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身分違いの朝食係はもう辞めます、辺境公爵家で病人食を作ります。  作者: 小竹X


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第56話 王太子の手順書

セドリックから届いた二度目の手紙には、王太子らしくない紙が同封されていた。端に粉がつき、何度も折り直した跡のある、厨房用の手順書である。


 題は『王宮式、朝の確認』。内容は、拍子抜けするほど地味だった。


 薪の湿り気を見る。

 薬湯の壺を誰が開けたか書く。

 粥を焦がしたら隠さない。

 食べなかった理由を、本人の怠慢と決めない。

 厨房の者に怒鳴らない。


 最後の一行を見て、リディアは少しだけ笑った。笑ったあとで、その一行が必要な場所だったことを思い出し、胸が静かになった。


 手紙には、セドリックの近況が書かれていた。


 彼は毎週一度、療養室の朝の確認に立ち会っている。ただし、口を出す前に記録を読むこと、料理人の名を呼んで礼を言うこと、失敗の報告を受けたらまず原因を聞くことを、自分の手順としているらしい。


『私は、あなたを庇わなかった朝を取り戻せません。だから、同じ朝を作らない手順を持ちたい』


 リディアはその一文を長く見つめた。許しという言葉は、簡単に使いたくなかった。


 けれど、相手が過去を消すためではなく、未来の失敗を減らすために動くなら、その動きを見ないふりもしたくない。


 彼女は返事を書いた。


『手順書はよくできています。ただし、厨房の者に怒鳴らない、は最後ではなく最初に置いてください。怒鳴った後で薪の湿り気を見ても、火を見る人の手が乱れます』


 書いたあと、少し厳しすぎるかと思った。だが、王太子には必要な厳しさだろう。


 数日後、王宮から訂正版が届いた。第一項に『厨房の者に怒鳴らない』と書かれている。


 ネリの添え書きもあった。


『殿下は本当に順番を直しました。今朝、粥が薄すぎたときも、最初に「記録を見せてくれ」と言いました。料理長が少し泣きました』


 リディアは手紙を食養院の掲示板に貼った。トマが読んで、目を丸くする。


「王太子殿下の手順書も、ここに貼るのですか」


「良い手順は共有します。悪い手順は直します」


「殿下も直されるんですね」


「誰でも直されます。私も」


 その日、講習室では『指示を出す者の手順』という新しい授業が行われた。鍋を持つ人だけが台所を作るわけではない。命令する人、予算を決める人、皿を運ぶ人、食べる人。誰か一人が乱暴なら、弱っている人の前にその乱暴さが届く。


 リディアは板に書いた。


『食事は、台所に入る前から始まっている』


 若い領主の子が手を挙げた。


「では、私は料理ができなくても関係ありますか」


「あります。あなたが冬の麦の予算を削れば、鍋の中身が変わります。あなたが失敗を隠す空気を作れば、焦げた粥が病人の前に出ます」


 教室は静まり返った。リディアは少し表情をやわらげた。


「逆に、あなたが記録を求め、働く人の名を残し、休む時間を作れば、食事は良くなります。料理をしない人にもできることがあります」


 授業のあと、エルヴィンが廊下で待っていた。


「今日は領主たちの胃が痛くなりそうな授業だったな」


「痛くなる前に手順を直してもらいます」


「王太子も含めてか」


「はい」


 エルヴィンは満足そうにうなずいた。かつて守られなかった朝が、今は誰かの手順書の第一項になっている。


 それで過去が消えるわけではない。それでも、次の朝の皿は少し守られる。

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