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無法都市の剣弾使い  作者: 中邑わくぞ
カニカニパニック
26/98

蟹が来たりて悲鳴が上がる

 1


 ぴしり、という快音と共に文字が書かれた木片が盤上で移動した。


 バスコルディア教会礼拝堂。

 いつものように祭壇に陣取っているスカリーとマイディだったが、今日は多少(おもむき)が違っている。 

 二人の間にはマス目によって区切られた盤と、その上に乗っている駒があった。


 「おめえの番だ」

 「うぬぬぬぅ、やりますねスカリー」


 腕組みをして深刻な顔をするマイディは気にせず、スカリーは新聞に目を落とす。


 将棋。二人が興じているボードゲームはそう呼ばれていた。

 東大陸が出自のモノではあるのだが、ルールを知っていたマイディがスカリーに教え、そして連敗記録を更新し続けている。


 「・・・・・・金がこう、守っているから・・・・・・銀で攻めて・・・・・・うぬっく」

 「・・・・・・おめえは黙って考えられねえのか。あとハンリはどうした? 食っちまったのか?」

 「ハンリちゃんはお風呂です。日に三度の身清めを行う時期ですからね。敬虔な我が教会はしっかりと行事を行うのです」

 「だったらちったぁ慈悲ってヤツを恵んでやれよ。昨日おめえがぶっ飛ばしたチンピラ死んだんじゃねえのか?」

 「わたくしに喧嘩売ってくるほうが悪いのですよ」

 「・・・・・・そりゃそうだ」


 説得不可能であることを悟ったスカリーはマイディが大人しく駒を動かすまで口を閉じることにした。

 やたらに過激な文言が載っているバスコルディア新報は情報の信頼性こそ高くないが、それなりには役に立つ。情報が生き死にを左右することも多い賞金稼ぎとしては目を通しておくにこしたことはなかった。


 「・・・・・・これですっ! これならどうですか⁉」


 ばちんっ! 


 余りにも勢いよく駒を盤面に打ち付けたので他の駒までが揺れる。

 それほどに今の一手に自信があるマイディだった。


 「・・・・・・おらよ」


 ぱしり。


 スカリーの陣中に単身切り込んできた飛車の逃げ道を塞ぐように容赦なく駒が打たれる。


 「あぁ! 待った待った! 『待った』ですよスカリー!」

 「何度目だよ。人生に待ったなし。待ったと言ったときには額に風穴が開くぜ」

 「これはゲームだから良いのですよ!」

 「へいへい。これで四度目だな。やり直しの多いシスターだぜ」


 ぱしり。 


 別の場所にスカリーは駒を打つ。


 「ふっふっふ、スカリーぃ? わたくしを甘く見ましたね? この一手で終了ですっ!」


 ばちんっ!


 飛車が成って竜王となり、スカリーに王手をかける。


 「おめえはそろそろ脳みそを神に返したほうがいいな。ついでに鴉かなにかと入れ替えてもらえ。多分そっちのほうが今より賢くなる」


 ぱしり。


 中央付近にいた角によってマイディの竜王は取られた。


 「あぁー! わたくしの竜がぁ⁉」

 「おめえ・・・・・・馬鹿かよ。いや、馬鹿だったな」

 「『待った』!。待った待った待ったの待った! 待った!」

 「うっせえ。おめえは何度待ったをかけたら気が済むんだよ。そんなことだと――――」


 再び皮肉を浴びせようとしたスカリーだったが、その台詞は響いた悲鳴によって中断される。


 「ハンリちゃん⁉」

 「風呂の方だろうな。急ぐぞ」


 即座に警戒態勢に移行した二人は駆け出した。





 「ハンリ! 無事か!」


 ドアは施錠されているのだが、無理矢理にマイディが蹴破り中に突入する。

 前衛を務めるマイディが先に突っ込み、スカリーは援護に回る。

 二人の間でいつの間にか出来上がっている暗黙のルールだった。


 「す、スカリー・・・・・・」


 半裸のハンリだったが、どうやら腰が抜けてしまったようでへたり込んでしまっている。


 「どうした?」


 外傷がないことを一瞬で確認すると、スカリーはとりあえず危険は少ないと判断して状況を確認することにした。


 「あ、あれ・・・・・・」


 震える手でハンリは浴槽のほうを指さす。


 「マイディ、何がある?」

 「・・・・・・あー、えっと、(かに)ですね」

 「あん? 蟹?」

 「ええ蟹。大安売りしていたので買い込んだんですよ。生きていたもんですから浴槽に放り込んでいたんですけど、忘れてました」


 要するに、蟹を初めて見たハンリが凶悪な生物だと思って悲鳴を上げたのだった。

 極めて嫌そうにスカリーは浴槽をのぞき込む。

 浴槽一杯に蟹が詰まっていた。


 「・・・・・・おめえなぁ、こんなモン見たら夢見が悪くなるぜ」

 「えぇー、美味しいじゃないですか、蟹」

 「そういう問題じゃねえよ。ったく、次から次にこのアホは」


 帽子を潰すように押さえて、嘆息。


 「ハンリ、ありゃあ蟹っつう生物だ。見た目はアレだが一応は食えるし、飛びかかってきたりはしないから安心しな」

 「食べるのっ⁉」


 驚愕の事実を突きつけられたハンリは思わず絶叫。

 ついでに、マイディが殻ごと蟹をバリバリ食べている様子を想像してしまう。

 想像の中のマイディは大分凶悪な顔つきになっていた。


 「・・・・・・で、原因のシスター様よぉ。どうするつもりなんだ? おめえがしでかしたことでハンリお嬢様はおびえてらっしゃるんだが」

 「・・・・・・わたくしのぬくもりでその不安を払拭してさしあげる、とか?」

 「くたばれ」


 くい、とズボンを引かれてスカリーはハンリに視線を移す。


 「なんだよハンリ?」

 「・・・・・・・・・・・・出て行って」


 消え入りそうな声でハンリは言ったのだが、スカリーには良く聞こえなかった。


 「もうちっとデカい声でいいな。聞こえねえのは言ってねえのと同じだ」

 「・・・・・・・・・・・・服着るから出て行って!」


 



 「今晩のメインを蟹にするつもりだったのですよ。バスコルディアで飽きるほどに蟹を食べる機会なんてめったにありませんからね」


 再び礼拝堂。


 ハンリも服を着ており、今は三人で祭壇を囲んでいる。


 「四人もいますし、司祭様は身の丈に似合った大食漢。そしてわたくしも蟹は大好物だし、スカリーは残虐性の塊なので嬉々として蟹の身をほじくりまくるでしょう。となれば、大量に買い込む必要が出てきます」

「色々と突っ込みたいことはあるんだが、一応最後まで聞いてやる。続けな」


 こほん、と咳払いをしてマイディは続ける。


 「そんなとき、わたくしの目の前に現れたのがあの蟹行商人だったのです。格安で売ってくれる上に、大量購入ならば割引もしてくれる。一も二もなく聡明なわたくしは買えるだけ買いました」

 「単に衝動的なだけだろ」

 「・・・・・・もうちょっと、考えようよマイディ」 


 我慢の限界が近い二人からとうとう突っ込みが入るが、マイディは聞いていない。


 「蟹は鮮度が命! まだ生きている蟹ばかりだったのでわたくしは悩みました。水槽か何かがあればいいのに・・・・・・いえ、あるじゃないですか! 教会にはちょうどいいのが!」

 「風呂っておめえ・・・・・・馬鹿にも限度があるぞ」

 「マイディ・・・・・・」

 「しょうがないじゃないですか! 仕方が無いでしょう⁉ せっかく買った蟹が食べられなくなるぐらいなら、わたくしはお風呂を我慢します!」

 「で、それをハンリに伝えるのは?」

 「忘れてました!」


 絶対零度の視線をスカリーは送り、流石のハンリも呆れた視線をマイディに送る。


 「・・・・・・蟹、食べますか?」

 「おめえ、それで許されると思ってんのか?」

 「さあ? でもおいしいですよ」


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