表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
身分違いの朝食係はもう辞めます、辺境公爵家で病人食を作ります。  作者: 小竹X


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/68

第53話 名のある朝食係

王宮での講習の最終日、療養室の壁に一枚の板が掛けられた。そこには『王立食養係』と刻まれている。


 朝食係ではない。けれど、リディアはその文字を見たとき、昔の自分が少しだけ救われたように思った。


 ネリ、王宮料理人三名、侍女二名、薬師補佐一名。初期の担当者の名が、板の下に小さく彫られている。役職だけでなく、名前もある。


 式は簡素だった。国王は療養室に長く立てないため、椅子に座って短い言葉を述べた。


「食べられぬ朝を、わしは知っている。そこに名もない手があったことも、今は知っている。今後、王宮はその手を名のある職務として扱う」


 彼の声は昔より弱い。だが、言葉ははっきりしていた。


 リディアは礼をした。胸の奥に湧いたものは、勝利の高揚ではなかった。もっと静かで、少し重いものだった。


 誰かが苦しまなければ、ここまで来なかった。それを忘れてはいけない。


 式のあと、ネリが厨房でリディアを呼び止めた。


「夫人、見ていただきたいものがあります」


 彼女が差し出したのは、小さな名札だった。そこには『食養係 ネリ』と書かれている。


「最初は、怖かったです。名前が残ると、失敗も残る気がして」


「うん」


「でも、名前がないと、よかったことも残りません。子どもが食べた白い小皿のことも、誰が気づいたか残らない」


 ネリは名札を胸に当てた。


「だから、つけます」


 リディアはうなずいた。


「よく似合います」


 その言葉に、ネリの目が潤んだ。夕方、王宮を出る前に、セドリックがリディアたちを中庭へ案内した。そこには、王宮厨房の古い勝手口がある。かつてリディアが毎朝通った扉だった。


 扉の横に、新しい銅板が取り付けられていた。


 『この厨房において、セラおよびリディア・ノルトヴァルトは、王の病後食に尽くした。名のない技術を名ある技術として後世に伝えるため、ここに記す』


 リディアは銅板に触れなかった。ただ、文字を読んだ。


 母の名がある。自分の名もある。


 そしてその下に、後から加えられる余白があった。


「余白を残しました」


 セドリックが言った。


「これからの者の名を刻むためです」


 リディアは彼を見た。かつて庇わなかった王太子は、今、名を残す余白を用意している。消えた傷が戻るわけではない。それでも、人は変わった行動を積み重ねることができる。


「よい余白です」


 彼女はそう答えた。帰りの馬車で、トマが窓の外を見ながら言った。


「夫人。朝食係という言葉、もう嫌ではありませんか」


 リディアは少し考えた。王宮でその言葉は、身分に合わない下働きの名だった。彼女を小さくし、黙らせるための言葉だった。


 けれど今、朝を作る者たちには名前がある。


「嫌ではありません。ただ、誰かを見下すために使われるなら嫌です」


「では、私たちは名のある朝食係ですね」


「そうね」


 リディアは微笑んだ。


「名のある、朝を支える人たちです」


 馬車は王都の門を抜けた。北へ向かう道の先に、まだ雪の残る山が見える。


 リディアは膝の上の手順書に手を置いた。もう、あの勝手口から一人で出ていく少女ではない。


 名を持つ人々とともに、帰る場所へ向かっている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ