蟹の存在証明
「かにかにかにかにかっにかに~。かにさんかにさん、今日はどちらへ? わたくしが美味しく調理して差し上げますからお鍋に入りましょうね~」
調子外れの歌を歌いながらマイディは巨大な鍋に蟹を放り込んでいく。
教会の庭。
手際良くたき火の準備を整えたマイディはどこからともなく持ってきた巨大な鍋に湯を沸かし、蟹を茹でる準備を整えていた。
煮えたぎる湯の中へと次々に蟹は投入されていく。
抵抗しようにも、縛り上げられているのでそうもいかない。
大量の蟹たちは為す術もなく美味しく茹でられるしか選択肢はなかった。
「毎度思うんだが、南部はやけに料理法が原始的だな。千年ほど前に生きちゃいねえか?」
「何を言うのですかスカリー。蟹が取れる地域ではこういう風に一気に茹でてしまうのですよ。それぞれの家庭で湯を沸かすのも大変ですからね。ふふん」
「要するに面倒くせえだけじゃねえか。食事に手間を掛けな、とは言わねえが、ちょいとぐらいは量を考えろよ」
「このくらいは食べますよ。蟹って意外に可食部が少ないのです」
最後の蟹を放り込み終えると、マイディは素早く蓋をする。
「真っ赤になったら食べ頃です。調味料は色々用意してみました」
「・・・・・・何を並べてんのかと思ったら・・・・・・俺はてっきりおめえが変な啓示を受けたのかと思っちまったぜ」
「あら、失敬な。わたくし、そんな変なことはしません」
「どの口が言うんだか。・・・・・・おいハンリ、もう蟹共は湯の中だ。鍋ごと飛びかかってきやしねえからこっちに来な」
「・・・・・・ほんとう?」
庭の端から恐る恐る眺めていたハンリは疑わしげに確認する。
少女の中では、未知の生命体である蟹は恐怖の対象だった。
ゆえに、熱湯程度で死ぬかどうかに確信が持てない。
「おめえなあ、蟹程度なんぞよりもよっぽど恐ろしい奴らと遭遇してるっていうのに、まだ怖えのかよ?」
「強いスカリーには分からないよ。わたしの気持ち」
「俺は強いんじゃなくて、臆病で小賢しいだけさ」
根気強いスカリーの説得によって、三十分かけてなんとかハンリは大鍋まで寄ってきた。
すでに蟹は茹で上がっているようで、ほのかに潮の香りが漂い始める。
「おっほう! これはこれはおいしそうですね! 見事な色ですよ」
蓋を取ったマイディが歓喜の声を上げ、いそいそとザルを使って蟹を引き揚げる。
青紫色に近かった体色は夕焼けを思わせるような濃いオレンジ色になっていた。
「エビみてえだな」
「調理法は同じですし、殻があるのも共通してますしね。それに海で取れますし」
「その理屈で言ったら骸骨貝も食えるって話になるぜ」
強い毒性を持っている貝類である。ちなみに、殻の形が骸骨そっくりになるのでその名が付いた。
「・・・・・・食べられるんじゃないですか?」
「おめえの胃袋は蜥蜴族並かよ」
しゃべりながらもマイディは手早く紐をちぎり、蟹の脚を開く。
「・・・・・・どうやって食べるの?」
想像も出来ないハンリは尋ねる。
所々にトゲのある蟹はとてもそのままでは食べられそうになかったし、茹でた程度では甲殻の硬度が下がっているようにも見えなかった。
「こうするんです、よっと」
気軽に蟹の脚をマイディは引きちぎり、そのままちぎった脚を真っ二つに割る。
「ひぃぃ⁉」
ハンリにはショックが強すぎた。
「警告ぐらいはしな、原始人が」
「これが蟹を食べるときの作法ですよ」
割れた脚から蟹の身が覗く。
それは湯気を放ち、かぐわしい香りを放っており、いかにも美味そうにみえた。
「・・・・・・ぅ」
今までの常識から蟹を忌避してきたハンリだったが、柔らかそうな身を見ると、思わず生唾を飲み込む。
意外に食欲旺盛な少女である。
「ほぉらハンリちゃぁん? このぷるぷるの身を見ても食べられそうにありませんか? ほぉら、ほぉぉぉぉら」
ふるふると蟹の身をハンリの目の前で振る。
思わず見てしまったハンリは、餌を目の前にされてしまった犬のようにそれを追う。
端から見たら少女を誘惑する不審者にしか見えなかった。
「かに・・・・・・おいしそう・・・・・・かに・・・・・・きゃう!」
「何やってんだアホ」
変な風にキマってしまっていたハンリの脳天に手刀を入れつつスカリーは怪しい儀式を中断させた。
「マイディ、おめえもアホやってねえでとっとと毒味しな。俺達が食えねえだろうが」
「わたくし、毒味役だったのですか?」
「そりゃそうだろ。頑丈さが違うからな」
「ふん! いーですいーですぅ! わたくし一番に蟹を頂きますからッ!」
いじけたマイディは蟹の身にかぶりつく。
「・・・・・・美味い! やはり蟹は茹でたてをそのままかぶりつくのが一番美味しいですね! これは中毒性があります!」
つるりと身を飲み込むと、そのまま次の脚を割って身を露出させる。
次々にそれを繰り返し、あっというまに一匹の蟹の脚は全てマイディの胃に収まってしまった。
「あ~、これは至福ですよ。これほどに美味しい食べ物があるということ自体が神の存在証明になってしまうのではないでしょうか? まったく、なんとも粋な計らいですね」
「神の存在証明じゃなくて、蟹の存在証明だろうが。ったく、おめえはすぐに神神うるせえんだよ」
突っ込みつつも即効性の毒を含んでいないであろうことを確認したスカリーは蟹に手を伸ばす。
マイディと同じように脚を引きちぎり、殻を割って身を露出させる。
かぶりついて、そのまま引きずり出すと滑るようにして蟹の身がその姿を現す。
口の中に広がる磯の香り、そして濃厚な風味は、確かに賞賛に値するほどに美味いものだった。
「確かにいける。酒が欲しくなるけどな。濃い味のヤツじゃなくてあっさりしたやつが」
「そう言うと思って準備してあります。じゃーん」
隠し持っていた酒瓶を取り出すマイディだった。
「用意が良いじゃねえか。……しかもコメの酒か」
「やっぱり蟹には清酒が一番合いますからねぇ」
「珍しく気が利いてるじゃねえか」
「余計な一言を言わないと気が済まないんですか、貴方は」
「正直者なんでな」
適当にじゃれあってから蟹を肴にしてマイディとスカリーは清酒を空け始める。
一方、ハンリは。
(……固い)
蟹の脚を割ることが出来ていなかった。
元々、蝶よ花よと育てられていた少女である。当然、力仕事などほとんどしたこともなく、バスコルディア教会に来てから多少鍛えられてはいても、まだまだ筋力が足りなかった。
「あらハンリちゃん、どうしたんですか? 早く食べないとわたくし達が全部食べちゃいますよ?」
分かっている状態でマイディが煽る。
「分かってる」
呼吸を整え、慢心の力を込めて少女は蟹の脚をへし折らんと力を込めた。
みし、みし、ばきん!
ようやっとのことで観念したのか、身を覆っていた甲殻は破壊され、本体を晒す。
「いただきます」
ドッゴォン!
今まさにハンリがやっとのことで蟹の脚にかぶりつこうとした瞬間、爆発音が聞こえた。
思わず手を止めて、周囲を見回す。
それはスカリーとマイディも同じ事で、鋭い視線を周囲に配る。
そして、当然気付く。
屹立する巨大な二本のハサミに。
かなり離れているはずなのに、蟹のハサミだと判別できてしまうのがその大きさを物語っていた。
「……おいマイディ、ありゃなんだ」
「……蟹のハサミでしょう、おそらく」
「んなことたぁ見りゃ分かる。そんなコトじゃなくて問題は『なんであんな馬鹿でかいハサミが生えてんのか』ってことで、更にはなんで蟹なんだよってことだ」
「もう一つありますよ。『あのハサミの持ち主が暴れ出したらやばくない?』ってコトも」
「想像したくねえな」
当然のように、ハサミはゆっくりと動き始めていた。




