【52話】ミア、整髪料を使う!?
今回はあのドラマの人を登場させました。
福原は静かに微笑むと、机の上に置かれていた小さな箱へ手を伸ばした。
「実は、今度新しい商品を出すことになりましてね」
そう言いながら、箱の中から一本の小瓶を取り出す。
「お嬢さんのお知恵を、少しばかりお借りしたいのです」
「私?」
ミアが自分を指差す。
福原は頷いた。
「ええ。あなたの率直な意見を聞かせていただきたい」
そう言って、瓶をミアの前に置いた。
細長いガラス瓶の中には、淡い琥珀色をした液体が入っていた。
光を受けると、瓶の中でゆっくりと揺れる。
「髪につけるためのものです。整髪料……いわゆるヘアトニックですね」
ミアは瓶を受け取り、光にかざしてみる。
「へえ……液体なんだ」
「ええ。髪に馴染ませることで、髪を整えたり、頭皮を爽やかにするためのものです」
ミアは瓶の蓋を開け、そっと香りを確かめた。
「……ん?」
もう一度、鼻を近づける。
「なんか……ちょっと大人っぽい香りだね」
福原はミアの顔をじっと見た。
「大人っぽい、ですか」
「うん。悪くはないんだけど……」
ミアは少し考える。
「ちょっと、おじさんっぽいかも」
「おじさん……」
福原の表情が、ほんの少しだけ固まった。
宇野は思わず口元を押さえた。
ミアはもう一度、瓶の香りを確かめた。
「でも……」
少し考えてから、首を傾げる。
「そんなに悪い匂いじゃないから、いいんじゃないかな」
福原は少し意外そうにミアを見る。
「そうですか?」
「うん。大人っぽい感じだし、こういうのが好きな人もいると思うよ」
福原は、ほっとしたように微笑んだ。
「そうですか。それなら安心しました」
ミアは瓶を机の上に戻した。
そしてミアは、ふと思いついたように尋ねた。
「ねえ、福原さん。髪を洗うものってあるの?」
ミアが尋ねる。
「ありますよ。髪洗粉というものがあります」
「あ、それなら……」
ミアは思い出したように言った。
「家で使ってる石鹸粉で髪を洗ったことがあるんだけど、粉が溶けずに残っちゃって。洗うのに結構時間がかかるんだよね」
福原は、少し興味深そうにミアを見る。
「なるほど……」
ミアは少し考えてから、口を開いた。
「だったらさ、最初から溶かしてある液体とかって作れないかな?」
福原は、ミアの言葉を聞いて、静かに頷いた。
「液体、ですか……」
ミアは頷く。
「うん。そのほうが使うとき楽じゃない?」
福原は少し考え込んだ。
やがて、何かを思いついたように、ふっと笑った。
「……なるほど」
ミアは不思議そうに福原を見る。
「どうしたの?」
福原は、手にしていた瓶を眺めながら言った。
「いえ……面白いことを思いつきましてね」
福原は穏やかに笑った。
「ただ、すぐにというわけにはいきませんね。作るのに少し時間がかかります」
「そっかー」
「試作品ができましたら、こちらからご連絡しましょう」
「うん! 楽しみにしてるね」
ミアは嬉しそうに笑った。
そのやり取りを、宇野は黙って見ていた。
――不思議な子だ。
目の前にいるのは、大きな会社を率いる社長。
それなのにミアは、まるで近所のおじさんと話しているように、自然に言葉を交わしている。
しかも、相手が社長だからといって、変に緊張する様子もない。
――こんな学生の子が、大会社の社長と対等に話をしている……。
宇野の中で、何かが小さく変わり始めていた。
ミアを、ただの変わった女学生だと思っていた。
けれど――
「この子と一緒なら、きっと面白いものが見つかる」
そんな思いが、少しずつ強くなっていくのだった。
その後も、福原とミアはしばらく談笑していた。
この前の香水のことや、お化粧のこと。
ミアが思いつくままに話すと、福原も楽しそうに耳を傾けていた。
やがて、時計に目をやった女性記者が言った。
「そろそろ時間ですね」
「そうですね。今日はこの辺りで」
三人は席を立った。
帰り際、福原がミアを呼び止める。
「そうそう、忘れるところでした」
福原は小さな包みを取り出した。
「こちらをどうぞ」
「えっ、いいの?」
「今回の新作と、それから……」
もう一つの包みをミアに渡す。
「以前お話しした香水です」
ミアは二つの包みを受け取って、嬉しそうに笑った。
「ありがとう!」
「使ってみた感想を、また聞かせてください」
「うん! ちゃんと使ってみるね」
ミアたちは福原に挨拶をすると、資生堂を後にした。
資生堂を出て、しばらく歩いたところで、宇野がミアに尋ねた。
「ミアさん……どうして、あんなに堂々としていられるんですか?」
「え?」
ミアは振り返る。
「だって、言いたいこと言わないと伝わらないじゃん」
宇野は、その言葉に少し驚いた。
ミアにとっては、それだけのことだった。
社長だからといって遠慮することもない。
女学生だからといって、意見を言ってはいけないわけでもない。
ただ、自分が思ったことを普通に伝えているだけなのだ。
――まったく、その通りだった。
宇野は、そんな当たり前のことを、ミアは当たり前にやっているのだと気づいた。
やがて、雑誌社へ戻る途中で、三人は別れることになった。
「じゃあ、私たちはここで」
女性記者が二人に声をかける。
「うん、またねー」
ミアが手を振る。
すると宇野が、ミアに向かって言った。
「ミアさん……」
「なに?」
「もしよろしければ、次の取材にも私を同行させていただけませんか?」
ミアは嬉しそうに笑った。
「もちろん! 一緒に行こうよ!」
宇野も微笑んだ。
「ありがとうございます」
二人は手を振り、別々の道へ歩き出した。
こうして、ミアと宇野の不思議な関係が始まった。
今回は、当時の整髪料と髪洗いについて少し。
作中でミアが使っていた整髪料は、資生堂の「フローリン」をモデルにしています。
フローリンは大正時代に販売されていたヘアトニックで、髪や頭皮に使う商品でした。
一方、当時の髪洗いには「髪洗粉」と呼ばれる粉末状のものが使われていました。
現在のシャンプーのような液体ではなく、粉を使って髪を洗うものです。
ミアが「最初から溶かしてある液体にできないかな」と言ったのは、現代の感覚から出たアイデアです。
大正時代の化粧品や美容用品には、現在とは違ったものがたくさんありました。
今回は、そんな時代の美容事情を少し取り入れてみました。
※作中のミアと福原信三との会話や、商品開発に関する出来事はフィクションです。




