1話 夢現(ゆめうつつ)、静寂の境内
まだまだ初心者なので練習中です。拙い文字ですがよろしければ覗いていってください。
投稿頻度は週一を目指してます。今日中に2話目投稿できればと思ってます。
目の前を、白いワンピースの少女が走っている。
低学年ほどの背丈。俺は、逃げていく彼女の背を必死に追っていた。
呼吸は荒く、肺が焼けるように熱い。額から溢れた汗が、両目の間を伝って口元へ、そして音もなく地面へと吸い込まれていく。
「ここは、どこだ?」
周囲には何もない。ただ、視界のすべてを塗りつぶすような「白」が広がっている。だが、足元に目をやればうっすらと自分の影が落ちていた。
───これは、夢だ。
走る感覚も、汗の冷たさもあまりに生々しくて気づくのが遅れたが、今の俺の目線は彼女と同じくらいに低い。中学三年の俺が、こんなに小さいはずがないのだ。
しかし、あの子は誰だ?
どこかで見たことがある。あの後ろ姿、あの服、絶対に知っている。
泥に沈んだ記憶をかき回すと、ひとりの名前が浮かび上がった。
姉の親友で、俺の幼なじみ──ヒナだ。
「ヒナ!」
意思を無視して、喉から声が飛び出した。今の自分よりずっと高い、幼い少年の声。
「待てよ! ヒナ!」
再び、幼い俺が彼女を呼ぶ。
「どこに行くんだよ! みんなあっちにいるんだぞ!」
呼びかけに、ヒナがくるりとこちらを振り返った。
彼女は何かを指さし、唇を動かしている。だが、そこからは何の音も漏れてこない。まるで、テレビの音量だけを絞ったかのように。
「え? 今、なんて言ったんだ? 聞こえねえよ!」
問い返すが、彼女はただ音のない言葉を繰り返すばかり。やがて諦めたように、ヒナは再び前を向いて駆け出した。
「何なんだよ! どこ行くんだよ!」
制止の声は届かない。ヒナはさらに遠く、白の深淵へと消えていく。
「……え?」
一瞬の瞬き。
視界から、ふっと彼女の姿が掻き消えた。
──そこで、目が覚めた。
*
「はっ……!?」
目を開けると、視界がすべて逆さまになっていた。
あ、俺がベッドから頭から落ちたのか。まだ夢の続きなのかと思って、現実だと認識するのに暫し時間がかかった。
コンコン、と部屋の扉がノックされて開いた。
「カイト、起きろ。もう朝だぞ! いい加減……、すごいカッコだな」
「うるせーっ!」
起こしに来たのは、双子の姉のカンナだ。くりくりとした大きな目だが、切れ長で少々目つきが悪い。男女とはいえ双子なので顔は同じだ。自分の顔を女にしたような顔立ちの彼女が目をつり上げて、部屋の中に入ってきた。
小柄で中学三年にもなって小学生と間違われる彼女に「小さい」という単語は御法度である。腰まである髪を高い位置でまとめているのは、彼女なりの身長のかさ増しなのだが、意味をなしていない。
今日は年に一度の夏祭りだ。毎年幼馴染みんなで昼間の準備中から遊びに行っている。カンナの第一声に発した言葉は、約束の時間に遅れてしまうから早く起きろ、という意味のものだ。ベッドから逆さまに落ちているさまを目の当たりにして、呆れている。悪かったな、寝相が悪くて……。
「あ〜、クソッ! 頭打った」
「どれどれ? あら、瘤出来てる」
「マジで?」
「今日は日曜だし、病院やってないしな……。どうする? お前だけ休むか?」
「いやいや! 行く行く! 行くよ!」
「なら早く顔洗って着替えて来い。ヒナの可愛い服、見られなくても知らないぞ」
ヒナの、可愛い服!!
「浴衣かもな〜……」
カンナが意地悪そうな顔でそんなことを仄めかしてくる。その一言で、カイトの頭の中はヒナの浴衣姿で一杯になった。
ヒナはクセのない長い黒髪の美少女だ。目はくりくりしてて、カンナと違ってキツくない。スラッとしてて正に「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」を体現したような少女。いつも白いワンピースばかり着ているから、今日は違う装いを見られるかもしれない。
だらしない顔で妄想しているカイトの横で「単純だな」と呆れている。そして、ゴツンとカイトの頭にゲンコツを落とした。
「変な妄想してないで早く支度しろ!!」
「あだーーー!! 殴ることないだろ!?」
「うるさい。モタモタするな」
言い残して、カンナは部屋を出ていってしまった。女のくせに口調が乱暴な彼女は、態度も横柄だ。それは彼女が身体が小さいことで、幼い頃から揶揄われ続けた。だから舐められないように、自分を大きく見せようといつしか女らしくない口調になってしまった。
カンナの今日の服装はタンクトップにデニムのショートパンツだ。実にトゲトゲしている。本当は女の子らしいものが大好きなのに、と思いながらカイトはいそいそと着替え始めた。
*
「あー痛……」
殴られた箇所を擦りながら、カイトは祭り会場の稲荷神社に向かうべく、自宅を後にした。小柄なカンナに歩調を合わせて歩くが、そんな気づかない彼女の横顔に、恨みがましい視線を送りながら小言を漏らす。
「お前さ、あんなに殴ることないだろ!?」
「姉に向かって『お前』とは何だ。世話の焼ける弟をわざわざ起こしに来てくれる優しい姉がいることに感謝しろ」
「あれはどう考えても暴力だろーがッ!!」
「愛の鞭だ」
「どこがッ!?」
「ところでお前、進路どうする?」
「なんで脈絡なく唐突に進路の話になるんだよ。決めてねえよ!」
「だろうな」
「『だろうな』!?」
カンナの横暴はいつものことだが、こうも成績や将来を盾にしてくるのには、何か裏があるんじゃないか。そう勘繰るカイトの口から、余計な一言が滑り落ちた。
「……もしかして、生理?」
「イチモツ潰すぞクソ愚弟」
返ってきたのは、女子中学生が発したとは思えない物騒な宣告だった。
こうして姉・カンナの暴挙に耐えつつ、カイトは本物のヒナ──と信じている少女が待つ、神社への道を進んで行った。
*
「遅い!」
稲荷神社の鳥居の前。仁王立ちで待っていたのは、幼馴染のマコトだった。
切れ長で目つきの悪い眼鏡の奥には、文武両道の秀才らしい理知的な光がある。黙っていれば眉目秀麗なのだが、いかんせん美的センスが壊滅的だ。今日の格好も、『勝負下着』とデカデカと書かれたTシャツの上に、派手なアロハシャツを羽織っている。何とも残念なイケメンだ。
そんな服装にはあえて触れず、姉のカンナが素直に謝罪した。
「すまない、カイトが寝坊したんだ」
身内にあっさり暴露され、カイトの心臓が跳ねた。その瞬間、マコトの鋭い視線が飛んでくる。
「……だろうな」
「いーだろ別に! 時間には間に合ったんだから」
カイトは必死に弁明するが、追い打ちをかけるような無言の睨みに、変な汗が止まらなくなった。
「ところで、ヒロキとヒナは?」
「上で涼んでるよ。誰かさんが遅いから」
マコトは慇懃無礼に答え、再びカイトを射抜く。「この猛暑の中でよくも待たせてくれたな」という無言の圧に耐えかね、カイトは半ば開き直ってそっぽを向いた。
しかし、そこでふと、周囲の空気に違和感を覚えた。
「……なあ、なんか神社、いつもと違くね?」
「ん? そうか?」
マコトが首を傾げる。
「いや、なんか……静かすぎるっていうか……」
「お社なんてのは元々静かなもんだろ」
カンナもカイトの訴えを鼻で笑う。
「だったら尚のことおかしいだろ! 今日は祭りなんだぜ? なんで準備の跡すらないんだよ」
その指摘に、二人の動きが止まった。
確かに、祭り当日だというのに屋台の骨組み一つ見当たらない。それどころか、自分たち以外の参拝客も、作業している大人も、人っ子一人いないのだ。
ようやく自分の主張が聞き入れられた満足感よりも、じわじわと広がる不気味さが勝り、カイトの背中に冷たいものが走った。
不審に思いながらも、マコトが境内の奥に向かって声を張り上げた。
「おーい! カンナちゃんととカイトが来たぞー!」
返事はない。ただ、深々とした静寂が返ってくるだけだ。
「……返事、しないな」
「カイトが遅刻したから、ヒナが怒っちゃったんじゃない?」
「えっ」
おどけるように舌を出したカンナに、カイトは本気でショックを受けて肩を落とした。
「仕方ない、呼びに行くか」
マコトはうなだれるカイトを放置して、傾斜のきつい石段を登り始めた。手すりに手をかけ、一歩ずつ上へ。カイトたちもそれに続く。
階段を登りきると、二人の人影が見えた。
長い髪をなびかせた、すらりと背の高い少女・ヒナ。そして、その隣には体格が良く、あどけなさと威圧感が同居した少年・ヒロキが立っている。
先にこちらに気づいたのは、ヒロキだった。ぎろりと、血走ったような目でこちらを射す。
「あ」
四人の声が重なった。マコトが呆れたように溜息をつく。
「いるなら返事しろよ。そろそろ………」
「来るなァアアア!!」
マコトの言葉を遮り、鬼の形相でヒロキが絶叫した。




