2話 マヨイガの子供たち
「は? 何言ってんだ、お前」
マコトが怪訝そうにヒロキを見やった。
毎年、この稲荷神社の鳥居前に集合して祭りを回るのが、幼馴染五人の恒例行事だ。
「……なんで入ってきちゃったんだよぉ……っ!」
ヒロキはその巨体に似合わず、子供のように顔を歪めてマコトに詰め寄った。
五人の中で最も背が高く、中学生にして大人をも見下ろす体格の持ち主。小柄なカンナから一方的にライバル視にされているのは言うまでもない。
「なんでって……呼んでも降りてこないから迎えに来たんだろうが」
「それより何かあったのか?」
マコトが問うのと同時に、カンナが彼の後ろからひょっこり顔をだした。カンナを視界に捉えたヒロキが彼女に食いついた。
「わあ、カンナちゃん、今日の服かわいい!!」
「人の話を聞け! 張り倒すぞ!!」
シリアスな問いかけを台無しにされ、カンナが即座に怒鳴り散らす。
「みんな、本当に入ってきちゃったの……?」
次に駆け寄ってきたのはヒナだった。艶やかな黒髪をなびかせ、夢と同じ白いワンピースを揺らしてやってくる。
浴衣姿を拝めなかったのは残念だが、カイトはその清楚な私服姿を網膜に焼き付けた。
「あのね……私たち、外に出られなくて……」
「……何言ってんの?」
「ホントなんだもん! 何回やってもダメなの!」
ヒナは昔から天然の気が強く、言葉足らずだ。カイトやカンナでさえ、彼女の主張を解読するには時間がかかる。
「お前はいちいち説明が足りないんだよ」
案の定、カンナのツッコミが飛ぶ。
「わけのわからないこと言ってないで、行くぞ。屋台が出てないのも気になる。さっさと降りて大人に──」
マコトが促し、鳥居の方へと踵を返した。そして、結界を破るように境界線へ一歩踏み出した、その瞬間。
「っ!?」
マコトが弾かれたように立ち止まり、驚いた顔で空を仰いだ。
「どうした?」
カイトが問いかけながら隣に並ぼうとすると、身体に「ビリッ」と鋭い衝撃が走った。まるで全身を静電気で叩かれたような感覚だ。
「うわっ! なんだこれ、面白え!!」
「面白がってる場合か! 出られないんだぞ!」
マコトの鋭いツッコミが飛ぶ。確かに、目には見えないが、そこには強固な「膜」のような何かが存在していた。
「あんなの、さっきまでは無かったのに……」
ヒナが不安げに呟く。その言葉に弾かれたように、カンナがポケットからスマホを取り出した。
画面右上のアンテナマークを確認する。三本立っている。
「……繋がる。お母さんに電話してみる!」
震える指で発信ボタンを押し、耳に当てる。
……プルル、プルル。
数回のコールの後、ブツリと音がして通話が切れた。
「あ、れ……?」
慌てて画面を見ると、さっきまで立っていたアンテナが圏外の証である「✕」印へと変わっていた。
「圏外になった……嘘でしょ?」
「ダメだ。こっちもメッセージアプリが送信失敗になる」
マコトもスマホを振るが、状況は変わらない。
どうする? 何が起きてるんだ?
動揺が広がり、五人の間に嫌な汗が流れる。そんな中、一番に冷静さを取り戻したのはマコトだった。
「みんな、落ち着け! この神社には裏側にも出入り口がある。そっちなら出られるかもしれない。移動しよう」
その提案に、溺れる者が藁を掴むように全員が頷いた。
五人は顔を見合わせ、静まり返った境内の奥へと足早に駆け出した。
*
境内を足早に移動し、裏口へと辿り着く。五人は肩で息をしながら、外へと続く通路を一歩踏み出した。
バリッ、と全身に鋭い衝撃が走る。
あまりの痛みに、五人は一斉に後ろへと弾き飛ばされた。
「痛ってえ……!!」
「な、なんだよこれ……っ!!」
「一体、どうなってんだ……」
地面に手をつき、口々に不満と困惑を漏らす。
「くっそ、静電気どころじゃねえぞ。トランポリンで弾かれたみたいだ……。これ、マジで『結界』か?」
「は? 結界?」
カイトの言葉に、カンナが眉をひそめる。
「ほら、漫画とかアニメであるだろ。巫女や坊さんが術で張るやつ。お札の貼ってある門が開かなくなったり、見えない壁に閉じ込められたり……今のこれ、そのまんまだぜ」
カイトが力説すると、意外にもマコトが重々しく頷いた。
「……確かに、その線が濃厚だな。結界は『境界線』だ。内と外を切り離す概念。俺たちは今、神社の外側から完全に隔離されたのかもな」
「隔離って、どういうこと……?」
状況が飲み込めないカンナが問い返す。マコトは強張った表情で断言した。
「つまり、俺たちは『神隠し』に遭ってるってことだ」
「……は?」
「先日読んだオカルト雑誌の特集と、状況が酷似してる。異界との接触、電子機器の無効化、そして物理的な遮断……」
「そうだ、こいつオカルトオタクだった」
「頭いいくせに、変なとこマニアックなんだよな」
「美的センスも壊滅的だし、絵に描いたような『残念なイケメン』の極致だな」
カンナとヒロキが呆れたようにぼやいた。
「へへん、俺だって漫画の知識で知ってたぜ!」
「お前はそんなもん見てないで勉強しろ! 一学期の成績、知ってんぞ!」
ドヤ顔のカイトに、カンナの鋭いツッコミが飛ぶ。
夏休み前、高校受験を控えた彼らにとって、通知表は「地獄の赤切符」か「黄金の通行手形」か。それは今の彼らには預かり知らぬ恐怖だった。真相は教師のみぞ知る。
「それより、マジでどうすんだよ。出口が二つとも潰されてるんだぜ?」
焦れたようにヒロキが声を荒らげる。
「もういい、あっちの林を突っ切ってやる。真っ直ぐ行けばそのうち道路に出るだろ」
ヒロキは林のショートカットを提案した。稲荷神社の周囲はさほど広くない林に囲まれている。土地勘のある地元民なら容易なはずだった。
だが、その林の様子もおかしい。本来なら見えるはずの住宅街の屋根が消え、不自然に濃い霧が立ち込めている。
「ヒロキ、待て! 林に入るのは危ない!」
マコトが制止するが、血気盛んなヒロキは聞き入れない。
「うるせえ! 御託並べてる場合かよ!!」
叫ぶと同時に、ヒロキは「おりゃあああ!」と雄叫びを上げて霧の奥へと消えていった。
「ヒロキ!! 戻ってこい!!」
マコトの叫びが木霊するが、返事はない。ただ霧が深く沈殿しているだけだ。
「……なんで林はダメなんだ? 入り口みたいに弾かれるわけじゃなさそうだけど」
カンナの問いに、マコトが苦々しく答える。
「視界が悪い中で闇雲に歩けば、ホワイトアウトと同じ状態になる。方向感覚を失うんだ」
「ほわいとあうと? バッターアウトの親戚か?」
「吹雪で前が見えなくなる現象だよ! 毎年ニュースでやってんだろ!」
「ニュース見ない」
「見ろよ!」
マコトはカイトを一蹴し、話を戻した。
「いいか、人間は目印がないと真っ直ぐ歩けない。障害物を避けながら進んでいるうちに、自分では直進しているつもりでも、あらぬ方向へ曲がっちまうんだ。雪山の遭難の典型だよ。それに……」
「それに?」
「……もしここが『マヨイガ』になっていたら、出口なんてどこにも繋がっていないかもしれない」
「まよいが……?」
それは、出口のない巨大な迷路。
マコトの不吉な言葉が、重い空気となって彼らを包み込んだ。
次回は4月19日更新です。




