第五章-3
アッシュたち一行はジゼルの操縦する大気圏内往還船で海沿いの道を逃走している。先ほどの襲撃者たちには不意を突いて一撃食らわせただけなので、彼らもすぐに態勢を立て直して自動車で追ってきていた。片側二車線の道路は空いていたが、時折前方に現れる自動車をジゼルが危なっかしい操縦で追い越していく。
「こう車が少ないと、追っ手を撒くどころじゃねぇな。むしろ、どうにかして片付けちまうべきか……?」
振り返って後方を確認しながらアッシュは呟いた。この道路の制限速度を越えているらしい速度で大気圏内往還船を走らせながら、ジゼルが応じてくる。
「片付けるって、どうやって? あたし、遠距離攻撃はあんまり得意じゃないわよ?」
アッシュの得意とするのは防御と拘束だ。だが、高速で走っている自動車ほどの運動エネルギーを持った物体を拘束するような真似は生身の魔法使い一人の魔法程度では難しい。そう判断が下せるくらいには、アッシュも魔法に関する常識というか、出来ることと出来ないことを見極める基準のようなものが身に付いてきている。
アッシュが手持ちの魔法を脳内で検索して方策を練ろうとしていると、後方の追っ手の自動車の窓が開いてサブマシンガンのような銃器が突き出されるのがバックミラー越しに目に入った。まさか、と思ったときにはもう発砲されている。リアウィンドウに蜘蛛の巣のようなひびが入り、カカカカカンッという金属を叩く音が船内に響いた。銃弾はこの大気圏内往還船の後部に命中しているらしい。しかし、さすがに真空中を飛ぶ為の乗り物だけあって普通の自動車などよりは余程頑丈なようで、今のところはまだ走行に支障はないようだ。
「うわ! 撃ってきたぞ!? 人目に付くのを嫌ってたんじゃなかったのかよ!?」
アッシュは思わず叫ぶ。
「方針を転換したんでしょ。あーん、もう! せっかく買ったばっかりなのに!」
ジゼルが新品の大気圏内往還船に傷が付くのを嘆く声を上げた。
「ダーリン、この大気圏内往還船の後ろに、防御魔法陣張って!」
もう魔法を目撃されることを気にしている場合ではないだろう。
「おう! ――オデット、頭を低くしてろよ。間違っても、窓から顔を出したりするんじゃないぞ」
後部座席のオデットに注意を与えると、彼女は素直に頷きチッピィを抱き締めて身を小さくした。アッシュは彼の最も得意とする防御魔法を起動する。
「『魔神の掌』!」
彼のコマンドに呼応して、大気圏内往還船のすぐ後ろに車体をすっぽりカバーする大きさの防御魔法陣が構築された。鉄壁の護りを誇るその影色の防御魔法陣が、撃ち込まれる銃弾をことごとく弾き返す。
これでひとまずは安心かと思ったところに、速度を上げた別の自動車が隣に並んできた。その窓が開いて、そこからまたもサブマシンガンの銃口が覗く。大気圏内往還船の助手席側に銃弾が撃ち込まれ、サイドウィンドウにもひびが入った。
「うぉ! 二台に増えた!? なんでこうも簡単に追っ手が集まってくるんだ!?」
アッシュは思わず仰け反って、再び叫び声を上げてしまう。
「あなたの頭が目立つからかしらねー?」
「それを言うなら、このどピンクのシャトルが目立つからだろ!」
アッシュは冗談で応じるジゼルに言い返した。そんな緊張感のない会話を交わしながらも、ジゼルは大気圏内往還船の速度を上げて並走する追っ手の自動車を振り切ろうとしている。
ジゼルが操縦桿を倒して、前方の交差点から飛び出してきた自動車を危ういところでかわした。アッシュにはこの星の交通信号は判らないが、どうやら信号無視をしたらしい。勿論、信号に従って停止している余裕などあるわけもない。
「銃撃されながらカーチェイスとか、俺はいつからイーサン=ハントになったんだよ?」
「誰、それ?」
ぼやくアッシュに、ジゼルが聞き返してくる。
「おまえ、うちの星の文化を勉強中なんだろ? その答は次回までの宿題だな」
「なによ、ダーリンったら意地悪ね」
アッシュのわざとおどけたような台詞に、ジゼルもわざとらしく頬を膨らませた。
アッシュたちの大気圏内往還船は、大型トレーラーのような自動車を追い越してその前に車線変更する。後ろに追っ手の自動車が貼り付けないようにするためだ。
しかし、当然のようにその追っ手の自動車は速度を上げて横に並んできた。このまま二台いる追っ手の自動車の内一台が前方に入ってきたら、身動きが取れなくなる。
「ダーリン、飛ぶわよ。さすがに、危ないから止めろ、なんて言わないわよね?」
確かに、この状況ではむしろ空を飛んでしまったほうが危険は少ないかもしれない。それに希望的観測だが、追っ手の乗っているのが飛行車ではなくただの自動車ならば、それで振り切ることが出来るだろう。
「OK。わかった。飛べ!」
「うん。いくわよ!」
アッシュの返事に頷くと、ジゼルは計器を操作しつつ操縦桿を引いて、大気圏内往還船を道路から飛び立たせた。アッシュは後ろを振り返ってみるが、リアウィンドウがひびだらけなので追っ手がどうなったかは確認出来ない。
「……振り切れたか?」
「ちょっと待って」
ジゼルがあちこちの計器をいじっていると、フロントガラスの下半分にヘッドアップディスプレイのように映像が映し出された。どうやら、後方に付いているカメラの映像らしい。アッシュはそれを覗き込む。
「って、また増えてるじゃねぇか!」
後方からは三台に増えた飛行車が彼らの大気圏内往還船を追い掛けてきていた。
「もう! いっそこのまま大気圏外に出ちゃう?」
ジゼルが提案するが、さすがにそれには反対する。
「いくらなんでも、それは目立ち過ぎだろ。それに窓ガラスに結構ひびが入ってる。気密が心配だ。止めとけ」
「じゃあ、どうするの?」
聞いてくるジゼルに、アッシュは少し思案を巡らせて逆に問い返した。
「この星の交通法規では、飛行車は海の上空を飛んでもいいのか?」
「特に規制されてなかったはずだけど。――今更、交通法違反なんか気にしてる場合じゃないんじゃない?」
ジゼルの答にアッシュは首を振る。
「いや、他の飛行車が海の上空を飛んでるのかどうかを知りたかっただけだ。――そっか。でも多分、陸の上空よりは少ないよな?」
「まぁね。海を渡って別の大陸とかに行けるほどは燃料が保たないし、意味もなく海の上を飛んでる飛行車はあんまりいないと思うけど」
ジゼルは適当に大気圏内往還船を蛇行させて一応追っ手を振り切る努力をしながら、彼の質問に答えた。
「よし。じゃあ、海上に出てくれ。周囲に被害を及ぼす危険性も、目撃者も、少ないほうがいいだろ」
「それはいいけど、どうするつもり?」
「撃ち落とす」
アッシュは、尋ねてくるジゼルに簡潔な言葉を返す。ジゼルは驚いて、視線を助手席のアッシュに向けた。
「ダーリンの得意分野は確か、防御と拘束でしょ? なにか策があるの?」
「策ってほどのもんじゃねぇよ。言葉通りだ。――適当に陸から離れたら、この助手席からやつらの飛行車が狙えるように位置取りしてくれ。あと、さっきからどさくさに紛れて、ダーリンって言うの止めろ」
「よくわかんないけど、わかったわ」
ダーリン云々のほうは意図的にスルーしたような返事をして、ジゼルが大気圏内往還船の操縦桿を倒した。海沿いの道路から飛び立ったままその道路の上空を飛んでいた大気圏内往還船は、すぐに海上に出てぐんぐん陸地から遠ざかっていく。そうして十分に陸から離れたところで、周囲に一般の飛行車が飛んでいないことを一応見計らい、ジゼルが宣言した。
「じゃあ、旋回してそっち側を後ろに向けるわよ?」
「おう。やってくれ」
アッシュの返事を確認して、ジゼルが大気圏内往還船を旋回させ始める。アッシュは先刻から維持していた後方の防御魔法陣を解除した。これから使おうとしているのは実戦では初めて使う系統の魔法だ。慣れない魔法を多重処理で扱っては上手く制御出来るか判らない。
アッシュは助手席側のサイドウィンドウを開けて、窓から身を乗り出した。銃撃してくる先頭の飛行車に魔装具を着けた右手を向ける。しかし、互いに動いている状態ではなかなか狙いが定まらない。アッシュは左目を閉じて右目だけで慎重に右手の直線上に飛行車を照準し、コマンドを唱える。
「――『雷神の右腕』、ファイア!」
伸ばした右手の先から影色の稲妻が迸った。
「えぇっ!?」
ジゼルが驚愕の声を上げる。それは完全に彼女の予想外だったが、考えてみれば至極当然と思える理に適った攻撃――砲撃魔法だった。更に付け加えるなら、それはただの砲撃魔法ではなく電撃属性を帯びている。
火花を散らしながら宙を駆け抜けた影色の魔力の光芒が、追っ手の飛行車のフロント部分に突き刺さった。一瞬の後、内部で駆動系の電子機器がショートしたのか、ボンネットから黒煙を上げてその飛行車は海へと落下する。
「よし、いける! もう一丁、『雷神の右腕』、ファイア!」
アッシュが再び砲撃すると、それが命中した二台目の飛行車も同様に墜落していった。
「ラスト! 『雷神の右腕』、ファイア!」
三度放たれた影色の雷が最後の飛行車を撃墜する。それを見届けて、アッシュは窓から乗り出していた身体を戻して座席の背もたれに身を預けると、潮の香りのする空気を大きく吸い込んで、魔力消費の大きい砲撃魔法を三連発もした為に乱れた呼吸を整えようとした。急激な大量の魔力の消耗に貧血のような眩暈を覚える。アッシュは眼鏡を外してまぶたを押さえ、深呼吸を繰り返した。
「……大丈夫?」
「――ああ。さすがに砲撃は魔力の消耗が激しいな」
心配そうに尋ねてくるジゼルに返事をして、アッシュは眼鏡を掛け直す。開け放した窓から三台の飛行車が落下した海面を見下ろしてみた。沈んでいく飛行車から追っ手の連中が慌てて脱出している。
「この暑さだ。海水浴にはちょうどいいだろ」
乗っていた連中は多少の怪我くらいはしたかもしれなかったが、爆発などは起こっていないのでおそらく死者までは出ていないだろう。あとは救助が来るまで彼らが浮かんでいられるかどうかだが、さすがにそこまでの面倒は見切れない。
「さすが、あたしのダーリン。砲撃まで出来ちゃうなんて万能ねー」
驚きから立ち直ったらしいジゼルが、惚れ惚れしたように言う。
「それに、『電撃付与』の特性持ちだったの? だったら、もっとそれを活かすような系統の魔法を使えばいいのに」
「いや、俺の魔力特性は『停滞』と『減衰』だ。だから、防御とか拘束を使ってるんだよ」
アッシュの言葉に、ジゼルはまた驚くことになった。
「二つも持ってるの!? それに、どっちも相当珍しいし――」
そこまで言ってから、彼女は混乱する。
「じゃなくて、――え!? じゃあ、今の電撃属性の砲撃魔法はなに!?」
「あぁ、あれは『電撃付与』特性のエリカのカスタマイズした魔法を解析させてもらって、そこから逆算して設計したアルゴリズムで人工的に電撃属性を付与出来るか、試しにプログラムを組んでみたんだ」
アッシュの説明に、ジゼルはもう何度目になるか判らない驚愕の声を上げた。
「なにそれ!? そんなこと出来るの!?」
「ああ。色々試してる内になんか出来ちまった。――でも、そんな無茶な機能を組み込んだせいで砲撃自体の威力は通常の半分ぐらいしか出ねぇんだ。まだまだ改良の余地があるな。ていうか、実際に撃ってみてわかったけど、魔装砲もなしに直接手から発射すると狙いが付けづらいのな」
アッシュは説明しながら、重いものを持った後のようになんとなく痺れている感じがする右手をぷらぷらと振る。それから、思い付いたことをそのままの流れで口に出した。
「お、そうだ! マークが昨夜使ってた『炎熱付与』特性の射撃魔法も、頼んだら解析させてくれねぇかな? そうしたら、炎熱属性を付与するようなバリエーションも作れるかも」
アッシュはたいしたことではないように言っていたが、勿論そんな訳の解らないカスタマイズなど聞いたこともない。連邦の魔法使いの常識の範疇外だ。ジゼルは今更ながら、彼の発想力と魔法プログラミングの才能を思い知った。もう、絶句するしかない。
そんな彼女の様子には気付かずに、アッシュが話題を変える。
「それより、いつまでもこんなとこをくるくる回ってないで陸のほうに戻ろうぜ。ていうか、いっそ基地に帰って皆と合流したほうが安全かもしれないな」
「……うん。そうね」
ジゼルは少し呆然としたまま、彼の言葉に従って陸のほうに進路を取った。アッシュは後部座席で彼の言い付けを守って身を小さくしたままのオデットに、もう大丈夫だぞ、と声を掛けている。
ひょっとしたら自分が好きになったのはとんでもなく凄い人なのかもしれない、とジゼルは漠然と思いながら、隣に座ったアッシュの横顔を盗み見た。




