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現世(うつしよ)追想録

 ヒナが彼岸へ旅立ってから、数カ月が過ぎた。行方不明事件が一挙に解決へと向かったが、たった一週間ほどで白骨遺体として発見された竹本のことは、大々的に報道され神隠しとして新たな都市伝説として有名になった。

 学校や近隣住民の間でも憶測が飛び交っていたが、一ヶ月も経てば報道は落ち着き、いつもの日常へと戻っていった。



「キャアアッ!!」


 ドタドタと女子トイレから逃げていく女子生徒たち。それを唖然としながらカンナは見つめていた。


「……ちゃんと『コックリさん』最後まで終わらせたんだから、あそこまですることないと思うよ? 花ちゃん……」


 しゃがんだ状態で、傍らに佇む、おかっぱ頭に赤いスカートの少女に、カンナは諭すように語りかけた。

 トイレの花子さんこと、埴山姫ハニヤマヒメがそこにいた。その後ろには、稲荷大明神の眷属・ハクも一緒だ。


『これくらい軽いものよ。カンナ、おぬしは人が良すぎる。わらわは、おぬしのような人間が搾取されることは好まぬ。少しは分別を覚えよ。手当たり次第にあのようななからに構っていては、らちが明かんぞ』


 見た目は幼い少女だが、日本の怪異としての歴史は長く、神として強い信仰を得ていた偉大な存在だ。

 何故、おかっぱに赤いスカートの少女の姿でいるのかという疑問は、今は置いておく。


「いつまでしゃべっておるのですか? 高天原たかまがはらへ帰りましょう」


 カンナへの説教を始める埴山姫に、ハクが帰省を急かす。埴山姫も「そうだな」と呟いた。


『───さて、小娘どもも思う存分、祟ってやったことだし、妾は高天原へ帰るとしよう』

「もう行っちゃうの?」


 そのための儀式であったはずなのに、いざその時がきた途端に、カンナは物悲しさに襲われた。


『そんな顔をするでない。元来、妾たちは人間を見守ることが役目……。おぬしたちの人生に必要以上に関わるべきではないのだ』

「でも……」

『案ずるな。これからもずっと見守っていく。寂しがる必要はない。それに、おぬしたちはあの狐が見せる「夢」ではなく、現実で立ち直っているのだから、もう大丈夫だ』


 カンナは埴山姫の言葉に泣きそうになりながら、小さく頷いた。ヒナに続いて、悩みを打ち明け、相談していた埴山姫までいなくなってしまうことが、悲しくて仕方がないのだ。


『そんな顔をするな。帰りたくなくなってしまうではないか』

「花ちゃん……」


 次の瞬間、カンナの両目からボロボロと大粒の涙が溢れ出た。

 そんなカンナを埴山姫は力強く抱き締めた。それに応えるように、カンナも抱き返す。だが、抱き締められ、感じていた埴山姫の体温が徐々に薄れていく。埴山姫が本来の居場所へと引っ張られているのだ。


『……最後に加護を授けよう。おぬしの未来が、明るく、輝きに満ち、幸福でありますように……』


 優しく耳元で囁かれた言葉と共に、フッと抱きしめられていた感覚が消えた。支えを失いカンナは転びそうになったが、寸前のところで踏みとどまれた。

 日が傾き、赤く染まる放課後のトイレに、カンナ一人が残されていた。

 キーンコーンカーンコーン、とチャイムが鳴った。もう帰らなくてはならなかったが、カンナはもう少しだけ、この余韻に浸っていたかった。





「あ、カンナやっと来た」


 昇降口に現れたカンナを見つけたカイトは、ホッと胸を撫で下ろした。

 埴山姫とハクを見送ると言っていたので、何かあったのかと不安だったのだ。


「二人とも帰れた?」


 一緒にいたマコトが問うと、「うん」と悲しげだが、カンナはしっかりと答えた。


「っていうか、マジで花子さんなの?」


 埴山姫がコックリさんで呼び出されたことを知らないヒロキが、興味津々で聞いてきた。


「そうだよ」

「花子さんって神様なんだって」

「『埴山姫』だっけ?」

「すげー!! 本物の花子さん見たかった!!」


 自分たちが昔から知るヒロキが帰ってきたのだと、その態度に安堵する。


「何だよ……」

「いや、ヒロキらしくて安心しただけ」

「帰ってきたなぁってさ!」


 色々と拗らせていたヒロキは気まずそうに、何も言い返せなかった。

 これから、ヒロキも交えてヒナが命を落とした事故現場へ、花を供えに行くのだ。

 いつもの花屋で花を買い、神社へ向かった。


「花って高えな……。ぼったくりじゃね?」

「文句言わないでよ。花屋さんだって仕事なんだから……」


 ヒロキのボヤキにツッコミを入れたのはカンナだ。カイトもマコトもウンウンと頷く。


「……あれから、皆で行ってたのか?」

「まあな……」

「これくらいしか、俺たちにできることないし……」

「そっか……」


「マヨイガの社」以降のことをヒロキは尋ねているのだと察した。肯定で答えた三人とヒロキの間で、そこから沈黙が続いた。

 そして、黙ったまま神社へと辿り着いた。

 新しい花をバケツに生けて、手を合わせる。しばしの間、そうしていた。

 長い沈黙を破ったのはヒロキだ。


「……竹本がさ、昔ここで事故死した子供がいるって言って、肝試ししようって言い出したんだ……。それでここにやってきて、供えてあった花を見つけて、バケツ蹴り飛ばしてさ……。俺、止められなかった。竹本に、ここで死んだのは友達だったって言えなかったんだ」


 黙って、一人語り続けるヒロキの言葉を聞いていた。


「ごめんな、ヒナ……。本当に、ごめん……」


 震える声で、ヒロキは呟いた。時折、嗚咽が漏れ聞こえた。それに釣られて俺たちも涙を流した。


 空が赤く染まり、境内も茜色に輝いていた。夏のジメッとした空気が神社と四人を包み込む。

 どれくらいそうしていたか分からなかったが、日がさらに沈んだ頃、神主の一ノ瀬さんに話しかけられるまで、俺たちは生い茂る雑草に囲まれた井戸の側で、手を合わせ続けていた。


 ヒナとの本当の別れをしてから、カズラが俺たちの前に姿を現すことはなかった。あいつの罪が一つ消えたことで、俺たちとの縁が切れたと高を括っているに違いない。

 けど、花を供えに行くたびにバケツの水や花が取り替えられているのを、俺たちは知っている。

 一ノ瀬さんは言わないけれど、「弔い」の意味を持つ白い菊の花が供えられている時点で、あいつであることは明白だ。


 それから夏が過ぎ、冬が訪れた。高校受験を終え、俺たちは中学を卒業した。

 人生の岐路を選び、環境が変わり続ける日々の中で、この花だけはずっと変わらず供えられている。

 ヒナが生きていた頃の思い出を語り合い、懐かしむ。俺たちにとっても、お盆にここへ来ることは大切な決まりごとだ。


 これが俺たちの、ヒナへの追想録だ。


───カズラのもう一つの罪がどうなったかは、また別の話。

最後までお読みいただきありがとうございました。

これで、現世うつしよ追想録〜偽りの追想と本物の思い出〜はおしまいです。

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