顔合わせⅫ
学園長室を出た俺たち八人は、一度それぞれの寮へ戻った。
渡されたANGEL-CLASS専用制服へ着替え、必要なものだけを準備する。
そして一時間後。
俺たちは再び、学園長室の前へ集まっていた。
「…………」
改めて周囲を見る。
全員が同じ赤い制服を着ていた。
学年も違う。
得意なことも違う。
性格なんて、それこそバラバラだ。
それでも今は、左腕に刻まれた金色の『ANGEL』という文字だけが、俺たち八人を同じ場所へ繋いでいた。
「なあ、憐矢」
「何だ」
「これ……本当にどうなるんだろうな」
「どうなる、とは?」
「いや……」
俺は少し離れたところにいる先輩たちを見る。
学園一位。
揮移狩亜先輩。
二位。
勾坂優斗先輩。
三位。
斬時燿平先輩。
四位。
栖偽南斗先輩。
それだけでも十分おかしい。
さらに明日奈や憐矢、由愛も、それぞれ自分の得意分野で高く評価されている。
そんな連中の中に――。
「なんで俺がいるんだろうな」
「まだ言ってるのか」
「だって仕方ないだろ」
自分の胸元を見る。
そこにある制服は、先輩たちが着ているものと全く同じだ。
「先輩たちは学園のトップだろ。明日奈たちだって何かしら秀でたものがある」
「ああ」
「俺だけ最下位だぞ?」
「そうだな」
「否定してくれよ」
「事実だからな」
「友達なら少しくらい気を遣え」
「嫌だ」
「即答かよ……」
憐矢はいつもの無表情のまま、俺を見る。
「だが、一樹」
「ん?」
「学園長はお前を選んだ」
「…………」
「理由が分からなくても、それは変わらない」
憐矢は淡々と言う。
「俺たちは選ばれた。ただ、それだけだ」
「……簡単に言うな」
「難しく考えても答えは出ない」
「それはそうだけどさ」
「ほら、二人とも」
横から明日奈の声が飛んでくる。
「いつまで喋ってるのよ。もう中に入るんだから、ちゃんとして」
「分かってるって」
「俺は一樹に話しかけられたから答えただけだ」
憐矢が僅かに目を細めて明日奈を見る。
「なによ、その目」
「別に」
「そんな顔しても駄目なものは駄目。先輩たちを待たせないの」
「明日奈、完全に仕切ってるな」
「誰かが仕切らないと、あんたたちいつまで経っても入らないでしょ!」
「はいはい」
「返事は一回!」
「はい」
「……お前ら、朝から変わらないな」
勾坂先輩が後ろで苦笑している。
その隣では栖偽先輩が真剣な顔で頷き、斬時先輩は無言。
狩亜先輩に至っては、早くしろと言わんばかりに壁へ背中を預けていた。
「それじゃあ、入ろうか」
勾坂先輩が扉の前へ立つ。
そして、軽くノックした。
「どうぞ」
中からミカエルの声が返ってくる。
勾坂先輩が扉を開いた。
重厚な両開きの扉が、ゆっくりと左右へ開いていく。
その向こうにあるのは、さっきまでと何も変わらない学園長室。
なのに。
今は、まるで違う場所のように見えた。
この扉を一度くぐれば。
俺たちの日常は、これまでとは違うものになる。
そんな予感がした。
怖くないと言えば嘘になる。
ここへ集められた意味。
これから受けることになる訓練。
そして、その先に待っている代理戦争。
実弾が飛び交い、本当に人が死ぬ戦場。
そのすべてが、急に現実味を帯びてきた。
けれど同時に。
胸の奥には、ほんの僅かな期待もあった。
もしかしたら。
ここなら。
俺は変われるかもしれない。
「失礼します」
勾坂先輩が一礼し、学園長室へ入る。
俺たちもそれに続いた。
「失礼します!」
八人の声が重なる。
「あら」
部屋の奥に立っていたミカエルが、少し驚いたように目を瞬かせた。
「そんなに畏まらなくてもいいのに」
「一応、初日ですから」
勾坂先輩が答える。
「けじめは必要だと思います」
「相変わらず真面目ねぇ、優斗君は」
「学園長が緩すぎるんです」
「酷い」
ミカエルは頬を膨らませる。
いつもの軽い雰囲気。
だけど。
「……まあ」
その表情が、ふっと変わった。
「それなら私も、最初くらいはちゃんとしようかしら」
「…………」
空気が変わる。
誰かが何かをしたわけではない。
ただミカエルが俺たちを見ただけ。
それだけなのに、背筋が自然と伸びた。
これまで見ていた彼女は、少し変わった学園長だった。
気楽で。
よく笑い。
教師と喧嘩して。
生徒に対しても距離が近い。
だけど今、目の前にいる彼女は違った。
――天使。
その言葉が、これほど似合う姿を俺は初めて見た。
「八人とも、前へ」
静かな声。
俺たちは言われるまま、一列になる。
右から。
勾坂先輩。
栖偽先輩。
狩亜先輩。
斬時先輩。
明日奈。
憐矢。
由愛。
そして俺。
全員、同じ赤い制服を身につけている。
ミカエルはそんな俺たちを一人ずつ見つめ――。
「改めて」
ゆっくり口を開いた。
「ようこそ、ANGEL-CLASSへ」
その瞬間だった。
バサッ――。
大きな音とともに、ミカエルの背中から翼が開いた。
「…………!」
思わず息を呑む。
巨大な翼。
赤く。
燃えるように輝いている。
羽根そのものが炎なのか。
それとも炎を纏っているのか。
俺には判断できなかった。
ただ、翼が開いた瞬間に部屋の中へ柔らかな熱が広がった。
舞い上がった赤い光が、火の粉のようにミカエルの周囲を漂っている。
だが、床も。
机も。
絨毯も。
何一つ燃えていない。
炎そのものを、完全に支配している。
これが。
天使ミカエル。
赤城学園を管理する存在。
「あなたたち八人は、今日から通常の教育課程とは別に、私の直接指導を受ける」
誰も喋らない。
「射撃」
一枚の羽根が揺れる。
「戦術」
さらに一枚。
「情報処理」
由愛が真剣な顔でミカエルを見る。
「操縦」
栖偽先輩。
「能力制御」
狩亜先輩。
「そして――」
ミカエルの視線が俺のところで止まった。
「自分自身の力を知ること」
「…………」
胸が僅かに鳴った。
だけど、ミカエルはそれ以上俺だけを見ることはなかった。
再び全員へ視線を戻す。
「それぞれが持つ強みを最大限まで伸ばす。そして、一人では届かない場所へ、八人で到達してもらう」
声が室内へ響く。
「このクラスの目的は、ただ学園順位を上げることじゃない」
翼が大きく広がる。
「あなたたちには、代理戦争へ出てもらう」
空気が少しだけ重くなった。
「そこで、生きて帰る」
ミカエルの声は強かった。
「勝つことも大事。でも、まず生き残る。その上で仲間を守り、任務を達成する」
実弾を使う。
本当に死ぬ可能性がある。
だからこその言葉なのだろう。
「その力を、私があなたたちに叩き込む」
ミカエルは一度だけ笑った。
「だから覚悟してね?」
そして人差し指を口元へ添える。
ようやく。
いつものミカエルらしい表情が戻った。
「私、結構厳しいわよ?」
「絶対嘘だ」
思わず口から漏れた。
「何か言った? 綺兎部君」
「何も言ってません」
「そう?」
「はい」
明日奈が横から小声で囁く。
「聞こえてたと思うわよ」
「言うな」
「自業自得」
「お前な……」
「ふふっ」
由愛が笑う。
その小さな笑いをきっかけに、張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ。
俺は改めて周囲を見る。
学園上位の先輩たち。
射撃が得意な明日奈。
狙撃に秀でた憐矢。
情報処理を武器にする由愛。
そして。
何の力も使えない俺。
普通なら、この中に俺がいるのはおかしい。
今でもそう思う。
でも。
俺は選ばれた。
なら。
「…………やってやる」
自然と言葉が漏れた。
「ん?」
憐矢がこちらを見る。
「俺、やってやるよ」
「何をだ?」
「全部」
自分の左腕を見る。
金色に輝く『ANGEL』の文字。
「なんで俺が選ばれたのかも分からない」
拳を握る。
「能力だって使えない」
あの射撃訓練。
外した一発。
崩れた自信。
全部、まだ胸の中に残っている。
でも。
「だったら、ここから変えればいい」
顔を上げた。
「せっかくこんなクラスに入ったんだ」
ミカエルを見る。
それから、これから仲間になる七人を見る。
「学園最下位のまま終わってたまるか」
「一樹……」
明日奈が少しだけ目を見開く。
「俺たちで――」
一度、言葉を止める。
世界を変える。
そこまで大きなことを言えるほど、今の俺は強くない。
だから。
「まずは、赤城を勝たせようぜ」
「…………」
数秒の沈黙。
最初に笑ったのは勾坂先輩だった。
「いいね」
栖偽先輩も頷く。
「ああ」
「……悪くない」
狩亜先輩。
「同意する」
斬時先輩。
「当然でしょ」
明日奈。
「ああ」
憐矢。
「みんなで勝つのよさ!」
由愛。
最後に。
ミカエルが満足そうに微笑んだ。
「その意気よ」
真紅の翼が、もう一度大きく羽ばたく。
「それじゃあ――始めましょうか」
この日。
赤城学園に、新たなクラスが正式に誕生した。
学年も。
能力も。
性格も。
歩んできた道も違う八人。
学園最上位の実力者たち。
それぞれの分野に才能を持つ一年生。
そして――。
天使の力を一度も使うことのできない、学園最下位の少年。
そんな異質な八人を集めた特別育成クラス。
その名は――。
**ANGEL-CLASS。**
後に俺たちの運命を大きく変えることになる場所が、この瞬間から動き始めた。




