蟹狩りに行こう!
巨大さゆえに、その動きはひどく緩慢にみえる。
しかし、それはただの錯覚であり、実際の速度はかなりのモノであろうことは想像に難くない。
それを証明するかのように、振り下ろされた巨大なハサミの下敷きになった建物はまるで紙で出来ていたかのように倒壊した。
「……なんだありゃ」
「見て分かりませんか? 蟹ですよ。でっかい蟹」
「そういうことじゃねえよ。なんでそのでっかい蟹がバスコルディアにいきなり出現するんだよ。無法都市つっても限度があるぜ」
「う~ん。……あ」
「おいマイディ。おめえ何を知ってる。何に思い当たった。とっとと吐け」
「掴まないでくださいよスカリー。そうじゃなくて、この蟹を売っていた行商人がちょっと気になることを言っていたんですよ」
「気になることぉ?」
スカリーの手を振り払って、マイディはコホンと咳払い。
「『キキキ、べっぴんのシスター様よぉ、あっしから蟹を買っちまったからにはちょっとした覚悟が必要になってきますぜ? なんと言っても特上の蟹ですからねぇ』って。気持ち悪かったんで一発殴っておきましたけど」
「ヤクでもキメてたんだろ」
「そうですねぇ……蟹と同じ目をしてはいましたけど」
「……んだと?」
「だから、人間の目じゃなくて、蟹の目がはまってたんですよ。眼窩に」
数秒、沈黙があった。
「……いや、そりゃ絶対にまともじゃねえし、今回の件に関わってるだろ。つうかそんなヤバそうなヤツから買った蟹を食わせたのかよおめえはくたばれ」
言いたくなったことが多すぎたために整理するのに大分時間が掛かったが、なんとかスカリーは言い切った。
「うーん、まあ……わたくしの知らない種族もいるのかもしれないなあ、と」
「……やっぱおめえは脳みそを返上した方がいいな。迅速に」
「それよりもスカリー」
「あん? なんだよ。これ以上の厄介事は勘弁だぜ。これ以上の精神的苦痛は遠慮しとく」
「蟹、こっちに向かってきてますよ?」
「あぁ⁉」
再び振り上げられた巨大なハサミはゆっくりと、しかしながら確実に教会に向かってきていた。
「おいマジか。あんなのに襲われたらひとたまりもねえぞ。ドンキーのヤツは何処だよ。迎撃に向かわねえと、野郎がキレてどうなるか分かったもんじゃねえ」
「司祭様は外出中ですね。今夜には戻られるとおっしゃっていましたよ」
「……戻ってきたら教会はがれきの山、か。俺達がどういう目にあうのか想像もしたくねえな。少なくとも一ヶ月はまともに動けねえ」
「同感です。バスコルディア教会式反省誘導術その九十九を食らいかねません」
スカリーは拳銃を引き抜き、マイディは山刀を二振りとも抜く。
「ハンリ、教会の地下室に逃げてな。俺達はアレをぶっ飛ばす」
「鍵はこれです。中に入ったらちゃんと鍵を閉めてお祈りを欠かしてはいけませんよ」
器用にも山刀を持ったままで鍵を取りだし、ハンリに放る。
「ふ、二人とも怪我しないでね」
自分が足手まといにしかならないことは分かっているので、素直にハンリは指示に従う。
それは、ある種の適応と言えるのかも知れなかった。
「死ぬときゃ死ぬ。そういうもんだ。逆に言えば、死ぬときにしか死ねねえ」
「まだわたくしの野望は成就していないのですから死ねませんよ」
それぞれに生きて戻ることを約束して、二人は走り出した。
教会を破壊せんという意思を見せる、巨大な蟹の元へと。
「おいおいおいおい、どんだけデカいんだよ。俺の仕事は賞金稼ぎであって化け物退治じゃねえぞ」
「賞金付きの中にはもっと大きいのもいるんじゃないですか? わたくし、もっと大きい亀をぶっ殺したことがありますよ」
「俺は小物専門なんだよ。おめえと一緒にするな」
「ふーん。まあいいですけど、“明けの開拓団”時代に戦ったことは?」
「……あるな」
「じゃあ、十分にやりきれますね。期待していますよ、スカリー」
「……神は死ね。いや、蟹は死ね」
「心配しなくても、今から殺しますよ」
「しゃこらテメエら根性見せろ! 甲殻類なんぞにビビってたまるか! 俺達は中央政府上等のバスコルディア住民だァ! 固いだけの食材なんぞに負けてられねえぞ!」
住民の一人が声を張り上げて鼓舞する。
それに応じるようにして雷鳴のような怒声が上がり、思い思いの攻撃が巨大な蟹に向かう。
弾丸が、魔法が、投石が、飛ぶ。
しかし、圧倒的なサイズ差を覆すには至らない。
どれもこれもが弾かれる。
「カカカカカカッ! クズ共めェ! 我は偉大なる深海の主の代行者なリ! その程度の攻撃でェ、賜りしこの肉体を傷つけることなど叶わヌ!」
やや歪さを感じるものの、巨大な蟹は立派に言葉を喋っていた。
「……頭痛くなってきた。帰りてえ」
「頭が痛いときには他の場所を傷つけると良いのですよ。痛みが分散してしまいます。やってあげましょう」
「冗談はよせ。おめえは手加減が下手くそなんだからよ」
蟹の元に到着したスカリーとマイディを待っていたのは、住民と言い争いながら進行してくる蟹という光景だった。
建物が破壊される度にバスコルディア住民のボルテージは上がっていくが、戦力差は絶望的に見える。
「おいおめえら、すっこんでな。一張羅だけじゃなくて命まで張って対抗しなくても良いだろうが」
「あぁん⁉ なんだテメエは……ってスカリーか」
「……俺も有名になったもんだな。サインでもしてやったら大人しく言うこときいてくれるのか?」
「馬鹿言いやがれっ! この東区はバスコルディアの中でも特に荒くれ者がそろってんだぜ。自分の身は自分で守る!」
「守れてねえだろ。向き不向きってやつがあるんだから大人しく尻尾巻いて逃げな。……ヤツは俺達が殺る」
「……嫌だといったら?」
「おめえが潰されるのを待つか、死なない程度に鉛玉をぶちこんでやるだけさ。もしくは俺の隣にいるシスターが隠し芸を見せてくれるかもな」
そこまで言われて初めて、住民を鼓舞していた男はマイディに気付いた。
「……双山刀もいるのか。……えぇい! 野郎共! 撤退! てったーい! 後の始末はスカリーとマイディがやるっ!」
やけにうれしそうな歓声が上がり、住民達は蜘蛛の子を散らすように一目散に逃げ出した。
残ったのは、無人の建物群と蟹。
そして、二人の賞金稼ぎだけだった。
「露払いはこんなもん、か。……おい蟹ィ! テメエ何してくれやがる! 泡吹いても許してやらねえからな! とっととくたばるか、苦しんでくたばるか、それとも死ぬほど後悔してからくたばるか、三つに一つ、選ばせてやる!」
「有情ですね。わたくしならばとっとと殺すの一択ですよ」
スカリーの大声に反応して、蟹は無機質な目を下に向ける。
「匂う匂ウ。お前らも我が同族を食っタな。偉大な深海の王の眷属を食ったナ。やはりこの街は無礼者ばカりだ。特にこっちの方角から同族の怨念を多数感じルぞ。お前達の仕業カ?」
「そりゃ食うだろ。蟹なんぞペットにしろって言うのかよ。どんなアホだ」
「あ、まだカニミソ食べてませんね。コイツをとっととぶっ飛ばしてカニミソ食べましょう。またお酒が進むんですよ、あれ」
「ほう、そりゃ初耳だな。おめえも偶には役に立つもんだ」
「わたくしはいつだって役に立ちますよ。スカリーが活かしきれないだけです」
「はん、じゃあ今度ドンキーにでも聞いとくぜ」
「あ、ちょっと! それはいけませ――」
「不敬者どモがっ! 我が一撃ニよって死ねィ!」
無視された蟹は、怒りにまかせて自分のハサミを叩きつけた。




