」というわけか。だが、止めるわけにはいかない。今度は、もっと深く、複雑な術をかけ直さなければ)


 現実に打ちひしがれ、絶望に顔を歪める子供たち。

 その視界を再び優しい「嘘」で塗り潰すため、カズラは静かに両手を翳した。





 視界を塗り潰そうと、ぬっと手が翳された。カイトは反射的にその手首を掴み、力任せに振り払った。


「ふざけんな、何すんだよ!!」


 剥き出しの警戒心を叩きつけるカイトに、カズラは心底心外だと言いたげに眉をひそめた。


「……術をかけ直すんだよ。ここで起きた不都合なことを全部忘れて、君たちはまた『ヒナの生きている夢』の中で穏やかに過ごすんだ。それが一番だろ?」

「それって、本物のヒナじゃなくて『ヒナに化けたお前』と一緒にいるってことだろ?」

「……? それがどうしたのさ。今までだって、八年間ずっとそうしてきたじゃないか」

「冗談じゃねえ!! そんな不気味なこと、いつ誰が頼んだよ!!」

「はあ? 八年前だよ。君たちが泣きながら『ヒナを生き返らせて』って願ったんじゃないか。だから僕は、できる限りのことを──」

「んなこと一度も頼んでねーっつってんだろ!!」


 カイトの怒声が境内に響き渡る。


「俺たちは『ヒナを生き返らせて』って願ったんだ。誰が『ヒナの偽物を作って俺たちを騙せ』なんて言ったよ! 答えろよ!」

「だから! 『黄泉帰り』は絶対の禁忌で、無理なんだってば! 代わりに僕が化けてあげて──」

「頼んでねえっつってんだよ!! 要は、テメエのせいでヒナが死んだんだろ!? だったら、責任持って本物のヒナを生き返らせろよ。俺たちが望んだのはそれだけだ!!」


 あまりに直球で、かつ傲慢な「子供の理屈」に、カズラは顔を引き攣らせた。


(……成長したと思ったのは間違いだったな。こういう身勝手なところは子供のままだ。本当に、面倒だ……)


 対話は無駄だと判断したカズラは、抵抗するカイトを無視して強引に術を完遂させようと、再び両手を翳した。冷たい霊気が指先に集まった、その時──。


『……待ちなさい、カズラ』


 社の中から、静かな声が響いた。

 男とも女とも、あるいは老いも若きも超越したような、不思議に透き通った中性的な声。

 ギィ……と古びた社の戸がゆっくりと開いていく。姿は見えない。だが、その暗がりの向こうには、圧倒的な密度を持った「何者か」が確かに存在していた。


『人間の子らよ……。どうかカズラを許してほしい。我らにできることは、これ以上ないのです』


 穏やかに、包み込むように語りかけてくるその言葉に、カイトの逆立っていた神経が不思議と鎮まっていく。


『おぬしたちの望みは、ヒナという少女の「黄泉帰り」……。ですが、それは命への冒涜に他ならない。その重すぎる罰を、未来あるおぬしたちに背負わせるわけにはいかぬのです。だから……選ぶのです。この夢を続けるか、それとも止めるのか。決定権は、おぬしたち人間にあります』

次回は5月17日更新です

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