第六章-5
シュベアトが再びアッシュに襲い掛かろうとする。
そのとき、状況が大きく動いた。
「結界に穴開けられた! 増援が来るよ!」
シュピーゲルの警告の声が響く。その言葉と同時に、屋上庭園の上空に三人の人影が飛び出してきた。
「『チェリー・ゲイル』!」
ピンク色の魔力光の尾を曳きながら、文字通り疾風のような速度でジゼルが突進してくる。シュベアトは双剣を交差させて怒涛の突きを受けるが、いくら彼女が小柄で軽量だとは言えその攻撃はほとんど全力疾走からの体当たりに等しい。その勢いを受け止めかねて、シュベアトが大きく弾き飛ばされた。
「うぉっ!」
運動エネルギーを丸ごとシュベアトに叩き付けて、アッシュを庇うようにその前で停止したジゼルが振り返る。
「アッシュ、カテジナ、二人とも無事!?」
「ああ。助かった。いいタイミングだ、ジゼル。オデットもあそこで無事だ」
アッシュは眼下の屋上庭園に構築した保護結界『森緑の揺籃』の中からこちらを見上げているオデットを指差してみせた。俯き気味にカテジナが言う。
「す、すみません、小隊長。わ、わたし、せ、先生と、オデットのこと、任されたのに……」
「皆無事なんだから上出来よ。カテジナ、よく頑張ったわね」
「は、はい」
ジゼルの珍しく優しいねぎらいの言葉に、カテジナが顔を上げた。
「研究所のほうはどうした? マークは?」
「残念だけど研究データは処分されてたの。でも多分、こいつらがコピーを持ってる。マークには事後処理の為に研究所のほうに残ってもらってるわ」
アッシュの質問に、ジゼルが早口で答える。その間にクラリッサとクォンは攻撃配置に着いていたようだ。
「データリンク! 座標転送するっすよ、姉御! 重力偏差、コリオリ偏差、諸々修正済みっす!」
「OK! 照準セット!」
広域探査型観測魔法用の魔力のアンテナを立てたクォンの座標指示を受けて、クラリッサがシュベアトから双子までを射線に捕らえる。
「『ヴィヴィッド・ブラスト』、ファイア!」
短砲身の魔装砲から発射されたその砲撃魔法は、おそらく彼女の魔力特性に合わせてカスタマイズしてあるのだろう。アリーセの砲撃よりも若干速い速度で緑色の魔力の光芒が突き進んでいく。
「っと!」
危ういところでシュベアトがかわした。その後方のシュピーゲルは魔女っ子の変身ポーズさながらに魔装杖をくるくると回して迫り来る光芒に向けると、コマンドを唱える。
「『真実の鏡』!!」
彼女の眼前に白銀の防御魔法陣が出現し、その砲撃を受け止め――、そして反射した。
「うわっ!」
「なに!?」
「うぉっとー!?」
再び逆方向からやってきた魔力の光芒をシュベアトがまたギリギリのところでかわす。射線をそのまま逆に辿ってきた自分の砲撃に、クラリッサとクォンが慌てて散開した。
「気を付けろよ! こいつらが使うのは店売りの行儀のいい魔法ばっかりじゃねぇぞ!」
「先に言ってくれ!」
アッシュが警告を飛ばすと、クォンが不平の声を上げる。
「危ねぇっつーんだよ! こっちのことも考えて魔法選べ!」
シュベアトのほうも双子に文句を言うが、やはり返ってくるのは罵声だ。
「うっさい! 黙って避けろ、バカ兄貴!」
「考えなしのあんたに言われたくないし!」
それを横目に、アッシュはジゼルに尋ねる。
「あの二刀流がシュベアト、あっちの二人はエーデルシュタインにシュピーゲルって名乗ってた。なんか情報あるか?」
軍や政府機関のほうで把握している情報があるとしたら、本名ではなくコードネームのほうだろう。本名のほうを伝えるのは戦闘後でも遅くないと判断し、今は保留する。ジゼルが頷いて、情報処理担当に振った。
「クォン?」
「はいよー。――ヒット! うわ、こいつら、広域指定監視対象組織の構成員っす! マクミランファミリーの特攻隊長っすよ!」
素早く魔装機の操作端末に指を走らせたクォンが報告する。本星のグローバルネットに接続して公安局辺りのデータベースで検索したらしい。
「マクミランファミリー!? それはまた、厄介な名前が出てきたわね……。てことは、あの製薬会社のバックに付いてるのはマクミランってことか……」
ジゼルが呟く。それはおそらく、連邦に存在する犯罪組織かなにかの名前なのだろう。
「あーあ、バレちまった。有名になるのも困りもんだな」
言葉とは裏腹に、たいして困ってもいないようにシュベアトが言う。
「つーか、ちっとのんびりし過ぎたか。――マユ、ミカ、そっちは任せるぞ!」
「はいはい」
今度は双子も罵声でなく普通に――というか若干呆れ気味に返事をしてきた。本名までバレた今となっては、もうその呼び名を隠したところで意味はないと諦めたのかもしれない。
「シュベアトは二本の魔装剣を使う。エーデルシュタインが射撃と砲撃を使い分け、シュピーゲルが観測と防御を担当。――って、見たまんまの情報しか載ってないじゃんよー」
更にクォンが検索結果を読み上げるが、全く有用な情報ではなかった。
一方、その間にエーデルシュタインとシュピーゲルは向かい合わせになると、お互いの腰に手を回して抱き合うような格好になる。
「……なんだ?」
まさか、こんなところで双子姉妹百合展開もあるまい。アッシュは一瞬そんな不埒なことを考えてしまい、対応が遅れた。
「『二つの翼』!!」
完璧にハモったコマンド発声と共に、二人の身体が高速回転し始める。白銀の竜巻と化した双子が、猛烈な勢いでクラリッサとクォンに襲い掛かった。
否。狙いはクォンだ。凄まじい速度で迫る竜巻から逃げ切れず、彼の身体がその回転に巻き込まれ、彼女らの背の白銀の翼によって滅茶苦茶に切り裂かれる。
「ぉわぁーっ!?」
宙高く舞い上げられたクォンはあっさりと昏倒し、落下し始めた。その様をなす術もなく呆然と見上げていたアッシュは慌ててコマンドを唱える。
「『魔神の掌』!」
そのまま墜落したら怪我では済まないかもしれない。防御魔法陣で彼の身体を受け止め、眼下の屋上庭園に下ろす。
彼女らの背の魔力の翼が普通の魔力剣と同等の威力を持っているなら、今の攻撃はアッシュの攻撃兼拘束魔法『罪の痛み』で拘束した相手に最大十二本もの魔剣を撃ち込む最終攻撃魔法『罰の重み』をも越える、とんでもないオーバーキルだ。初歩的な治療魔法程度では簡単には意識を回復しないだろう。
ジゼルとクラリッサも顔を強張らせて、それぞれの武器を強く握る。アッシュは舌打ちしながら内心で分析した。
(逃げるときに一番邪魔になる観測型を真っ先に狙ってきやがった。やっぱりこいつら、相当場慣れしてるぞ)
「これ、目ぇ回るし……」
「うぇ、気持ち悪……」
回転を止めた双子が暢気なことを言い合っている。そんな妹たちを尻目に、シュベアトが猛然と突っ込んできた。
「余所見してんじゃねぇぞ!」
「っ!」
彼は同じ近接型のジゼルを相手に定めたようだ。左右から時間差で襲いくる二刀を、ジゼルは魔装薙刀をくるくると回して弾き返す。
「ジゼルは俺が援護する! カテジナとクラリッサは、あっちの双子を頼んだ!」
「OK!」
「は、はい!」
二人の返事を確認して、アッシュはコマンドを唱えた。
「『茨の冠』!」
シュベアトの周囲に影色の拘束輪が三つ出現する。シュベアトはそれらを右手の魔装剣で切り裂いて消滅させるが、その一瞬の隙を見逃さずジゼルが魔装薙刀を振るった。シュベアトが左手の魔装剣でその一撃を受けると同時に右の剣が閃き、ジゼルがそれを魔装薙刀の柄で弾き返す。その勢いのまま身体を回転させて薙ぎ払うが、シュベアトもその攻撃を魔装剣で受け流した。
始まってしまった二人の攻防を観察して割り込むタイミングを見極めようとしながら、アッシュはジゼルに呼び掛ける。
「そいつは両手の二刀だけじゃなくて、両足にも魔力剣を出して四刀で攻撃してくるぞ! 気を付けろ!」
「なにそれ!?」
常識外れのその攻撃方法に、ジゼルが唖然とした声を上げた。しかし、それでもシュベアトとの攻防は続けているし、押されている様子もない。むしろ、二刀を相手に優勢に見える。さすが、近接戦闘では無類の強さを発揮するジゼルだ。
だが、ジゼルと切り結びながらシュベアトがにやりと不敵に笑う。
「おいおい、ネタバレすんなよ。――と言いたいところだが、生憎それでもまだ俺の全力じゃねぇんだな、これが」
「なん……だと!?」
先ほどの四刀による攻撃を繰り出す前と同じような台詞に、アッシュは二の腕が粟立つのを感じた。先刻のことを考えれば、その言葉はハッタリとは思えない。
「防御ばかりのおまえと違って、こっちの娘とはなかなか楽しめそうだしな。大サービスだ。奥の奥の手を見せてやるよ! 『剣の王者』、剣王光臨!!」
シュベアトの両足の爪先に、先ほどと同様に光剣が生まれた。同時に、その背の光翼が収束して白銀の魔力の輝きを放出する二本の魔力剣へと変化する。
「まさか!?」
「六刀流!?」
「そのまさかだ。いくぜ!」
宣言して、シュベアトが攻撃を開始した。四刀のときよりも更に上がったスピードで前後左右縦横無尽に回転し、両手の魔装剣、両足とその背に生えた魔力剣で、格闘ゲームでは反則と言われかねないであろうほとんど無限コンボのような連撃を繰り出す。一転して、今度はジゼルが防戦一方になってしまった。
「こんのぉーっ! 『チェリー・ブリザード』!」
魔装薙刀が余剰の魔力を放散するほどの強いピンク色の魔力光に包まれる。ジゼルも目にも留まらぬ速さで薙刀を突き薙ぎ打ち払い、白銀に輝く六刀と切り結んだ。ガガガガガガガガッと途切れのない剣撃の音が響く。最早アッシュにはその二人の攻防は全く見切れない。
「くっ!」
悔しいが、下手な手出しをしてもジゼルの邪魔をするだけだろう。
ちらりとカテジナたちのほうへ目を移す。
「『ヴィヴィッド・エクスプロージョン』、ファイア! ――カテジナ!」
「は、はい! バ、『バインド・プレス』!」
クラリッサが拡散砲撃で牽制したところへ、カテジナが先生直伝の範囲指定型拘束魔法を起動した。双子の頭上と足元に直径五メートルほどのクリーム色の拘束魔法陣が出現する。今度の魔法運用は合格点を与えてもいい。
「『シュピーゲル・グレンツェ』、二枚!」
シュピーゲルが左手を天に、右手の魔装杖を地に向けてコマンドを唱えると、その手と魔装杖の先に直径二メートルほどの大きさの白銀の防御魔法陣が出現した。それらの防御魔法陣は彼女たちを挟み込もうとする拘束魔法陣を受け止め、閉じることを妨害する。ギギギッと異質な魔力の魔法陣の間で火花が散って力が拮抗し、拘束魔法陣が動きを止めた。この魔法がそんな防がれ方をしたのは初めてだ。
「ったく、そっちこそとんでもない真似してくれるじゃねぇか! 『鋼の顎』!」
アッシュはカテジナの範囲指定型拘束魔法に本家本元のそれを重ねた。横回転しながら起動したので、今度は双子の左右に影色の拘束魔法陣が出現する。
「ちょっ!? 無理無理無理!」
シュピーゲルが上下から彼女らを挟み込もうとする拘束魔法陣を阻む二枚の防御魔法陣を支えながら左右の新たな拘束魔法陣を確認し、顔を引きつらせてぷるぷると首を振った。慌ててエーデルシュタインが両手を大きく広げて魔装銃を左右に向ける。
「さっきから見たことない魔法ばっかだし! 『エーデルシュタイン・レーゲン』、双方六連射、フォイア!」
二丁の魔装銃から六発ずつの光弾が左右の拘束魔法陣に撃ち込まれた。それらは正確に、それぞれ同じ位置に六発全てが着弾する。拘束魔法陣には防御魔法陣のような堅さはない。二枚の影色の拘束魔法陣は魔力弾に撃ち抜かれ砕け散ってしまった。『茨の冠』の拘束輪が魔力剣で切り裂かれて消滅させられるのはよくあることだが、『鋼の顎』の拘束魔法陣がこんな方法で無力化されたのもまた初めてだ。影色の拘束魔法陣の欠片が消えると同時に、クリーム色の拘束魔法陣も効果時間の終了で消え失せた。
すかさずシュピーゲルが新たな魔法を起動する。
「お返しじゃん! 『鏡の白刃』!」
彼女が両手を前へと大きく振るうと、その先に保持されていた二枚の白銀の防御魔法陣が投擲された。その二枚の防御魔法陣は高速回転しながらカテジナとアッシュ目掛けて飛来する。
また見たこともない魔法だったが、どう考えてもただの防御魔法陣のはずがない。
「見たことない魔法はお互い様じゃねぇかよ! 『魔神の掌』、二枚!」
アッシュは自分とカテジナの前にそれぞれ防御魔法陣を構築した。そこに飛んできた白銀の防御魔法陣が衝突する。ギュイーンッと電動鋸のような音を立てて、高速回転する防御魔法陣がこちらの防御魔法陣に食い込んできた。異質な魔力の防御魔法陣同士の接触面から大量の火花が飛び散る。
「きゃっ!」
カテジナが反射的に両腕を顔の前にかざして庇った。クラリッサは手を出していいものか、判断しかねているようだ。
「く……ぉぉっ!」
予想以上の手ごたえに、アッシュは二枚の防御魔法陣を強化するべく更に魔力を注ぎ込む。その甲斐あってか、電動鋸のように高速回転する二枚の防御魔法陣は数瞬の拮抗状態の後、パキンッと音を立てて粉々に砕け散った。アッシュはほっと一息吐いて、二枚の『魔神の掌』を解除する。
「あ、ありがとうございます。せ、先生」
「アッシュ、助かったわ。でも、ジゼルのほうは大丈夫なの?」
クラリッサの問い掛けに、少し目を離していたジゼルのほうへと意識を戻す。すると、ジゼルとシュベアトの戦いは正面切っての超高速の乱打戦から、絡み合うように飛行しながらすれ違いざまに数合の打ち合いを交わす高機動戦闘に変わっているのが見て取れた。二人の位置が目まぐるしく入れ替わるので、先ほど以上に下手な手出しは出来なさそうだ。
「悔しいが、俺の反応速度じゃ対応出来ねぇ。ジゼルのほうも出来るだけ意識しておくけど、とりあえずそっちをフォローさせてもらうぜ」
クラリッサもジゼルたちの戦いに目を向けて頷いた。
「確かにそうみたいね。それじゃ、頼むわ。さっさとこっちを片付けて、ジゼルの援護にまわりましょ」
「おう!」
それが聞こえていたのか、双子が憤慨したような声を上げる。
「あたしらはバカ兄貴の前座か!?」
「もう頭きたし!」
双子は駄々っ子のように地団太を踏んだ。
「情報連結、転送!」
「受領! 『ザンクト・エーデルシュタイン』、六基、シーセン!!」
エーデルシュタインの二丁の魔装銃から、またも六基の細長い円錐型の浮遊型魔力砲台が射出される。今度は先刻のこちらの対応を踏まえたのか、それらの魔力砲台は随分な距離を置いて三人を取り囲んだ。それらを全て取り込むには、かなりの大きさで『雨音の檻』を構築しなければならないだろう。しかし、結界は基本的に外側から外壁に触れられるようにするか、自分を中心とするか、その二通りのどちらかでしか構築出来ない。この場合は自分を中心として結界を構築することになるのだが、あまりに結界が大きいと飛行能力を失って落下する際にかなりの高度から落ちることになるので無事に着地出来なくなってしまう。
(こいつら、バカっぽく見えるが、けっして頭は悪くない……!)
「魔力弾を発射する浮遊砲台だ! 気を付けろ!」
この魔法を初見のクラリッサに警告を飛ばした。それと同時にエーデルシュタインが号令を発する。
「フォイア!」
先ほどよりも遠くから撃たれた為、わずかだが弾道を見極める時間があった。アッシュは身体を捻ってなんとか一発の光弾をかわして、もう一発を常駐魔法の防御魔法陣を展開して受け止める。
「きゃっ!」
「あ痛たたた……」
カテジナとクラリッサは一、二発被弾してしまったようだ。このままでは、少ないダメージと言えどもその蓄積でじわじわと削り殺されてしまう。
「もう! なにこれ!? カテジナ、アッシュ、同時攻撃で対応を制限して落とすわよ!」
「お、おう!」
「は、はい!」
アッシュがあれこれ考えるより、さすがに軍人で戦闘経験豊富なクラリッサの決断のほうが早かった。アッシュとカテジナは短くその指示に了承の返事をする。
「『ヴィヴィッド・エクスプロージョン』、ファイア!」
クラリッサが拡散砲撃を放つ。浮遊する魔力砲台が一基、円錐状に広がる多数の緑色の光芒の一条を避け切れずに貫かれ爆発した。
「バ、『バインド・リボン』!」
カテジナの振り回したクリーム色の魔力の蔓が、狙ったのか偶然なのか一基の魔力砲台を捕らえる。ぐっと力を籠めて腕を引くと、魔力砲台を縛り上げた蔓がぎゅっときつく締まって真ん中から真っ二つにへし折ってしまった。こんな使い方は考えたこともない。
「ナイス、カテジナ! 応用力に花丸をやろう! ――『嘆きの輪舞』、十二発、いけっ!」
アッシュは残りの魔力砲台の数より多くの、彼の魔力値による弾数制限ギリギリの数の魔力減衰弾を発射した。普段相手の魔力弾の数に合わせてこれを生成しているのは、活性化した魔力に反応して飛んでいく自己誘導型魔力減衰弾が目標となる魔力弾がなくなった場合にどのような挙動をするのか判らない為だったが、この際贅沢は言っていられない。
「フォイア!」
魔力砲台から発射された四発の小型魔力弾は同数の魔力減衰弾が迎撃する。更に四発の魔力減衰弾が残った魔力砲台に絡み付き、ジュワッと熱したフライパンに水を注いだような音を立てて消滅させた。そして余ってしまった四発の自己誘導型魔力減衰弾は、その空域で活性化している魔力の塊――すなわち飛行魔法を使っている魔法使いたち目掛けて戻ってくる。
クラリッサに二発、カテジナとアッシュに一発ずつ。アッシュは常駐魔法の防御魔法陣でその魔弾を受け止めた。魔力減衰弾が当たったところから、シュワーッと炭酸がはじけるような音を立てて防御魔法陣が浸蝕されていく。
「っ!?」
展開した防御魔法陣に、まるで虫食いのように穴が開いてしまった。試しにその防御魔法陣を消して再度展開してみる。穴は開いていない。展開し直せば元に戻るようだ。アッシュはその現象を興味深く記憶しておく。後々なにかに使えるかもしれない。
しかし、これでは一発ならともかく連続して襲い掛かった二発目の魔弾が穴を通り抜けてしまう可能性がある。それに気付いて、クラリッサに目を向けた。
「っ、ごほっ! 痛ぁー……」
クラリッサが脇腹のあたりを押さえて咳き込んでいる。魔力減衰効果を付与してあるとは言え、当たってしまえばそのダメージは普通の魔力弾とほとんど変わらない。
「――済まん、クラリッサ」
「……急所は避けたし、問題なしよ。あの状況じゃ仕方ないわ」
謝るアッシュにクラリッサが無理にウインクをしてみせる。だが、そのままでは暫くの間まともに動けないはずだ。
「カテジナ、クラリッサの手当頼む」
「は、はい。せ、先生。――ヒ、『ヒーリング』」
カテジナに負傷したクラリッサを任せ、アッシュは二人の前に出た。責任を取って、彼女の治療が終わるまで戦線を支えねばならない。
ちらりとジゼルのほうに意識を戻すと、また足を止めての乱打戦になっている様子だった。技量が拮抗しているのか、状況は膠着しているようだ。
「『エーデルシュタイン・レーゲン』、十五発、フォイア!」
「『魔神の掌』!」
意識が逸れた瞬間を狙ったのか、エーデルシュタインが光弾を撃ち込んできた。しかし、十分に警戒していたので防御は間に合う。背後の二人を庇う為に、大きく広げた防御魔法陣を構築した。それで十五発の光弾を受け止めながら多重処理を行う。
「『天使の抱擁』!」
ジゼルと切り結んでいるシュベアト目掛けて誘導型の拘束輪を投げ付けたが、背後から迫るそれを彼はあっさりと背中の魔力剣で切り裂いてしまった。多少なりとも隙を作れればいいと思って仕掛けたのだが、このくらいでは援護にもならないようだ。
「ジゼル、もう少しだけ持ち堪えてくれ!」
『ダーリン』の応援なら彼女の力になると信じて激励しつつ、更に多重処理で次の魔法を起動する。
「『鋼の顎』!」
今度の狙いは双子だ。双子の頭上と足元に影色の拘束魔法陣が出現する。だが、先刻見せたばかりの魔法の為、彼女たちは左右に散開してその効果範囲から逃れてしまった。しかし、これはアッシュとしても牽制のつもりだ。この隙に、『魔神の掌』を解除して双子に向かって飛ぶ。
シュピーゲルは観測・防御型で戦闘力はあまり高くなく、一方かなりの攻撃力を持っているエーデルシュタインはアリーセと同じ射撃・砲撃型とくれば、遠距離戦タイプを相手にする場合のセオリーとして接近するべきだろう。
アッシュは双子の間に強引に割り込んだ。シュピーゲルが使っている観測魔法では接触しなくても観測結果のデータリンクが可能なようだが、分断しておくに越したことはない。
「ちょ! こっち来んな!」
エーデルシュタインとシュピーゲルが慌てて距離を取ろうとした。それにしても、敵とは言え同年代の可愛い少女にそんなことを言われると少なからずヘコむ。
「なんだかな……。『茨の冠』と『藤花の宴』!」
「『鏡の迷宮』!!」
背後のエーデルシュタインを牽制する為に座標指定型拘束魔法を起動しながら、同時にコマンドを唱えた正面のシュピーゲルに向かって、多重処理で影色の魔力の蔓を振り下ろした。鞭のようにしなりながら迫る魔力の蔓を、シュピーゲルは常駐魔法の防御魔法陣を展開して防ごうとする。
先刻シュベアト相手にカテジナがこの魔法を使っていたが、切り払われ続けて効果を発揮しなかったのでその性質までは解っていないようだ。勿論それが狙いだった。この魔力の蔓はなにかに接触すると、そこから巻き付き始めてそれを絡め取ってしまうのだ。それは防御魔法陣と言えども例外ではない。
シュピーゲルが掲げる魔装杖の先に展開した白銀色の防御魔法陣に触れた魔力の蔓が、その防御魔法陣ごとシュルシュルと彼女の身体に巻き付き拘束してしまった。拘束されて体内の魔力の流れが阻害され、防御魔法陣が消滅する。
「こら! 放せ、変態!」
「誰が変態だ! ったく……。――って、え!?」
眼前の相手に集中して狭窄していた視野が周囲に広がると、驚いたことに拘束したシュピーゲルと背後にいたはずのエーデルシュタインが辺りの空間一杯に分身していた。その数は二人合わせて五十体を越えている。
それはエリカの『ライトニング・ファントム』のような残像ではない。おそらく光の屈折を利用して作り上げた幻影だ。最前彼女の起動した魔法の効果だろう。
「なんだこれ……!?」
幻影魔法はロールプレイングゲーム等では目くらましとしてたまに見掛けるが、連邦にはこんな系統の魔法は存在しない。
アッシュが驚いたその隙を突いてエーデルシュタインが飛び出し、拘束されたシュピーゲルの襟首を掴んだ。拘束魔法は対象をその絶対座標に固定するが、外部から力を加えれば動すことも出来る。エーデルシュタインがシュピーゲルを引きずるようにして出鱈目に飛び回った。周囲に広がる無数の幻像たちも空間をかき回すようにランダムに入れ替わる。全ての幻像が本物と全く同じ動きをするので、あっという間に本物がどれか判らなくなってしまった。
「く、苦し……」
「あ、ごめん!」
後ろから衣服の襟を引っ張られて首が絞まってしまったシュピーゲルが呻いたので、エーデルシュタインは慌てて手を放す。
「うわ、どうすんだよ、これ……」
アッシュは呆然と周囲を取り囲む大量の双子の姿を見回した。魔力による産物なのだから先刻魔力砲台を消したときのように魔力消沈結界『雨音の檻』の中に全ての幻像を取り込んでしまえばいいと一瞬考えたが、それだけ広い空間を囲う結界の中心で飛行能力を失えば、落下によるダメージは砲撃どころの話ではないだろう。ほぼ確実に生命がない。
「こうなったら手当たり次第だ! 『凶弾の狩人』、十二発、シュート!」
適当な方向に魔弾を拡散するように撃ち出すが、それらは全て彼女たちの身体を突き抜けてしまう。つまりハズレだ。それにしても、こんなやり方で本物が見付けられるかどうかは怪しい。なんの目印もないのでどれをチェックしたかはすぐに判らなくなってしまうし、彼女たちもおとなしくじっとしてはいないだろう。
そうしている内にも、シュピーゲルは魔装機の操作端末を開き音声入力で拘束構造式の解析を始めている。その時間を稼ぐように、エーデルシュタインが牽制の弾幕を張った。
「『エーデルシュタイン・レーゲン』、十五発、フォイア!」
彼女の幻像も同じ動作で光弾の幻影を発射するので、とんでもない数の光弾がアッシュ目掛けて殺到する。攻撃力を持った本物の光弾はほんの一握りのはずだが、どの方向に防御魔法陣を向ければいいか判らない。
「『琥珀の封』!」
咄嗟に自分を中心に最硬の耐物理結界を構築する。耐物理効果を重点的に強化しているとは言え、『停滞』と『減衰』の魔法使いの組み上げた結界だ。抗魔法効果も市販の結界などよりは遥かに高い。ドガガガガガッと結界壁の表面で魔力弾が弾ける。
アッシュは光弾の豪雨が止むと同時に端末を開いて結界を解除し、魔力弾が衝突した音がしたと思われる方向に右手を向けた。
「そっちか! 『凶弾の狩人』、十二発、シュート!」
十二発の影色の魔弾が宙を切る。エーデルシュタインがまたシュピーゲルの襟首を掴んで引き寄せ、その魔弾を回避した。おおよその方角は合っているようだが、どうしてもこれでは狙いが正確にならない。
アッシュはそちらの方向に向かって突っ込む。その辺りの空域で『藤花の宴』でも振り回せば、まぐれ当たりするかも――。
「『宝石の雷』、フォイア!!」
エーデルシュタインが両手の魔装銃を合体させて構え直した魔装砲から、今度は大きな光弾が発射された。そのバスケットボールくらいの大きさの光弾は、おそらくクラリッサも使っていた砲撃魔法の亜種の魔力砲弾だろうと咄嗟に推測する。
アッシュは飛行しながら旋回し、幻影を合わせて三十発ほどのその大型光弾を避けようとした。だが観測手のシュピーゲルから観測データが貰えない為か、その光弾の狙いは随分甘かったようでアッシュの身体から少し離れたところを通り抜けてしまう。反射的にそれを目で追うと、その先にはクラリッサと彼女を治療中のカテジナがいた。
「カテジナ! クラリッサ! 危ねぇ!」
その声に彼女たちは治療を中断し、慌てて散開する。一発だけが本物で残りは幻影である光弾の群れは彼女たちの間を通過――する瞬間、その中心で突然大爆発を起こした。
「きゃあーっ!」
「うぐ……っ!」
爆発をまともに食らい、カテジナとクラリッサの身体が大きく吹き飛ばされる。アッシュのところまで爆風が押し寄せ、空中を押し流された。懸命に飛行を制御し体勢を整える。なんとか体勢を立て直して彼女たちのほうに視線を戻すと、意識を失った二人が墜落していくところだった。
(爆撃魔法とでも言うのか!?)
そんな魔法は聞いたこともない。
「『魔神の掌』、二枚!」
アッシュは落下する彼女たちを防御魔法陣で受け止め、屋上庭園に下ろす。
「これで逆転じゃん」
「あたしらをバカ兄貴の前座扱いしたことを後悔するといいし」
最初から狙いは後ろの二人だったらしい。エーデルシュタインが得意げに胸を張る隣で、拘束を解除し終えたシュピーゲルが魔装杖をくるりと回して構え直した。
「リッサ!? カテジナ!?」
シュベアトと切り結んでいたジゼルが、二人がやられたところを視界の隅にでも捉えたのだろう、思わず声を上げる。その隙を見逃すシュベアトではない。
「余所見すんなって言ったぜ!? 『剣の皇帝』、剣帝爆誕!!」
シュベアトが両手の魔装剣を平行する形で合体させた。その刃と刃の間から猛烈な勢いで魔力が噴出する。全長二メートルを越える白銀の光剣を大きく振りかぶるシュベアト。慌ててジゼルが上段にかざした魔装薙刀を、スタンダメージのはずの魔力剣が真っ二つにへし折ってしまった。巨大な光剣がそのままジゼルを切り伏せる。
「ぁぅっ――!」
打ち据えられた勢いも乗せて、ジゼルの身体が屋上庭園に叩き付けられた。
「ジゼル!」
それほど高度がなかったのが幸いだが、あの勢いだ。骨の一本や二本は折れているかもしれない。アッシュはジゼルを見下ろすが、彼女は完全に意識がないようだ。
「ちぃっ!」
ジゼルの状態を確かめに行きたいが、対峙しているエーデルシュタインとシュピーゲルも、たった今フリーになったシュベアトも、それを許してくれるとは思えない。四対三からあっという間に一対三に逆転されてしまった。
彼らが未知の魔法を使うと解っていたのに予断で既存の魔法だと思って対処を誤った、という後悔の念が湧き上がる。あの爆撃魔法をしっかり防御していれば、とアッシュは歯噛みするが、時間は巻き戻りはしない。
「勝負あったな。悪いが、正直おまえと打ち合っても一方的であんまり面白くねぇ。降参してくれりゃ、これ以上の戦闘はせずに俺たちはあの子を回収しておとなしく帰るぜ?」
シュベアトが言うが、無論その提案を飲むわけにはいかない。アッシュは返事の代わりに青い手袋型魔装具を着けた右手を開いて、彼のほうに向けて構える。
「ま、そうだろうな。嫌いじゃねぇぜ、そういうの!」
シュベアトは目を閉じて感慨深げにそう言うと、かっと目を見開き両手の魔装剣を構え直して切り掛かってきた。
「『魔神の掌』!」
アッシュもシュベアトに向けて突き出した右手の先に防御魔法陣を構築して剣撃に備える。ガキンッガキンッと重い音を立てて、次々と叩き付けられる双剣を防御魔法陣で捌き続けた。手持ちの魔法を脳内で検索して、彼らを拘束する手段を探る。
(ビビってる場合じゃねぇだろ! こっちを侮ってる内が勝負だ!)
四刀や六刀で高速の連撃を繰り出されていては反撃することも出来ないが、二刀で魔法によるブースト技も使っていない今ならば付け入る隙があるかもしれない。
「『聖者の磔刑』!」
多重処理で強引に反撃の芽を仕込んだ。コマンド発声を耳にしてシュベアトが警戒したように一瞬手を止め周囲に目を走らせたが、この魔法は即時に目に見える効果を発揮するものではない。警戒し過ぎても仕方ないと判断したのか、シュベアトはすぐに攻撃を再開する。
シュベアトの左の魔装剣を、罠を仕掛けた防御魔法陣で受け止めた。影色の防御魔法陣からジャラジャラと音を立てて同色の鎖が這い出し、白銀の魔装剣を絡め取る。
「うぉっ! なんだこりゃ!?」
慌ててシュベアトが魔装剣を手放した。惜しいところで影色の鎖はその腕まで届かない。
(ちっ! 思い切りがいい!)
「『銀の車輪』!」
絡め取った魔装剣ごと拘束魔法陣を投げ捨て、高速移動で距離を取った。
「『茨の冠』と『藤花の宴』、『天使の抱擁』!!」
多重処理で三つもの拘束魔法を同時起動する。脳への過負荷にザクリと刺し貫かれたような強烈な頭痛が走るが構ってはいられない。シュベアトの身体を取り囲むように三つの影色の拘束輪が出現した。彼が剣を持たない左側から右手の魔力の蔓を振るう。同時に左手で投げた誘導型の拘束輪を彼の背後から襲い掛からせた。
「情報連結、転送! ――羽ばたけ!」
「受領! 照準! 『エーデルシュタイン・レーゲン』、精密射撃、フォイア!」
エーデルシュタインの狙撃による光弾が飛翔する拘束輪を破壊、同時に白銀の翼を羽ばたかせて高速移動してきたシュピーゲルがその光翼で魔力の蔓を切り払う。そして、シュベアトが自分の周囲の拘束輪を魔装剣で切り裂いて消滅させた。
「兄貴、悪いけど手ぇ出すよ!」
「こいつ、他のヤツらと違うって言うか、なんかヤバいし!」
双子が口々に言う。シュベアトは苦い顔をしたが、珍しく無言だ。今の攻撃は片手の剣一本では捌き切れなかったと直感しているのだろう。
「ぐぅ……っ!」
アッシュのほうは酷い頭痛で、そのやりとりを意識することも出来ない。『藤花の宴』を維持し切れず、魔力の蔓が溶けるように消えていった。アッシュはふらつく身体を必死に制御してなんとか飛行しながら歯噛みする。ここまで無茶をしても通用しなかった。彼らの力量が高いのも勿論だが、数の不利が致命的だ。
「仕方ねぇ。つまんねぇけど、決めに掛かるぞ」
シュベアトが突撃するように間合いを詰めながら、これまでのような大振りの斬撃ではなく小さなモーションで素早い突きを繰り出してきた。
「情報連結、転送!」
「受領! 『ザンクト・エーデルシュタイン』、六基、シーセン!!」
同時に双子の声が響く。射出された六基の魔力砲台がアッシュを取り囲んだ。
(――っ! 詰んだか!?)
一瞬で致命的な状況が作り出されてしまったが、最後まで諦めるつもりはない。ここで自分までも敗北したら、オデットが連れ去られてしまうのだ。
「フォイア!」
「『水面の月影』!」
全方位から襲い掛かる光弾を、彼らの目をくらます為に転移魔法で回避する。同時にシュベアトが突き込んできた魔装剣が空を切った。超短距離を転移したアッシュはシュベアトの背後に出現する。
(ラストチャンス……!)
「『罪の痛み』!」
シュベアトの背に向けて至近距離から必殺の魔剣を射出した。これが当たれば、追加コマンド『罰の重み』で確実に無力化出来る。
「――なっ!?」
だが、次の瞬間信じられない光景を目にしてアッシュは目を瞠った。シュベアトの背の白銀の翼が閉じて、影色の魔剣を受け止めている。
「面白い攻撃魔法もあるんじゃねぇか。出し惜しみすんなよ。もっと早くに見せてくれりゃ、楽しい勝負が出来たかもしれなかったのによ」
背を向けたままでシュベアトが言った。大きく翼を羽ばたかせ、魔剣を弾き飛ばすと同時にアッシュの身体を切り裂く。
「くぁっ!」
その一撃は浅かったが、更にシュベアトは振り向きざまに右手の魔装剣を下段から切り上げてきた。
「お別れだ。じゃあな」
「――っ!」
かわせない。ゴギンッと金属バットで思い切り殴られでもしたような衝撃で息が詰まる。振り抜かれた魔装剣によって宙高く打ち上げられた。
「フォイア!」
無防備な身体に六発の小型光弾が撃ち込まれる。ガガガガガガッと石でも投げ付けられたかのような痛みが身体中に走った。
「ぅ……ぁ……」
駄目だ。意識が遠のく。身体が落下していく感覚はあるが、飛行を制御出来ない。屋上庭園にどさりと墜落する。結構な距離を落下したはずだが、既に身体の感覚がなくなってきているのか、あまり痛みは感じなかった。
(済まない、オデット……。護ってやれなかっ――)
かすむ目をオデットのほうに向けるが、もうよく見えない。
そのとき、ピシッとかすかな音が耳に届いた。続けて、パリパリッという卵の殻を破るような音。その音が、今にも暗闇に落ちようとしていたアッシュの意識をかろうじて現実に繋ぎ止める。
(……なんの……音だ……?)
次の瞬間、ゴゥンッと爆音を発してオデットを包んでいた保護結界が内側から爆発するように砕け散った。キィーンッと凄まじい高周波音が耳に突き刺さり、鮮やかな青色の輝きが目を射る。その圧倒的な音と光で、アッシュの意識がかろうじて覚醒した。自分でもまだ意識があるのが不思議だったが、なんとか止まりかけた思考の回転数を上げようとする。
身体の感覚が戻ってくると共に違和感を感じた。身体から熱が流れ出して冷えていくような感覚。魔力が身体から引きずり出されている。
(……魔力吸収? ……どこから……、いや、それより、ありえねぇぞ……!)
かつて彼の右腕に寄生していた『魔人血晶』も周囲の生物、無生物から魔力を吸収する機能を備えていたが、それでも魔力を自らの意思で制御出来る知的生命体――魔法使いは無意識下で体内の魔力の流れを制御しているので、そこから魔力を奪い取ることは出来なかったのだ。だが現実に今、彼の身体からはじわじわと魔力が流出している。意識して身体に流れる魔力を制御しようとするが、流出は止まらない。
懸命に両腕に力を入れて身体を起こす。先ほどよりもはっきりした視界に映ったのは、眩い青の魔力光を身体中から放射しながら上昇していくオデットの姿だった。身体中の痛みを堪えて意識を凝らし、吸い出された魔力の流れの行き先を探る。彼のみならず周囲の大気や大地、屋上庭園の木々やそこに住まう虫等から吸い出された膨大な魔力は、オデットに向かって収束していた。
「なに……が……?」
再びキィーンッと高周波音が鳴る。その到底人間が発するものとは思えない異音は、オデットの口から放たれていた。宙に浮いたオデットの身体から、百発を越えようかという数の青い光弾が全方位に発射される。
「うぉっ!」
「ひゃっ!」
「っ! 『シュピーゲル・グレンツェ』、三枚! からの『シュピーゲル・クリンゲ』!」
シュピーゲルが魔装杖をくるりと回して三枚の白銀の防御魔法陣を構築し、両手を振るってその内二枚を投擲した。それらの防御魔法陣は高速回転しながらエーデルシュタインとシュベアトの前まで飛んでいき、二人の目の前で停止する。
彼女の使う防御魔法は、アッシュの組み上げた『魔神の掌』のように離れた場所に構築することは出来ないのだろう。それでも咄嗟にこんな運用を考え付くのだから、やはり彼女たちの発想力は卓越している。
無差別に振り撒かれる無数の青い光弾が、彼女たちの前の白銀の防御魔法陣の表面で火花を散らして弾け散った。アッシュの周囲にも光弾が着弾し、地面を抉り取る。この光弾には物理的破壊力をなくし、その攻撃力を痛みと衝撃だけに限定する安全装置が掛かっていない。
「暴走しちまったのか……?」
シュベアトが身体中から青い魔力光を放っているオデットを見ながら、少し考え込むような顔になった。
「――こりゃ、失敗作だな。こんなのを連れて帰っても仕方ねぇか」
暫し思考を巡らせた後、どことなくわざとらしい声音でシュベアトが言うと、双子が呆れたような口調で応じる。
「手ぶらで帰る口実が出来たじゃん」
「都合いいし」
シュベアトも肩をすくめるようにして言葉を返した。
「おまえらは一言多いんだよ。いいからさっさと帰るぞ。これ以上、あの大量の魔力弾を受けたくねぇだろうが」
「はいはい。『鏡の裏側』」
展開していた三枚の防御魔法陣を解除してシュピーゲルがコマンドを唱える。その彼女の前に白銀の輝きを放つ魔力の渦――簡易転移門が出現した。
「待――」
反射的にアッシュは引き止めようとしてしまったが、すぐに口を閉ざす。オデットになにが起こっているのかわからないが、この三人が彼女に手を出さずに帰ってくれるというのなら、彼らを捕らえられるだけの戦力がない以上、黙って行かせてしまうのが得策だろう。
その彼の心の動きを読んだかのように、シュベアトが口元に笑みを浮かべる。
「じゃあな、倉嶋。次会うようなことがあったら、最初から全力でこいよ」
「――アッシュだ。魔法使いとしては、そう呼ばれてる」
アッシュはよろよろと立ち上がりながら、そう名乗った。
「そうか。それなら、こっちも改めて名乗っておくぜ。――俺たちは『銀光の神器』。そして俺はその剣、シュベアトだ。またな、『灰かぶり』のアッシュ」
「二度と会いたくねぇよ」
シュベアトの別れの挨拶に減らず口を返す。
「ぐずぐずすんな、バカ兄貴!」
「これ維持しとくのも疲れるんだから!」
双子が相変わらずの罵声をシュベアトに浴びせ掛けた。シュピーゲルは自分で作った『門』の傍らでそれに魔装杖の先端を添えるようにして、エーデルシュタインは身体を半分『門』に入れながら、どこか不満そうな膨れっ面で彼を待っている。
三度、キィーンッという高周波音が辺りに響き渡った。オデットの身体から次々と大量の光弾が撃ち出される。エーデルシュタインはアッシュに向かって舌を出すと、一足先に『門』の中に姿を消した。
「っと!」
シュベアトは慌てて降下し、先ほど『聖者の磔刑』で奪われて投げ捨てられた魔装剣を拾い上げる。拾った剣と右手に握った剣を両方とも背中の鞘に納めると、エーデルシュタインに続いて『門』に飛び込んだ。最後にシュピーゲルがアッシュをじとーっとした不機嫌そうな目で睨み付けてから『門』に踏み込む。シュピーゲルの姿が見えなくなると『門』はじんわりとその輝きを薄くしていき、やがて消滅した。
彼らが去ったのを見届けて、帰ったふりではなく戻って来ることもないのを一分ほど待って確認する。どうやら大丈夫そうだと思えたので、オデットを保護する結界を張っていた辺りに視線を向けると、そこには白い毛玉が転がっていた。彼女が内側から魔力の放出で結界を壊した際に、チッピィはその余波を浴びて昏倒してしまったらしい。
そのチッピィや先ほど地面に叩き付けられたジゼルの身も心配だったが、今はオデットの異常をなんとかするほうが先決だ。アッシュは軋む身体を制御して飛び立つと、再開した光弾の雨をかいくぐりながらオデットに向かった。光弾が止んだのを見計らって、オデットに手を伸ばす。
「オデット……? ――痛ぁっ!」
反射的に、伸ばしかけた右手を引っ込めた。彼女の身体を覆う青い魔力光の中に手を差し入れた途端、まるで燃え盛る炎の中に手を突っ込んだかのような痛みが襲ってきたのだ。オデットがまたもキィーンッと人間が発するものとは思えない高周波音を口から放って、身体中から無数の光弾をばら撒いた。
「『魔神の掌』!」
ほとんど条件反射のようなスピードでアッシュは使い慣れた防御魔法を起動する。既に相当な魔力を消耗している上にオデットに魔力を吸収され続けていたが、なんとか防御魔法陣は出現してくれた。ズガガガガガッと凄まじい音を立てて光弾の豪雨が防御魔法陣を乱打する。この物量では、いつこの防御魔法陣が破られてもおかしくない。アッシュはその勢いに押されるように後退した。距離を取らねば、この物理的破壊力を持った光弾を大量に受け続けることになる。
「オデット、落ち着け! もう敵はいない!」
アッシュは呼び掛けるが、オデットの身体から溢れる光弾は止まらない。彼女は白目を剥いて、大きく開いた口から高周波音を発し続けている。おそらくこの攻撃は彼女自身の意思ではない。彼女には意識すらないように見える。彼女の中のなにか別の存在がこの暴走を引き起こしているのだ。
(考えるまでもねぇ! あの石だ!)
オデットの右手の禍々しい輝きを放つ紅い石。だが、それをどうにかするにはまず接触しなければ話にならない。
「またこいつに頼るしかねぇか。起動してくれよ! ――『雨音の檻』!」
アッシュは光弾の豪雨を回避しながら背後からオデットに迫り、防御魔法陣を解除して結界魔法を起動した。立方体型の魔力消沈結界が彼らを包む。それで、オデットの身体から溢れ出す光弾が止まった。しかし魔力吸収は弱まりながらも続いているし、彼女の身体から立ち上る青い魔力光もその輝きを衰えさせたがまだ消えていない。そしてアッシュからは飛行能力が失われたが、オデットの身体は未だ宙に浮いている。
「くっ!」
アッシュは刹那の間で覚悟を決め、落下しながら背後から飛び付くようにオデットの身体を抱き締めた。青い魔力光が彼の身体を焼く。
「痛ぅ……ぁぁーっ!」
身体中の痛みを堪えて、右手で紅い石の埋まった彼女の右手を強く握り締めた。
「オデット、しっかりしろ! こんなもんに負けるな!」
オデットの口から漏れる高周波音が掠れて途切れ途切れになる。身体から炎のように立ち上る青い魔力光も弱々しく明滅した。それに反発するかのように、彼女の右手の甲の紅い石が鋭く禍々しい真紅の光を放つ。その石に触れている右掌から手の甲まで、焼けた鉄杭に撃ち貫かれたかのような猛烈な痛みが走った。
「がっ、あぁぁぁーっ!!」
アッシュはどこか覚えのあるような激痛に絶叫する。それでも、意地でも彼女の手は離さない。彼女の暴走に対してか、右手を貫く激痛に対してか、止まれ!と必死で念じた。
どれだけの時間が経ったのか。いつしか右手の激痛が消えていた。オデットの身体から放射されていた青い魔力光も消えている。くたりと腕の中のオデットの身体から力が抜けた。二人を支えていた浮力も失われ、もつれ合うように落下する。なんとかオデットを庇うように抱え込み、背中から結界の底面に激突した。
「ぐっ!」
最早この程度の痛みを受けても気にもならない。そんなことを思いながら、結界の底に横たわったまま魔装機の操作端末を開いて魔力消沈結界を解除した。飛行能力を取り戻し、軋む身体を制御して屋上庭園にゆっくりと着地する。しかし、足に力が入らず、よろけて尻餅をついてしまった。意識を失ったオデットを抱きかかえた姿勢で座り込み、ずっと握り締めていた右手を離す。
――彼女の右手からは紅い石が消滅していた。
今まで石が埋まっていたところに丸くへこんだ痕が残っているだけだ。自分の右手を開いて見てみるが、そこにも紅い石が収まっているということはなかった。どこかにこぼれ落ちたのかと周囲の地面を見回すが、それらしき紅い輝きは見当たらない。
「……まぁ、いいか。あんなもん、なくなっちまったほうがいいだろ」
大きく息を吐いた。全て終わったと実感して気が抜けると、意識を保つのも難しくなってくる。オデットを抱きかかえたまま身体の力を抜いて、屋上庭園に寝転がった。
「皆、無事ですか!?」
ようやく駆け付けてきたらしいマークの声がする。その慌てた声と駆け寄ってくる足音を聞きながら、アッシュの意識は今度こそ闇の中に落ちていった。




