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身分違いの朝食係はもう辞めます、辺境公爵家で病人食を作ります。  作者: 小竹X


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第62話 陛下の静かな訪問

ラウム村の記録板が食養院で評判になったころ、国王の訪問が決まった。王都からの知らせは大げさだった。護衛の数、宿泊の準備、式典の次第、歓迎の献立。紙の束を読んだリディアは、すぐに赤い印をつけた。


「歓迎の献立は重すぎます」


 エルヴィンは隣でうなずいた。


「陛下はまだ長旅に向く体ではない。式典も削る」


「食養院を見るなら、飾った厨房では意味がありません。普段の朝に来ていただきます」


 王都の礼官たちは困ったらしいが、国王本人はその案を受け入れた。訪問の日、食養院は特別な花で飾られなかった。床は磨かれ、棚は整えられたが、鍋はいつもどおり火にかかっている。見習いたちは緊張しながらも、自分の持ち場を離れなかった。


 国王は細い杖をついて入ってきた。以前より背は少し曲がっている。だが、目は穏やかだった。リディアが礼をすると、彼は周囲を見回し、静かに言った。


「湯気の匂いがするな」


「はい。今日の講習は、長旅の後の食事です」


「わしのためか」


「陛下も含めて、長旅をした方のためです」


 国王は笑った。彼は式典用の席ではなく、講習室の端に用意された普通の椅子に座った。最初に出されたのは麦湯である。王都の礼官が一瞬だけ眉を上げたが、国王は何も言わずに飲んだ。


「懐かしい」


 その言葉に、リディアは手を止めた。


「セラが、昔これを出した」


 国王は木匙の置かれた棚を見た。


「わしは、食べられぬことを恥じて、何度も怒った。セラは怒り返さず、椀を小さくした。あのとき、わしは礼を言わなかった」


 リディアは黙っていた。国王は深く息を吸う。


「遅すぎる礼だ。だが、ここで言わせてほしい。セラに、そしてお前に、礼を言う」


 厨房の音が一瞬、遠くなった。リディアは母の木匙を見た。焦げ跡のある柄は、今日もただ静かに棚にある。


「母は、食べてくださることを一番喜んだと思います」


「では、今日も食べよう」


 国王は薄い粥を半椀食べた。礼官たちは驚いたが、食養院の者たちは量を競わなかった。半椀で十分だと知っているからだ。


 視察の終わりに、国王は寄付の申し出をした。王都の礼官は新しい記念堂を建てる案を読み上げたが、リディアは首を横に振った。


「記念堂より、乾燥棚の屋根をください。雪の多い村では、薬草が湿って傷みます」


 礼官は言葉を失った。国王は肩を揺らして笑った。


「リディアらしい。よかろう。記念堂ではなく、屋根だ」


 こうして、王の寄付は豪華な石の建物ではなく、北境各地の乾燥棚と記録板を守る屋根になった。訪問の翌朝、リディアは国王が使った椀を洗った。


 王宮の銀皿ではない、食養院の木椀である。彼女は水を切り、棚に戻した。


 母への礼は、遅れて届いた。そしてその礼は、村の屋根となって次の冬を守る。

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